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夕方、宮廷騎士シースティア・ラ・ソールは痣だらけの従者をしたがえて騎士門を出た。
はじめ驚いたシースティアは、ルセカーの傷をあらためながら話を聞きだした。そして、これだけ打ち据えられていながら骨折がないことに、ガブレイもさすがの宮廷騎士であると認めざるを得ない心境となり、さらに病み上がりが今度は怪我人と成り果てた少年に呆れて、ガブレイへの沸騰した怒りは直ちに収まった。
打撲の痛みにぎくしゃくと歩く従者を、馬上から見かねてシースは言った。
「今日は特別に乗りなさい」
「う、いい。誰が、この程度の、傷で」
ありありと分かる強がりは、文節ごとに痛みを堪えなければならなかった。
「そうじゃなくて、そんなんで馬を曳かれたら、お尻が痛くてしかたないのよ」
たしかに、いつかのように馬脚は乱れるばかり。そしてこの歩調ではいつ邸にたどり着くか分かったものではなかった。
「さあ、早く乗って。あなたの歩く速度に合わせてられないわ」
ルセカーは眉間にしわを寄せてシースの差し出す手をしばし眺めていた。
「よっかかってもいいわよ」
手綱と、それを握る腕の輪の中に収まった
「冗談…………だろ」
「あ、そ」
シースは乗馬を歩かせる。すると歩むたび、ぴしぴしと傷が痛み、腹筋に力を入れる事さ
え辛くなった。観念したルセカーは息を吐いてシースの腕の中に寄り掛かる。肌の香りと
ぬくもりがいい様もなく心地好い。それだけで痛みが引くようだった。
シースは何も言わずに、どこか懐かしい調べを口ずさんだ。
「どっかで、聴いたような曲だな」
「そう? 即興よ」
楽しげにシースティアは答える。
「ふうん……子守唄になりそうだ」
「眠りなさい。帰ったら、起こしてあげるわ」
ルセカーは返事に窮した。守らなくてはならないのに眠ってなどいられるか、そう思うのだが、痛みに根負けして体は睡魔を受け入れてしまいそうだった。
「今晩は熱が出るかもしれないから、辛くなったら我慢せずに呼びなさい」
いつの間に眠っていたのか。気づくとまたルセカーはあの時のように寝台の上で、暗闇の中の四角い明かりの中から、シースがそっと声をかけて扉を閉じたのに気づいた。気づいてまた、眠りに落ちた。