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第十七話


 変わらないなあ、と鉄は思った。

 彼と話す事は多くは無かったが、それでもその人格は嫌と言う程把握している。

 こんな普通に生きていたら出来ないような体験をしても、彼の内面は一切変わらない。

 しかし、鉄に驚きは無かった。

 異世界の生活程度では、彼を変える事は出来ないと知っていた。


 それにしても。

 満流の発言と、自分の発言には大きな違いがあった。

 半年と一週間だ。

 鉄がこの世界に来てから、まだ一週間程しか経っていない。正確には六日だ。

 しかし、満流は半年と言った。

 嘘を吐く必要は無いし、そんな無意味な嘘を吐く性格でも無い筈だ。

 動き方が目に見えて成長している事からも、彼は本当にこの世界で半年を過ごしたのだと理解出来る。見てはいないが。


 考えられる可能性としては、満流を異世界に送った魔法だ。

 満流が異世界に渡ってから、鉄も正規とは言えない手段でここへ来た。

 その辺りで時系列にズレが発生しているのだろう、と判断する。


「一週間か。俺とお前の認識が違うのは何でだろうな」


 満流も同じ事を考えていたらしい。

 しかし、彼も既に鉄と同じような仮説は立てているのだろう。

 誰でも考え付く仮説だ。それに、彼は頭の回転が速い。


 とはいえ、このまま話を続ける訳にもいかなかった。


「満流さ、あんな下手な尾行くらい気付こうよ」


 満流を追って、幾つもの足音がここへ来ていたからだ。

 今は満流が来た方向の森に姿を隠してこちらを伺っている。

 人数は七人だ。流石にこの数の足音から正確に人数を割り出すのは難しいが、一度聴いた事のある足音なら話は別だ。

 つまりは。


「……参ったな。魔力は完全に隠してた筈なんだが」

「……バレットさん」


 繁みを揺らして出て来たのは、バレット達七人だった。


 魔力での探知が主流だからか、それ以外の部分はかなり疎かだ。

 いくら魔力を隠しているからと言っても、七人が鎧をガチャガチャと鳴らしながら歩いていたら鉄が気付かない筈がない。

 最低限は音を殺していたようで、満流はここまで気が付かなかったが。

 随分強くなったみたいだけど、こういう所はまだまだだなあ、と一人考える鉄だった。



 事の推移は、少し前まで遡る。

 昨日の満流の様子に何とも言えない不安を感じたレイヴンは、朝早くに満流の部屋を訪れた。

 しかしそこには既に誰もいない。城に仕えるメイドを捕まえて聞くと、つい先程出掛けられました、と言う。

 どうやら入れ違いになったらしい。だが、慌てて城を飛び出すも当ては無い。

 藁にも縋る思いでギルドへと駆け込み『マガツ』に聞くと、運良くキースが南門へ向かう満流の姿を見ていた。

 再び飛び出して行くレイヴンを慌てて追いかける『マガツ』。

 南門で立ち往生しているレイヴンに追い付くと、ちょうど森へと向かう満流の後ろ姿が見えた。

 そこで初めて事情を聴くも、満流を追って森へ入ると言うから大変だ。

 心配なのは解るが、一国の王が護衛を付けたとしても危険な森に行くなど許せる筈も無い。

 ただでさえ今の森はより危険なのだ。門番と一緒になって諭すと、物分かりのいいレイヴンは渋々諦めてくれた。

 しかしやはり心配だと言うので『マガツ』がこっそり後を付いて来た、という訳だ。


「いやはや、悪いなミツルよ。しかし国王直々の依頼ではなあ……あんな事があった後だ。俺達も心配でな」

「いえ、こちらこそ、何も言わずにいなくなって申し訳有りません」

「そこの……あー、クロガネとやらも。邪魔をしてしまって申し訳ない」


 謝罪し合う彼らにさあどうしようと思っていると、驚いた事にこちらに話を振ってきた。

 確かにこの状況では常識があれば鉄にも謝罪をするだろう。

 人との会話が久しぶりすぎて、そんな事も忘れていた。


「うん、別にいいよ。気にしてない」


 何とか当たり障りの無い返答を返す。

 感謝する、とバレットが引き下がり、少しの沈黙が降りる。

 顔を見せて話せ、とか言われないのは有難い事だ。

 冒険者をやっていると、そういう人間と話す機会もあるのだろう。

 顔を隠している人間や、顔に火傷を負って隠したがる人間などは日本にも存在した。


 今は大木を挟んで会話をしているが、それでも彼らは居心地の悪さを感じているだろう。

 姿を隠しているこの木が、鉄にとっての最終防衛ラインだ。

 だからこそ鉄はこの場所を選び、満流も大木を挟んで座った。

 しかし、この至近距離では会話だけでも相当な嫌悪感が満流を襲っている筈だ。

 得意のポーカーフェイスで隠しているようだが、体が小さく震えているのを鉄は知っていた。


「あの、皆さん。詳しい事は後で話しますから、今は離れていてくれると嬉しいんですが……」

「……おう。わかった。しかし依頼でもあるからな。あまり遠くまでは行けんぞ」


 遠慮がちな満流の言葉に、バレット達が離れていく。

 とはいえ、言葉通りあまり遠くには離れていない。会話程度なら聴こえてしまうだろう。


「……鉄、いいか? 聴かれたくない話とか」

「いいよ、別に。後で問い詰められるのは君だし」


 違いない、と。

 後でバレット達、そして報告を聴いたレイヴンに色々聞かれるだろう事を考えて苦笑した。

 それはそれだ、と意識を切り替える。お互いに聞きたい事が少なからずあるのだ。


「じゃあ俺から。お前、何でこの世界にいるんだ?」


 そんな言葉で、異世界出身者の近況報告が始まる。



「俺がこの世界に来た後に無理矢理入り込んで、盗賊討伐に狼の丸焼き、ねぇ……」

「あはは。信じられない?」

「いや。何となく、お前ならやりそうな気がする」


 まず話したのは鉄だ。

 この世界に来た経緯、そしてほぼ一週間の生活に、満流から呆れたような声が漏れる。

 それでも、一応街に入った事とバレット達の近くに居た事は伏せておいた。

 盗賊はともかく、前者はどう見ても犯罪だし、後者は本人達がいる前で話すような事ではない。

 ちなみに、盗賊のアジトで見付けた魔法の鞄は超高級品らしい。

 全く出回っていないという訳では無いが、高価な物で、並の冒険者では手が出ないそうだ。

 それを聴いて、鉄は思わず鞄を守るように抱きしめた。



 ああ、そういえば、と満流が零す。


「お前が追いかけて狩った狼ってさ、昨日俺達が狩ったのと同じか?」

「うん。一匹大きいのが居たから、それ食べた」


 やっぱり、と満流は思った。

 あのヘルハウンド達は、動きに全く統率が取れていなかった。

 何かおかしいと思っていたら、王がいないのが原因だ。

 百年以上アルファルド王国を悩ませていたヘルハウンド。

 誰も成し得なかった王の討伐を、この男は食事目的でやってのけたらしい。


「僕の方はこんな感じかな。次はそっちね。一般常識とか多めでお願い」

「ん、わかった。じゃあその辺りも詳しく話すか」


 次は満流が話す番だ。

 しかし、一週間と半年では体験した量が違う。更に、全て独学の鉄と違い満流は知らない事はいつでも聞けるのだ。

 満流の話は、鉄の倍以上の時間を掛けてじっくりと語られた。


「へえ、やっぱり面白い世界だね、ここは」


 まずこのアルファルド王国と、周辺国についての話。

 とはいえ、満流が呼び出された詳しい事情は話していない。

 それを話すと、どうしても前国王の死について語らなければならなくなる。

 他人の傷を勝手に話すのは憚られるし、鉄もその事には興味が無いだろうと判断したからだ。


 次は、過去に実在した勇者の話。

 彼らが残した言語、文字、調味料などの文化の話を聞いて、鉄はずっと抱いていた疑問が解消されたと喜んだ。


 冒険者ギルドについては、鉄には関係無い話だが興味を示したので話しておいた。

 ちなみに満流はパーティを組んでおらず、今は個人でCランクまで上がっている。


 魔法の話では、鉄の属性を聴いて再び呆れる。

 火、水、土、風の他に、闇まで使えるとは。

 予想してはいた事だが、魔法の面でもこの男は化け物スペックらしい。

 四つの属性は野宿に非常に便利だと鉄は嬉しそうに語る。

 なので、闇はどうなんだ?と聴いたら黙ってしまった。



(一体、何の話をしてるんだ、彼らは……)


 近くの木の根元に固まっているバレット達は困惑していた。

 聞こえてくる満流達の会話が、とんでもなく突飛な話だったからだ。

 どうやら、大木の向こうにいるのは満流と同じ異世界から来た人間らしい。

 しかし、理解出来たのはそこまでだ。


 満流が魔法の無い世界から来たという事を、バレットは以前満流から聴いた事がある。

 王家に伝わる魔法というのがどんな物か詳しくは知らないが、魔法の無い世界で育った人間が、一度効果を失ったそれを無理矢理起動させたなんてとても信じられる話ではない。

 更に、十人もの盗賊を魔法も使わず一人で殲滅したという。

 満流が生きていたのは平和な世界だったとも聴いた事があった。

 そんな世界から来た人間が、現役の盗賊相手に不意打ちを成功させている。明言こそしなかったが、恐らく殺害までしているだろう。

 有り得ない、という言葉が浮かぶ。


 しかし、盗賊の討伐はバレットやカリンでも不可能ではない。

 あくまで、元居た世界を考えると異常なだけだ。


 魔法をこじ開けて来たのは異常だ。しかし詳しく知らないので実感が湧かない。

 盗賊を一人で討伐したのも異常だ。しかし困難ではあるが不可能ではない。


 最も信じられないのは、ヘルハウンドを狩ったという点だ。

 盗賊を生身で討伐出来る程強いなら、ヘルハウンドを狩るのは可能だろう。

 しかし、その方法に問題があった。


(逃げるヘルハウンドに追い付いた? 大きな個体に? 森で? ……有り得ねぇ)


 鉄の語った体験は、とても真実とは思えない物だった。

 草原ならともかく、障害物の多い森でヘルハウンドは最速の生物だ。

 追い付ける生物も逃げ切れる生物も、伝説上にしか存在しない。それを、人間が走って捕まえたという。

 更に、最も大きい個体というのは王の事だろう。全能力が、ただのヘルハウンドを大きく上回っている。

 そもそもヘルハウンドが人間を前にして逃げる必要が見付からない。

 馬鹿な話だ。子供でももっとマシな嘘を吐くだろう。



(だが、それなら何故、満流は何も言わない?)


 満流の態度は不思議だ。

 それを否定する事も無く、ただ話を進めている。

 嘘だと解った上で流しているのかとも思ったが、どうにもそうは見えなかった。

 信じているのだ。それが全て真実だと。


 何故だ、と思わずにはいられなかった。

 満流がこの世界に来て半年、冒険者として少なくない経験を積んできた。


 知っている筈だ。

 ヘルハウンドがいかに凶悪な魔獣で、どれ程の俊敏さを有しているか。

 満流は頭が良い。草原に出て来たヘルハウンドを迎撃した事も何度かある。

 その能力に関しては正しく認識しているだろう。


 そこまで考えて、まさか、と思った。

 自分達は、ヘルハウンドの能力は知っていてもクロガネという男の能力を知らない。

 しかし、満流はそれを知っている。

 もし自分達と満流のヘルハウンドへの認識が同じだったとするなら。

 鉄はそれが可能だと、少なくとも満流はそう思っているという事だ。


 普通ならば一笑に付す所だが、冒険者としての勘が、何が真実かを告げていた。ただ、理性がそれを認めない。

 鉄は未だ満流と話している。威圧するどころか、こちらに意識を割いてすらいない。

 しかし、心をザワザワとした物が覆っていた。湖で巨大魚と対峙した時を思い出す。

 ただ恐ろしかった。あの大木の向こうに、とんでもない化け物が隠れているのではないかと思った。


 満流と話している筈の鉄に「そうだよ」と言われた気がした。 


会話が増えると難しいですねぇ。

駄文が更に駄文に。モザイク機能実装はよ。

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