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第十四話

 痩せ型の人間が、どうにか一人通り抜けられる程度の隙間。これならば装備に身を包んだ冒険者が入ってくる事はないだろう。

 この狭い、通路とも呼べない亀裂が延々と続く物だと思っていた。いつか鉄の感じた風の始点に辿り着くか、或いは行き止まりにぶつかって引き返す事になるだろうと。

 しかしその予想は裏切られる事となる。

 

「広いね」

 

 亀裂にしか見えない入り口を抜けた先は、まさしく洞窟と呼ぶに相応しい地形だった。

 むしろ通常の洞窟以上に広いかも知れない。鉄は他の洞窟を殆ど知らないので判断が付かないが。

 

「……そうね。天然の洞窟なら、普通はもう少し狭くなるんだけど」

 

 どうやら、思った通りこの洞窟は少し特殊らしい。アリシアが言うのだから間違いはないだろう。

 洞窟の入り口から細い光が射し込んでいる。鉄が内部を見渡すにはそれだけで十分だ。

 鉄の知識では、洞窟というのは非常に狭い物だ。通路は狭く、天井は低い。起伏は激しく、時に崖のようになった場所もある。

 水が流れていたり、場所によっては完全に水没している所もあるだろう。少なくとも日本で暮らしていた時、寮の小さなテレビで見た洞窟はそうだった。

 この世界でも、洞窟の形成方法は変わらない筈だ。魔素、魔法という要素があっても、そこに大きな違いはないと思っていた。

 

 しかし目前の洞窟は。

 鉄とアリシアが並んで歩ける程に通路は広く、手を伸ばしても届かない程に天井は高い。

 曲がりくねっていて奥までは見えないが、見える範囲では狭まっているような様子はない。

 二人が歩いてきた崖の内部に、これ程の空洞があるとは予想もしていなかった。この上をレールが通り、列車が走っていると考えると不安になる程だ。

 

「クロガネ、魔道具を」

 

 アリシアが言う。暗視能力のない彼女にとって、光の射し込む入り口から先は完全な暗闇だ。

 鞄に手を突っ込み、光を出す魔道具を取り出す。暗闇の中でも鞄をひっくり返す必要がないのも魔法の鞄の利点だ。なにせ、取り出したい物を思い浮かべるだけでいいのだから。

 

「はい。でもいいの? 魔力感知とかされちゃったり」

 

 言いながら、しかし鉄は魔道具を手渡した。

 旅の経験はアリシアの方が長く、警戒心も彼女の方が上だ。それくらいは当然分かっているだろう。

 カチリと魔道具のスイッチを入れる手に迷いはない。仄かな明かりが洞窟の内部を照らし出した。

 

「問題ないわ。周りの連中も魔道具を使ってるし」

「なるほど。木を隠すなら森の中、って事だね!」

「……妙な例えだけど、まあそうね。それに、ほら。この壁」

 

 アリシアが手近な壁面に触れる。

 最初は気付かなかったが、魔道具の光に照らされたそれは、ほんの少しだけ青みがかっているように見えた。

 

「魔鋼よ、これ」

 

 魔鋼。その言葉には聞き覚えがあった。

 一瞬の思考を挟み、しかしすぐに思い出す。いつ、何処で聞いたかまでも鮮明に。

 誰に聞いたかなど考える必要もない。この世界について鉄が持っている情報。その殆どはレイヴンかアリシアから与えられた物だからだ。

 

「確か、魔力を通しにくい鉱石だっけ」

 

 その情報はかつてレイヴンから与えられた物だ。アルファルドを発つ夜、彼女の私室で。

 アルファルド王都を囲む黒い壁。それは魔力を通しにくい鉱石で出来ており、魔獣だけでなく、他国の襲撃にも備えていると聞いた。

 その鉱石を魔鋼と呼ぶのだと、そう聞いたのを覚えている。

 

「ええ。とはいえこれは魔鋼の中でも最低ランクの青魔鋼だし、純度も低いけど」

 

 魔鋼にも質があり、大まかに色分けされている。

 青が最も低く、赤、白と質が向上していく。アルファルドを囲む黒魔鋼は魔鋼の中でも最高ランクの物だ。

 しかし、例え最低ランクでも魔鋼は魔鋼だ。鉄やアリシアが使う魔法はともかく、魔道具が発する魔力は極々小さな物であり、それを遮断するには十分なのだろう。

 

「でも、良く気付いたね。さっきまで真っ暗だったし、色だって殆ど変わらないのに」

「当然よ。外にいた時に感じていた魔力を、ここに入った途端に感じなくなったじゃない」

 

 あっ、と。鉄の口から間抜けな声が漏れる。

 確かに外では微弱な魔力を至る所から感じていた。魔力探知に優れた鉄やアリシアでさえ、気を付けなければ分からない程度の魔力を。

 それが今は全く感じない。それを分かっているからこそ、アリシアも躊躇なく魔道具を使用したのだろう。

 

「………………」

「さて、奥に進もうか!」

 

 呆れたような目で見詰めるアリシアに背を向ける。

 未だ背中に刺さるその視線から逃げるように、鉄は洞窟の奥へと進んでいった。

 

 

 洞窟に入ってから、どの程度の時間が経過しただろうか。

 一時間くらいかな、と鉄は思考する。もっと短かったかも知れないし、長かったかも知れない。

 入り組んだ洞窟だった。鉄の知識通り、天井の低い場所もあれば、入り口と同じくらい狭い通路もあった。流石に水没している場所は無かったが、水が流れる地面もあったし、小さな崖のような起伏もあった。

 洞窟は未だに続いていて、ここが地上のどこに当たるのかも分からない。時間の感覚も、方向感覚も、とうの昔に失われていた。

 

「……ねえアリシア、さっきから置いてるそれってさ」

「目印よ」

 

 隣を歩くアリシアに尋ねると、これ以上なく簡潔な答えが返ってくる。

 洞窟に入ってから、ある程度進むたびにアリシアが地面にある物を置いていた。

 確かに目印は必要だ。もしこの先が行き止まりなら鉄達は引き返す必要がある。

 その時に同じルートを辿れなければ、待っているのは遭難だ。目印を置くのは理に適った事であり、鉄が一人でもそうしただろう。

 問題は、その目印にあった。

 

「うん。それは分かるけど……なんで干し肉?」

 

 列車に数日間揺られる事を考え、多めに作っておいた干し肉。未だに余っているそれを、アリシアは数分おきに落としていく。

 暗い洞窟、光源はアリシアの持つ魔道具だけだ。その小さな明かりの中、地面と同色に近い赤茶色の干し肉は全く目立たない。それなら、他の物でもいい筈だ。

 まるでヘンゼルとグレーテルだ、と鉄は思う。家に帰る為に、パン屑を落として目印にした童話のようだと。

 

「だって、食べ物ならあんたが匂いを辿れるじゃない」

「犬かな?」

 

 余りに酷い理由だったが、確かに匂いを辿るのは容易だ。

 ヘンゼルとグレーテルのように動物に食べられても、地面に残る匂いを追っていく事も出来る。

 そもそも、鉄とアリシアの所持品は、その全てが必需品と呼べるほどに重要な物だ。

 料理器具を置いていく訳にはいかず、衣服に余裕はない。鉄がアルファルドで貰った物は論外だ。目印に置いた物を、確実に回収出来る保証はないのだから。

 消去法で、余っている干し肉が選ばれるのは不思議ではなかった。

 

「でも、やっぱりちょっと勿体ないなあ」

 

 ちら、と未練たらしく干し肉を見る。

 貧乏性の鉄としては、まだ食べられる物を捨てるのには抵抗があった。

 

「心配しなくても、帰りに食べていいわよ」

「……まだ地面に置いてないやつを、だよね?」

「当然じゃない」

 

 良かった、と鉄は安堵する。流石に地面に落ちた肉を好んで食べようとは思わない。

 

「まあ、さっきのが最後の干し肉なんだけど」

「ちょっと!」

 

 全然良くなかった。

 

 確実に帰る為なら目印は必須で、今の二人には目印に使えそうな物は干し肉しかない。

 そもそも猪を見付けたのも、狩ったのも解体したのも料理したのもアリシアだ。それをどう使おうと鉄が文句を言うべきではない。

 仕方ないかな、と溜め息を一つ。元を辿れば、洞窟に入ろうと提案したのは鉄なのだ。それをフォローしてくれるアリシアには感謝はあっても文句はない。

 

「……いいもん。洗えば食べられるもん」

「やめなさい。新しいの作ってあげるから」


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