10
その日の帰り、シースティアは早々に仕事を切り上げて、街中の店に立ち寄った。
戸を開け、薄暗い屋内に足を入れる。差し込む光は十分にあるようで、目が慣れると暗がりもほど良い。棚に並ぶ薬品のことを考えて、光と熱をあまり入れないようにしているのだろう。
「やあ、シースティア」
店の奥からその姿を確認した老人は、一度奥に姿を消すと包みを持って現れた。
「こいつは、大した代物だ。ルセカーの剣だよ」
無骨な鞘から、同じく飾り気のない柄を握って刀身を引き抜く。
「ええ、たしかにこの剣の持ち主はルセカーという少年だけれど」
「お前さんの従者がルセカーという名前というのが偶然かどうか儂には分からんが、これ
はあのルセカーの剣だ」
老人が刃を光にかざすと、鈍い光を反射した。
「どういうこと?」
「ロークァークの騎士ルセカーだよ。最も新しい伝説の騎士の剣だ」
「それで、あんたの依頼の通りに、分かることは全部調べた」
老人は少し難しい顔をして息を吐いた。
「剣とは、確かにそうする為に作られたものだが」
「なに?」
実用一点張りにも見えるルセカー剣を、老人は名残りを惜しんで鞘に収め、布に包んだ。
「この剣は、ごく最近、人を斬っておる。多分、相手は死んでおるはずだ」
それはつまりどういうことなのだ。
「そんなはずは……」
この剣は、ルセカーの持ち物ではあるが、自分が預かり保管している。その事実から、ありえないと即座に否定したが、埋めがたい穴がその事実にあることにも気づいていた。
シースは老人の顔を見た。
老人は、顔を横に振る。
「儂は、考える材料を提供する。じゃが、この先を考え、判断するのは儂の仕事ではない」
その言葉は脳裏に反響するばかりで、もはやシースの思考には達していなかった。
この剣は、先日一度だけ、少年の手に返されている。その一日の空白が、どうしてもこの剣の殺人を否定できない。
そして、彼は命の危険をともなう傷を負って帰ってきた。
そうだ、彼を襲ったのが複数人であれば、そして少年がその一人を屠っただけであれば。
だが。
彼は何をしに出かけた?
父の使いで、いったいなにを? 疑惑が父親にまで波及する。
シースティアは、行きづまり、よどむ思考を振り払った。
「調べてくれてありがとう。お礼はまた届けさせるわ」
ルセカーの剣を受け取って彼女は背を向ける。長い髪がすべるその背中を、老人は呼び止めた。
「情報を一つ。剣を調べているときに聞いた噂だ。いま、ルセカーは旧フローリア公国にいると、商人が言っていた」
一度立ち止まったシースティアは、振り向かずに言った。
「また来るわ」