第十五話
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「むう、プレートアントか……」
森から現れたのは、大量の黒い蟻だった。
とはいえ、その大きさは大型犬一匹に相当する程だ。
それを見て、油断してはいけないと解っていながらも冒険者達は力が抜ける。
プレートアントはその名の通り表皮の硬い蟻だ。
特殊な体液を分泌し、それを固めて鎧を形成する。
その体液には接着剤のような効果もあり、土などを体に付けて固める事で更に鎧は強固な物となる。
しかし、それが脅威になるのは一般人を相手にした場合だ。
鍛えている冒険者にとって、それは鎧の体を成さない。
剣を振れば両断出来るし、バレット程の腕力があれば一発殴るだけで絶命するだろう。
プレートアントのランクはE。動きも遅ければ攻撃力も高くない。
群れを相手にするのは面倒だが、逆に言えばそれだけの魔獣だ。
冒険者達は気を引き締める。
プレートアントに苦戦する事は無いだろうが、昼間のように隙を突かれて襲われる可能性がある。
現に、この近くには間違いなく何かがいるのだ。
お互いに離れないように注意しつつ戦う事を徹底しなければならない。
エナが発動させた火球が、向かってくる群れの前線に激突する。
広場の中心で、魔法職のエナを守りながら迎撃する体制だ。
「ああ、もしかして失敗したかもね」
一本の木の上で、鉄は一人呟いた。
その真下ではザワザワと音を立てつつ、地面を覆い隠す程の量の蟻が一方向を目指して進んでいる。
巨大な群れだ。一匹一匹も大きく、虫嫌いの人間が見たら卒倒するだろう。
これに狙われるのは嫌だなあ……と思いながらも、鉄はプレートアントが弱い魔獣だという事を見抜いていた。
恐らく、この群れを集めたのはカリンが木を切り倒した時の轟音だ。
そこまで大きな音では無かったが、しかし普通に立つような大きさの音でもない。
鉄が盗賊のアジトを潰した時にはそれ以上の音が響いたが、あの時は鉄も気配を消していなかった。
マリアに見付かり、歩いてくるカリンから逃げた直後。
音に気付いた魔獣が群れを形成するのを、鉄の耳は捉えていた。
流石に主力であるバレットが武器を持たずに相手をするのは辛いだろうと判断した鉄は、湖で拾った大剣をわざわざ返しに行ったのだ。
しかし蓋を開けてみると、向かってくる魔獣は三下もいいところだ。
これなら、自分の存在が知られるリスクを負ってまで武器を返す必要は無かった。
ちなみに、本当はバレットの大剣は見張りをしている二人を荷物から引き離す為に利用するつもりだった。
鉄にとって存在を気取られるのは最も避けるべき事態だ。
しかし、今回はメリットとデメリットを天秤にかけ、彼らを助ける事に決めた。
実際メリットはあまり大きくない。今から荷物を漁るというのは不可能なので、得られるのは王都の場所だけだ。
王都が鉄の侵入した街からどちらの方向にあるのか、鉄にそれを知る術は無い。
だが、彼らが帰るのは王都だ。姿を隠しながら追いかけて行けば、確実に辿り付けるだろう。
デメリットは、鉄の存在が露呈する、という点だ。
しかし、彼らにとっては得体の知れない何かが森の中に潜んでいる、という認識になるだろう。
それを王都で証言しても、姿を見ていない以上どうしても眉唾だ。
仮に王都から調査隊が出たとして、この広い森では逃げるのは容易だ。
もし鉄が潜むのが一国の軍で囲める程小さな森や山だったり、他の国や世界中に鉄の存在が伝わるような状況だったら。
彼らを見捨てる事も、調査隊を殲滅する事も選択肢には入る。
他の方法も考えてみたが、全て現実的ではなかった。
気配を消していなければ生物は近付いてこない。
それを利用して群れを遠ざけようかと思ったが、冒険者達にも気付かれそうだ。特にマリア嬢。
狼を仕留めた時のように、気配を消しつつ生物に自分の姿を見せて止めるという案を思い付く。
しかし、一度逃げた後に鉄を迂回して冒険者の方に向かう可能性はある。
鉄が魔獣の群れを殲滅するという考えは、浮かんだ瞬間に却下した。
そんな面倒な事やってられるか。しかも、数が多すぎてとても全部は始末出来ない。
色々と考えて、結局武器を返すのが一番安全だと判断する。
しかし終わってみると、正解は『何もしない』だった。
余りにも報われない話である。
どうしようかな、と考える。
遠くでは冒険者達が蟻の群れを駆逐していく音が微かに聴こえ、足元では蟻の群れが未だザワザワと移動を続けている。
一匹一匹が弱いからか、数が非常に多い。
というか、多すぎる気もする。軽く千は越えているだろう。
冒険者達が戦闘を終える頃には、既に夜明けを迎えているかも知れない。
(まあでも、僕には関係ないし)
どうせ死にはしないだろう。周囲に他の魔獣はいなさそうだし。
精々頑張ってね、と鉄は木の幹に体を預けて鞄を開く。
先程中断された食事だ。赤い木の実を取り出すと、改めてよく観察する。
大きさはリンゴ程だ。しかしどこにも凹凸が無い。
とりあえず皮ごと食べてみようと齧り付く。黒いリンゴで味を占めたからか、そこには一切の躊躇が無かった。
皮は酸味が強い。どうやら皮は食べないタイプの果物らしい。
身は甘く、少し清涼感があっていくらでも食べられそうだ。
リンゴ程硬くも無いシャクシャクとした食感も食欲をそそる要素になっている。
味はライチが近いかな、と思う。それが一番近いというだけで、実際は鉄の知るどの果物とも違うのだが。
食感を楽しみながら、皮を剥いて食べ進めていく。
「……ごちそうさまでした」
むふー、と満足げな息を一つ。
残った皮は適当に投げておいた。
夜明けまでは、このまま余韻に浸っていようと思う。
鬱蒼と茂った葉の中で、鉄は一人空を見上げた。
何時間経っただろうか。
いつの間にか、黒い波は反対方向に向きを変えていた。
空はまだ暗かった。とはいえ、夜が明けるまであまり時間は無いだろう。
足下の波が完全に引いたのを確認して、鉄は木から飛び降りる。
軽い音を立てて地面に着地する。ふと足を上げてみると、地面にはスニーカーの跡が付いていた。
(あー、全然気にしてなかったけど、この足跡って目立つかなあ)
冒険者達の靴は、鎧か皮のブーツだったと記憶している。
何の皮かまではわからないが、少なくとも日本のスニーカーのようにこんな不思議な模様が付く事は無いだろう。
靴もなんとかしないとなあ。地面に残る足跡を見ながら、そう考える鉄だった。
「何とか撃退したみたいですね……」
「うむ……しかし運が悪い。確かにここ最近プレートアントの目撃情報を聴かなかったが……」
何とかクリフトが声を絞り出し、バレットがそれに応える。
ほぼ全員が肩で息をしている。余裕そうなのはバレットとカリン、それにアゼルの三人だ。
いくら弱い魔獣だと言っても、何時間も群れの相手をすれば疲労も相当な物だ。
しかし、誰も休むつもりは無かった。
魔獣とは一匹の王を中心にして増えていくという特徴がある。
つまり王を倒さなければその数はどんどん増加していくが、王はそう簡単に討伐出来る物ではない。
故に、基本的に魔獣を減らす方法というのは森から出て来た所を迎撃する、というのが主流だ。
しかし、バレットの記憶ではここ十年程プレートアントの目撃例を聴いた事は無かった。
十年間その数を増やし続けたプレートアントが、今回一気に襲ってきたという訳だ。
なんとも運が悪い話である。
とはいえ、これでしばらくプレートアントの脅威は無いと考えれば少しは救われる。
それに、これがもっと強い魔獣の群れだったら危険だった。
不幸中の幸いだ。しかし、獲物を横取りしようと他の魔獣が寄って来るかもわからない。
結果として、急いで森を抜ける必要性が増しただけだった。
微かな光が、バレット達のいる広場に射し込んだ。
空を見ると、夜の群青は薄らと白み始めている。
夜明けだ。
「キース、頼めるか?」
「あいよっ」
バレットの言葉にキースは短く答えると、近くで一番高い木に登って行った。
するすると危なげも無く、すぐにキースの姿は生い茂る葉の間に消える。
少し待つと、頭に葉を付けたキースが戻って来た。
「あっちだ。普通に歩いて二時間、警戒しながらだと三時間ってとこか」
「南方向か……しかし、思ったよりすぐに出れそうだな」
アルファルド大森林は王都の東に位置している森だ。
非常に広大な森であり、その奥地にはガルド山脈という険しい山が聳えている。
ガルド山脈はアルファルド大森林の北側と東側を囲むように連なる山脈で、北はそのままゼクスト帝国との国境に繋がる。
バレット達が森に入ったのは、もちろん王都の東からだ。
それが今は南に抜けるのが一番早いという。しかし、キノコを探しながら探索をしていた彼らは、進行が遅い上に一直線ではなくジグザグに森を進んでいた。
運が良ければ、今日中に王都に帰れる程度の位置だろう。
『バティスタ』『フリック』の面々に向き直る。
荷物は持った。色々あったが、何とか全員五体満足だ。
もう長居する必要は無い。一刻も早く、森を抜けるべきだろう。
「出発だ!」
バレットの言葉に、冒険者達が頷きを返す。
キースが示した方向に彼らは進んで行く。広場には焚火の跡と、山のように重ねられた蟻の死骸だけが残っていた。
彼らが進む足音を追って、鉄も木々の間を歩いていた。
もう一度拠点に戻るつもりでいたが、彼らを見失う訳にはいかない。
必要な物は全て鞄に入れて持ってきている。あの岩場に残っているのは焚火の跡と、椅子替わりに使った平べったい岩だけだ。
マリアの探知が怖いので、今まで以上に慎重に進んでいる。
距離を大きく取り、間違っても魔法の鞄を開けるという事はしない。もちろん気配は消している。
気配を消すというのは日本で生活している時に習得した技能だ。
日常的に人目を避けていたら、いつの間にか使えるようになっていた。
現役冒険者や野生の獣にも見破られないのを見ると、かなり上手く出来ているようだ。
そして、どうやら気配を消している最中は魔力も隠せているらしい。
魔法の鞄の微弱な魔力すら察知するマリアでも、鉄には気が付かなかった。
自分の中の魔力の感じから、気配を消していなくても魔力を隠す事は出来そうだ。
とはいえ、隠れるならどちらもセットで消さなければならないのは変わらないからあまり意味は無さそうだ。
周囲を警戒してはいるが、冒険者達は急ぎ足だ。
早く森を抜けたいという気持ちが先走っているからだろう。
幸い、この辺りに魔獣はいない。冒険者達が更に足止めをくらう事も無かった。
やがて木々の間に草の大海が姿を現す。
ようやく見えた草原に、冒険者達は誰からともなく走り出した。
「うんうん、よかったねぇ」
森の中で、鉄もうんうんと頷いている。
ここから彼らは王都へ向かうのだろうが、森を抜けた今、もう命の危険も無いだろう。
あんな事があった後では油断もしないだろう。これで鉄も安心して観察出来るという物だ。
彼らは森から十分に離れた所で少し休憩を取るらしい。
さて、と鉄は少し森の中に入り、マリアの推定探知範囲から余裕を持って離れる。
鞄を開く。やはりマリアは気付いていないようだ。
安全を確認してから、鞄から取り出すのは黒い外套だ。
森の中から彼らを観察するが、その時にYシャツ一枚は見付かる可能性がある。
本当なら昨日の内に黒い服に着替えておきたかったのだが、汚れたYシャツを鞄に入れるのは躊躇われた。
彼らが王都に着いたら洗濯しようと思いつつ、鉄は外套のフードを深く被った。
数分後、かなり遠くに馬車が見えた。
街道を走っているようなので、バレット達が気付くのも時間の問題だろう。
二匹の馬が荷台を引き、若い男がその手綱を握っている。
(……ん? なんか、すっごく速い?)
その馬車が走るスピードはかなり速かった。
荷台を引いているにしては、と付くが、少なくとも鉄が想像する馬車よりは速い。
何かから逃げているようにも見えるが、特に何も追いかけて来ているようには見えない。
バレット達も馬車に気付き、休憩を終えて手を大きく振っている。
「どうしたんです? 冒険者の方がこんな所で」
軽い口調で、若い男が馬車を止めた。
代表としてバレットが前に出る。可能なら王都まで乗せて貰う交渉に入るためだ。
「ああ、森での採取の帰りでな。森は少し危険だから、今から街道を通って帰るところだ。そちらはどうした? どうやら少し急いでいるように見えたが」
「ご存知無いです? 最近ミレーネの辺りで同業者が盗賊に襲われましてね。馬と商人、それと護衛の冒険者の死体だけが転がってたって話でさあ」
商人の告げた情報は、バレット達にとっては初耳な物だった。
そもそも四日ほど前から森に入っていたのだ。
そんな情報が入ってくる筈も無かった。
「ホラ、あたしは見ての通りまだ駆け出しですから。護衛なんか雇う余裕は無いんでさ。この辺りはヘルハウンドも出るって聞きますし、急がなきゃ命が幾つあっても足りませんで」
「そういう事なら、俺達を護衛に使ってみないか? 王都まで乗せてってくれるなら、その間の安全は保障しよう。もちろん報酬はいらん」
そう言って、バレットがクリフトに手招きする。
応じたクリフトとバレットが、懐から手の平大のカードを取り出した。
ギルドカードだ。
冒険者ギルドから発行される物で、冒険者の身分の証明になる。
ランクも表示され、個人だけでなくパーティリーダーのギルドカードにはパーティのランクも表示される。
二人のカードを受け取った商人が、それを見て目を丸くした。
「え、Aランクパーティに、Bランクパーティ……」
「不服か?」
「いえいえいえ! 滅相もありませんって! ささ、是非乗って下さい! 狭い荷台ですが!」
慌てて商人が頭を下げる。
アルファルド王国周辺に、Aランクは数える程しかいない。
Bランクも、駆け出しの自分では護衛の報酬なんて払えない相手だ。
それが一度に護衛を引き受けてくれる。しかも報酬はいらないときた。
図ったように、自分の目的地も王都だ。彼が断る理由はなかった。
鉄の視界の先で、バレット達が馬車に乗り込んでいく。
良かった、と思う。これで王都に着くのが早くなる。
先程よりも遅い速度で走り出した馬車を追って、鉄も森の中を移動する。
バレット達は二度の休憩を挟んだ。
夜明けと共に移動して、朝食を抜いていたからだ。
どうやら商人も朝食がまだだったらしく、冒険者に加わって八人で食事を楽しんでいた。
相変わらず鉄は爪を噛んでいた。
遠い上にマリアがこちらに背を向けているせいで材料も調理方法も詳しくはわからない。
更に、商人が荷台から引っ張ってきた干し肉で更に食事は豪勢になっているようだ。
その光景を、朝食だけではなく昼食の際にも見せ付けられた。
鉄の爪はもうボロボロだ。
すっかり日が傾き、空が茜色に変わる頃。
とうとうバレット達と、それを追いかけて来た鉄は王都の目の前まで来ていた。
大きいな、と鉄は思った。
街全体もそうだが、周りを囲む壁もだ。
鉄が侵入した街よりも、二、三メートル程高く聳えている。
そして、その中に見えている建造物。
城だ。
本物の城というのを、鉄は初めて見る。
主に使われているのは白い石だ。
何百、何千年の歴史を感じさせながらも、一切の汚れも見られない。
左右対称に作られた城が、夕焼けを浴びて仄かに赤く染まっている。
西から照り付ける淡い日差しに、長い影を街へと落としていた。
幻想的だ、と。
まるで絵画の世界に飛び込んだような光景に、鉄は暫く目を奪われた。
バレット達は王都へと進んでいる。このまま正面にある門を潜って王都に入る のだろう。
もう見るべき物はない。鉄は暫くの拠点を探そうと馬車から視線を外した。
森の中から一本の川が流れ、壁の下を通って王都へ流れ込んでいる。
あの川の近くで野宿かな……と。
考える鉄の耳に、森を駆ける幾つもの音が飛び込んできた。
「さ、そろそろ王都に着きますぜ。いやあ、何事も無くて良かった」
「まだ安心は出来んぞ。確かに、ここまで王都に近付けば大半の魔獣は襲って来ないだろうが」
疾走する馬車の上で、商人とバレットが話している。
魔獣というのは大抵頭が良い。人間の街の近くに姿を現す事の危険性を知っているのだ。
更に、この王都はアルファルド王国でも最大規模の街だ。
この状況で魔獣に襲われるという事は非常に珍しい。
しかし、森で手痛い目にあったバレット達は油断の恐ろしさを知っていた。
だからこそ、発覚は早かった。
「バレットさん、森の中に何か……恐らく魔獣です」
「なに? こんな所でか? わかった。馬車を止めてくれ。どうやら敵襲のようだ」
森を睨みながらのマリアの言葉に、バレットも慌てる事無く応える。
どうやらキースも気付いているようだ。
戦闘態勢に入る冒険者達を見て、商人が慌てて馬車を止める。
馬車は急には止まれない。
狙われていると解っているのなら、一度止めないと護衛が出来ないのだ。
いくら馬車が速いと言っても、荷台を引いている状態では足の速い魔獣には追い付かれる。
王都まで近付いてはいるが、まだまだ安全に逃げ切れる距離ではない。
止まった馬車からバレットが降り、他の面々もそれに続く。
森を真っ直ぐに見据えて、全員が油断無く武器を構えた。
一瞬の静寂が訪れ、そしてすぐに破られた。
森から、何十匹もの紫色の狼が飛び出してくる。
「ヘルハウンド!?」
商人の悲鳴が茜色の草原に響き渡る。
その驚きは当然だ。バレット達も、最も有り得ない魔獣の出現に驚愕している。
ヘルハウンドはアルファルド大森林に潜む魔獣の中で、恐らく最も狡猾な魔獣だ。
こんなリスクの高い襲撃は、彼らの生体からすれば考えられない事だった。
しかし、出て来た物は仕方がない、と思考を切り替える。
考えるのは、この襲撃を乗り切ってからだ。
真っ直ぐに向かってくるヘルハウンドの群れを見ながら、バレットは訝しく思った。
(妙だな。ヘルハウンドらしくない動きだ)
「あれ? おかしいなあ。あの狼ってあんな動き方だっけ」
バレット達の様子を見ていた鉄が呟く。
森の中を走る足音を聴いて様子を伺うと、すぐに沢山の狼が馬車へと向かっていった。
鉄にはその狼に見覚えがあった。
「あの丸焼き、美味しかったなあ」
以前森の中で出会い、狩った狼だ。
あの時、鉄を見るまで狼は身を潜め、相手を囲んで襲いかかるような体勢だった。
その事から、連携を得意とする獣なのかと思っていたのだが。
今の戦闘を見る限り、とてもそうは見えない。
ただ愚直に前に出て、各々に迎撃されているだけだ。
所詮獣は獣か、と。興味を失ったように森を歩き出す。
バレット達の腕なら、あの程度は問題無いだろう。
商人を守りながらの戦いだが、それでもハンデには成り得ない。
見るだけ無駄かな、と思った直後の事だった。
眩い光が、鉄の所まで届いてきた。
魔法だ。
光に内包された魔力を感じて、そう判断する。
しかし、光の魔法というのはかなり珍しいと本に書いてあった筈だ。
一体誰が、と、再び草原へと目を移す。
黒い馬だ。
狼よりも速く、門から飛び出した馬が駆けていた。
一直線に襲われている馬車の下へと。
その背中には、銀の鎧を纏った騎士が跨っている。
鎧は夕日を鈍く反射し、微かな赤に輝いていた。
しかし、頭部に鎧は無く、馬と同じ黒い色をした髪が風に靡いている。
騎士が手を翳す。
そこから溢れた光は、殺意を持って何匹もの狼を貫いた。
鉄は眩しげに目を細める。
―――ああ。やっぱり、眩しいなあ……
そこにいたのは、鉄と同じ異世界の住人。
天野満流だった。