第十六話
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七人のベテラン冒険者。
そして、更に援軍として現れた天野満流によって狼は瞬く間に討伐された。
「おう、しばらくだなミツル。助かったぞ」
「お久しぶりですバレットさん。俺が来なくても余裕だったでしょう?」
軽口を叩き合う二人は、実は何度か会った事がある。
バレットやカリンには、よく訓練に付き合って貰っているのだ。
最初は報酬目当てで引き受けた二人だが、今では異常な速度で成長する満流を鍛えるのが一つの楽しみになっていた。
更に、満流は冒険者ギルドにも登録している。
そっちの方向でも、色々と懇意にして貰っているのだ。
「お前達は初対面だろう? お互いに自己紹介くらいしておけ」
というバレットの言葉に、満流と『フリック』の三人が自己紹介を交わす。
満流が名乗ると、三人は揃って目を丸くした。
「えっと、アマノミツルって……半年前に召喚された、救世主様ですよね?」
あー、と満流は目を逸らす。
この世界に来てから、既に半年もの時間が過ぎ去った。
その間にメキメキと力を付ける満流を見て、レイヴンがその存在を公表したのだ。
街の人間との接点を増やすと同時に、勇者が残した魔法で召喚した救世主という肩書を利用して諸外国への牽制にしようという目論見だ。
アルファルド王家、というかレイヴンの民からの信頼は厚く、満流は直ぐに受け入れられた。
そういう点ではレイヴンの目論見は成功したと言えるのだが、どこに行っても救世主と呼ばれるのは勘弁して欲しいというのが満流の本音だった。
全員との自己紹介を終え、満流はバレット達と共にゆっくり王都へ戻る事にした。
満流の目から見ても、彼らが非常に疲弊しているように見えたからだ。
「マガツニジマダラダケの採取はどうでした?」
聞くと、全員何とも言えない顔をした。
まさか見付からなかったのかと思うが、そうではない、と否定される。
「少し説明が難しくてな……ギルドで説明するから、その時に一緒に聴いてってくれ」
はあ……と曖昧な返事を返すしか無かった。
しかし、彼らの様子から何かがあったのだという事は予想出来る。
後で詳しく聞けるというのなら、今はもう何も言うまい。
何気なく、森の方へと目を向ける。
「……!」
白があった。
沈みかけた日の下、黒い森の闇の中に不自然に浮いていた。
ただそれだけだ。一般的に見て視力が良い満流でも、見えるのはその色までだった。
しかし、満流はそれが何か知っている。
あれはYシャツだ。日本に居た頃の記憶が、頭の中で浮かんでは消えて行った。
そんな筈はない、とは思わなかった。
本能と理性が声を揃えて、既に同じ答えを導き出している。
アイツだ。
「……ミツル、どうした?」
急に森を見詰めて固まった満流に、バレットが静かに声をかける。
その言葉にハッと意識を戻すと、いえ……と頭を振った。
なんでもありません、と言いながら再び森を見る。
そこには、ただ果てしない森が広がっているだけだった。
冒険者と違い、商人は手続きに時間が掛かる。
王都入口で商人と手を振って別れ、八人はそのままギルドへと向かう。
門は三つあり、そのうち満流達が入ってきたのは南門だ。
三つの門から城へと伸びる道は活気溢れた物になっており、満流達が歩く南大通りは食材等を取り扱う店が立ち並んでいる。
ギルドは西大通りに面している。満流達は南大通りの活気を楽しみながら歩き始めた。
ちなみに、門があるのは南、北、西だけで、東には門が無い。
そちらにあるのはアルファルド大森林だけであり、魔獣が街に攻めて来た時に門があると突破される可能性があるからだ。
当然東の外周付近ほど安全性は低いとされ、王都の東側の外周はスラム街となっている。
ギルドに戻り、依頼完了の旨を告げる。
報告があると言うと、奥にあるギルド長室に通された。
「遅かったな『バティスタ』それに『フリック』よ。ミツルもお疲れ様じゃ」
そこに居たのは、老齢のギルド長と、国王レイヴンだった。
「国王……」
「レイ、どうしてここに?」
呆れたように溜め息を吐くバレットに驚きは無い。レイヴンは良くこうして城を抜け出す事があるのだ。
ギルド長は物静かな女性だ。母を早くに亡くした国王が、少しでも心を満たせるならと冒険者達が皆暖かく見守っているのをレイヴンは知らない。
ちなみにレイヴンは自分の名前にコンプレックスを持っているようで、親しい人間にはレイと呼ばせている。
何でも男っぽい名前が嫌なのだとか。実際城でレイヴンと呼んでいるのはグリントだけだ。それも忠義から来る物で、特別親しくないという訳ではない。
満流も同じようにレイと呼ばされている。敬語もやめろと言われた時は流石に断ったが。
「今日の執務が粗方終わったからの。街を見て回っていたのじゃ」
レイヴンが国民に人気の理由として、距離が近いというのがある。
前国王の一件からか、レイヴンも国民もお互いに歩み寄っている。
空いた時間で城下町の様子を見に行き、貴族も貧民も分け隔てなく接する。
レイヴンが街に行く時は、演習などの無い兵士が休日を返上してこっそり付いてきている事もレイヴンは知らない。
恐らく、今もギルドの周りで待機しているだろう。
「ではバレット、報告をしてくれますか?」
ギルド長の言葉に、はい、と姿勢を正す。
実は……と話し始めようとした所で、ギルド長に椅子を薦められた。
八人が無言で座る。なんともテンポが悪く、バレット達の報告は始まった。
ギルドの会議室を、重い雰囲気が支配していた。
原因はもちろんバレット達の報告だ。
湖での巨大魚との遭遇。マリアが襲われ、何故か突然逃げ出した巨大魚。
マリアが察知した魔力に、帰ってきた大剣。その裏にいる謎の存在。
プレートアントの群れとヘルハウンドの群れの駆逐の話は、正当な評価を下さなければ、とギルド長に考えさせた。
「これが依頼品のマガツニジマダラダケです。しかし群生していたのは例の湖の近くであり、安定して採取するのは不可能だと思われます。少なくとも、俺は二度と行きたくない」
鞄から、大量のキノコを取り出してみせる。
バレットが報告の最後に見せた本音に、ギルド長は頭を抱える思いだった。
『肉断ちバレット』といえば、どんな魔獣にも臆さない勇敢な男として知られている。
それは無謀という意味では無く、実力があり、強力な敵にも怯まずに最善手を選択出来るという意味だ。
その男にそこまで言わせる程の存在が森に潜んでいる。
湖が今まで発見されなかったのは、実は不自然な事ではない。
その湖から三時間程度の距離、バレット達が森を抜けたのは、ミレーネという街より西、つまりは王都側だった。
ミレーネにはギルドが無く、冒険者が拠点にする事は少ない。
必然的に王都から森に入る事になるが、ミレーネ周辺では盗賊やヘルハウンドの出没が多い。
冒険者がそちらに進路を取りたがらないのは当然の事だ。
今回バレット達は出来るだけ草原に近い場所の群生地点を見付けようとジグザグに移動していたため、三日という時間が掛かった上で湖を発見したのだ。
とはいえ、湖の巨大魚はあまり問題ではない。
全く新種の魔獣、もしかしたら勇者の時代にこの大陸に渡って居付いた魔物かも知れないが、湖に近付かない限りは被害も無いだろう。
問題は、彼らが森で出会った「何か」の方だ。
気配も魔力も感知出来ず、バレット程の怪力を持った何か。
まだ情報も少なく判断は出来ないが、そんな物が実在するのなら大問題だ。
しかし、この広い森でそんな化け物を討伐する事は不可能だろう。
結論として、しばらくは冒険者達に注意喚起する、というだけに留めるしかない。
バレットの報告を聴いて、レイヴンは聞けて良かったと思った。
湖の話はともかく、もう一つの話は眉唾だ。これでは自分まで話は通らないだろう。
少しこの街の人間は自分を甘やかしすぎる気がする。確定ならともかく、不確定な情報は間違いなく不安にさせないようにと伝えない。
これでも王なんじゃがなあ、と嘆息。
ふと、先程からずっと沈黙を保ったままの救世主に気付く。
どうしたのだろう、と見てみると、天野満流は無表情のまま俯いていた。
一切の感情が抜け落ちたようなその表情からは、何も読み取れない筈なのに。
何故か、バレットの話を聞いた時よりも、恐ろしく思えた。
結局この日はそれで解散となり、レイヴンはいつも通りになった満流と共に城へ戻る。
しかし、レイヴンの頭からはずっと満流のあの表情が離れなかった。
翌朝、『バティスタ』と『フリック』は冒険者ギルドに来ていた。
まだ朝も早い時間だが、やっておかなければならない事がある。
「本当に、いいんですね?」
受付の質問に、全員が頷きで答える。
まだ何か言いたげだったが、その表情を見て、大きな溜め息を吐いた。どうやら言いたい事は呑み込んでくれたようだ。
「ではAランクパーティ『バティスタ』並びにBランクパーティ『フリック』の解散を承認します。同時に、Fランクパーティ『マガツ』の発足をここに認めます」
その言葉に、七人が顔を見合わせる。
これからよろしくな、と男性陣は肩を組み、女性陣は手を叩き合った。アゼルとカリンは微妙に乗れていないようだったが。
ギルドにいた他の冒険者も、新たなパーティの結成に喜んでいる。
とはいえ、元はベテランパーティ二つだ。すぐにランクも上がるだろう。
響く拍手の中、ギルドに飛び込んでくる足音が響いた。
何かあったのか、と冒険者達が入口を見ると、そこには誰も予想していなかった人物が立っていた。
レイヴンだ。
入口の壁に手を付き、肩で息をしながらギルド内を見回していた。
その中にバレット達の姿を見付けると、驚く彼らの下へ駆け寄る。
「……ぜぇ……はぁ……お、お主ら、ミツルを見なかったかの?」
「み、ミツルですか? 俺は見てませんが……お前ら見たか?」
「あー、多分、見たな。遠目でよくわからなかったですが、南門の方に向かってたと思いますぜ」
バレットの問いに答えたのはキースだ。
それを聴くなり、レイヴンは「感謝する!」と言い残して走って行ってしまった。
後に残された『マガツ』の面々が口を開く。
「なあ、キース。南門って事は、ミツルは王都から出るつもりか?」
「俺が知るかよ。でも門を見に行くだけって事はないんじゃねえのか」
「まあ、毎日見てる物をわざわざ早起きして見に行く必要もないわな」
バレット達が顔を見合わせる。
そのまま数秒固まった後、誰からともなく走り出した。
どうやら『マガツ』の最初の仕事は、暴走した国王の子守りになりそうだ。
一方鉄は、森の中を歩いて夜のうちに拠点を見付けていた。
王都に流れ込む川を辿り、しかし他の冒険者と鉢合わせないように河原から少し離れた場所だ。
他の木よりも遥かに大きな大木の根元だ。幹の太さは十歩も歩かないと一周出来ない程であり、地面から顔を出した根を椅子替わりに、幹に背を預けて座っていた。
朝食に少しの味噌汁を啜りながら、昨日の事を思い出す。
天野満流の姿を確認した鉄は、王都へと戻る彼に外套を脱いで存在を気付かせた。
Yシャツ姿は森の中に良く映える。鉄なりの彼への目印だった。
今は再び外套をしっかりと着込み、フードも深く被っている。
集中していた鉄の感覚器が、一つの音を捉えた。
それは草原の方から川を遡っている。このまま進めば、鉄のいるこの場所に辿り着く事は無いだろう。
だが、万一という事もある。こういう場合、基本的に鉄は身を隠す。
幹に背を預けたまま、魔法でお椀を洗って鞄に戻す。
そのうちに、川を辿っていた足音がその進行方向を変える。
それは真っ直ぐに、鉄がいる場所へと。
しかし、鉄は動かない。その必要が無い事を知っているからだ。
足音の重さ、歩幅、リズム、それらを、鉄は良く知っていた。
少し体重移動が上手になったかな、と思う。
足音は既に、鉄でなくても聴き取れる程に近付いていた。
ザッ、ザッ、と。
森の土を踏みしめる音が聴こえる。
その音は鉄の下へゆっくりと近付き、大木を挟んで立ち止まる。
次に響くのは、硬い鎧が木に軽くぶつかる音。
幹に背中を預けたまま、ドスンと勢い良く座る音が聴こえた。
「……よお、見崎鉄。半年ぶりだな」
「やあ、天野満流。一週間ぶりだね」