第七話
「アリシアー、薪集めてきたよー」
「……早かったわね」
どさ、と。鉄が両腕に抱えていた枯れ木を下ろす。
アリシアはその様子を横目で見て、一夜を明かすのに十分な量の薪がある事を確認する。というより、むしろ多いくらいだ。
自分を恐れない人間と出会えた。その事実に、鉄は興奮していた。分かりやすく言い換えれば超ハイテンションだ。
自己紹介を済ませるや否や、一直線に山林へと消えていった。異常な身体能力、その全てを駆使して山を駆ける。
ほんの数分で、鉄は一抱えほどの枯れ木を集め終えた。服が汚れるのも気にせず、鉄はそれを抱えて戻る。
目を輝かせ、尻尾を振って。まるで飼い主の元へ走り寄る犬のように。
「さて、じゃあ夕食の準備でもしようかしら」
そう言って、アリシアが自分の鞄を漁り始める。
慌てて鉄も鞄を開くが、中には碌な食材が入っていない事を思い出す。
「むう、もう食材も碌なの残ってないわね……あんたは?」
「アキナ草しか持ってねぇ」
乾燥したアキナ草の根を取り出す。流石にこれだけの食事は燃費のいい鉄は平気だが、アリシアには少し辛いだろう。
川は既に遠く、そもそも餌がないので魚は釣れない。今からでも、何か獣を捕ってこようかと考える。
こんな事なら、道中もっと気を付けて食材を探しておけば良かったと後悔する。いつ何が必要になるか分からない。備えあれば憂いなしとは良く言った物だ。
そう考えて、あれ、と思う。そういえば、自分は何か食材を見付けていた記憶がある。
「あっ」
そうだ、そうだった。
勢い良く立ち上がり、一本の木へと小走りで近付く。
アリシアとの出会い、そしてその後の問答の印象が強烈すぎたせいで忘れていた。
鉄はこの広場で、食用のキノコを見付けていたのだ。
「アリシア! こっちこっち! キノコ!」
キノコの前で止まり、アリシアに手を振る。
「はいはい。わかったから、そんな騒がないの」
面倒そうにアリシアが歩いてくる。
半眼のせいでそう見えるだけかも知れないが、鉄とのテンションは雲泥の差だ。
やがて鉄の傍まで歩いて来たアリシアは、得意げに胸を張る鉄の前、群生しているキノコを見た。
「どれどれ……って、毒キノコじゃない」
「えっ」
しゃがみ込んだアリシアの言葉に、鉄の表情が驚きに変わる。
一瞬固まった後、大慌てで鞄の元へと走る。
鞄を漁り、植物図鑑を手に再びアリシアの傍へと戻った。
パラパラと図鑑を捲り、ミラフダケと書かれたページを開く。
「で、でもほら、ここにちゃんと食用って!」
開いたページの中ほど、食用という文字を指でさす。
横からそれを覗き見たアリシアは、しかし何でもない事のように言った。
「いい図鑑じゃない。これなら判別方法くらい書いてあると思うんだけど……」
あ、と思った。心当たりがあったからだ。
ミラフダケの項。そういえば、あのページを途中までしか読んでいなかった。
植物図鑑に目を落とす。食用、という文字の下。鉄が見なかった場所に注釈が書いてある。
※アカミラフダケ(毒)と間違えやすいので注意。
ペラ、とページを捲る。
前のページ、ミラフダケと全く同じ絵が載っていた。
アカミラフダケ(毒)
食用のミラフダケと間違えやすいので注意。遠目での判別は非常に難しく、判別には傘の裏を見る必要がある。白ければミラフダケ、赤ければアカミラフダケ。
「……」
すっと傘を持ち上げて裏を見る。
赤かった。
「……ちょっと、泣くんじゃないわよ」
「ああもう、めんどくさいわね」
上げる所まで上げてから落とされた鉄。
精神に負った傷は自力で立ち上がれない程に深かった。
口では悪く言いながらも、その袖を引いてアリシアは続ける。
「ちょっと付いて来なさい」
それだけ言うと、アリシアは広場を回り始めた。
外周の木の根元を確認して、何もない事を確認すると次の木へと移る。
その様子を見て不思議そうにする鉄に、独り言のようなアリシアの解説が入る。
「ミラフダケとアカミラフダケ。この二つは群生条件が一緒なのよ」
へえ、と。それだけの説明で鉄は納得した。
条件とはつまり、温度や湿度、土壌といった要素だ。
そういった要素が、短距離で劇的に変わる事はない。そして、この広場には同じような木が幾つも生えていた。
「つまり、近くにミラフダケもあるかもって事?」
「ま、そんなとこね……っと、言ってる傍から」
アリシアの視線の先に鉄も目を向ける。
茶色い傘のキノコが群生していた。憎きアカミラフダケと全く同じ見た目だ。
アリシアを見ると、小さく頷くのが見えた。鉄も小さく頷きを返す。
ゆっくりと傘に手を伸ばし、その裏側を見る。
白かった。
「これで夕食も、少しは豪華になるかしら」
アリシアが小さく微笑んで言う。
同じように、鉄も自分が笑っているのが分かった。
ぱきぱきと、積んである枯れ木を折っていく。
そのままでは長すぎるので、竈に入る程度の大きさまでは短くする必要があるのだ。
一本折っては竈に差し込み、一本折っては更に重ねる。
鉄の対面で、アリシアは料理の下準備をしている。何故か自然とこういう役割分担になっていた。
アリシアの「あんた料理出来る?」という質問に見栄を張って「出来るよ」と答えたのだが、恐らく一瞬目を逸らした事に気付かれたのだろう。
ある程度重ねた枯れ木に魔法で火を付ける。火が付いたのを確認して顔を上げると、こちらを見ているアリシアと目が合った。
普段は眠そうに細められている目が少しだけ見開かれている。何かに驚いているように感じた。
「……なに、今の。何したの?」
言われて、ああ、と思った。
魔法で火を付ける際、闇属性で魔力を隠すのが癖になっていた。
鉄が魔法を使ったのは見えているのに、魔力を感じなかったから驚いているのだろう。
アリシアに見えるように魔力を隠した火球を手の上に出現させ「闇属性」とネタばらし。
「へえ、初めて見たわ。便利そうね」
感心したようなアリシアの声に、まあね、と返す。
鉄も旅をしている間、闇属性の隠密性には何度も助けられてきた。
事情は知らないが、同じように一人で旅をしているアリシアにはその有用性が良く分かるだろう。
「あんた旅には困らなそうね。あ、醤油って持ってる?」
「あるよー。そうだねえ、割と一人旅向けの能力が揃ってると思うよ」
竈の上に網を乗せながらのアリシアの言葉に、鞄から醤油の入った瓶を引っ張り出しながら答える。
アリシアは魔法で出した水でキノコを洗うと、それを薄く切り始めた。
「揃ってる、って事は、それだけじゃないって事ね」
「気になる?」
鉄の問いに鼻を鳴らす音だけを返し、アリシアが網の上に薄くスライスしたキノコを並べていく。
まるで松茸みたいだ、と思った。本当なら炭火で焼くべきなのだろうが、そんな物を持ち歩いている筈も無い。火加減にさえ気を付けていれば、直火でもなんとかなるだろう。
魔法で水を張った鍋に、アキナ草の根と残りのキノコを入れる。
しかし竈は一つしか作っていない。まず先に直火焼きのキノコを片付ける必要がありそうだ。
「え、何それ」
アリシアは鞄の中から木の棒のような物を取り出し、それをナイフで薄く切って鍋に落とし始めた。
アキナ草とキノコの入った鍋に新しい食材が追加されていく。キノコが焼ける匂いとはまた別の香ばしい匂いが鼻を突いた。
「干し肉。前に作ったのが余ってたから」
「いいの?そんな良い物、ここで使っちゃって」
「そう思うならまずは涎を拭きなさい」
一人旅で干し肉を作る事の大変さを理解出来ない鉄ではない。
アリシアはきっと強い。獣を一匹狩る程度は容易だろう。この器用さなら血抜きも捌くのも時間をかけずに終わらせる筈だ。
しかし、肉を干している間。血の匂いを嗅いだ獣が集まってくるのは目に見えている。それらを全て撃退するのは、どう考えても干し肉を一個作る事に釣り合わない。
余程安全が確保されている状況じゃなければ、とても作ろうとは思えない。そんな代物を、ここで鉄と分けようというのだ。
「……いいのよ。そういう気分なの」
アリシアの呟きに、そう、と返す。
そう言われたら、もうこちらから何も言う事はない。アリシアが良いと言うのなら良いのだ。
干し肉を全て入れ終えたアリシアが向き直る。二人向き合って座る形で、間には石を積んだだけの小さな竈がある。
太陽は既に沈みかけていた。薄暗い中、焚火の明かりだけが煌々と揺れている。
「いただきます!」
手を合わせながら鉄は思った。
異世界、野宿、夜の焚火。そして女の子の手料理。
数え役満だ。
数え役満:一章二話参照




