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第十三話

11/18 文章を修正

 『バティスタ』と『フリック』の二パーティが湖から逃げ出し、昨日使った野営地に戻って来てから数時間が経っていた。

 湖に到着した時は既に夕方に近かった。今はもう日が沈み、森は不気味な沈黙を保っている。

 今回の事件は、冒険者達全員の心に深い傷を与えた。

 その中でも、特にバレットとキースの二人は目に見えて落ち込んでいる。


 あの時、とバレットは思い出したくもない記憶を呼び覚ます。

 湖から巨大な蛇のような魚が顔を出しマリアに襲いかかった時、一体自分は何をしていた?


(……何も出来なかった。本当に、何も)


 体は根を張ったように動かなかった。咄嗟の事態に、それを現実の光景だと認識する事さえ躊躇した。

 人間は突然の出来事に弱い。戦闘中に予想もしていない攻撃が来るのと、油断している時にいきなり襲われるのは違うのだ。

 だからこそ、冒険者は常に警戒を怠らない。そんな事態に陥る事が無いように。それでも、死んでいく人間は山のようにいる。

 そんな事は解っていた。だが、そんな事すら忘れていた。


(バカヤロウが……今まで生きてこれたからと、慢心してやがった)


 あの湖を見た時、そこにあった美しい景色に、簡単に警戒を緩めてしまった。

 本来なら、辺りの安全確認をしてから休憩を選択するべきだ。それを怠らなければ、少なくともブラックベアに出会う事も無かっただろう。

 マリア嬢が目的のキノコを見付けた時も、すぐにあの場を離れれば良かったのだ。

 ブラックベアとの戦闘時さえ、自分の油断は消えていなかったのだと気付いたのは命からがら逃げ出してからだ。

 湖に、周囲の森に、何かが潜んでいる可能性を疑わなかった。

 一見して、何もいないと決め付けていた。

 だが、一番許せないのは。


 マリア嬢が食われそうになったあの時、頭の中のどこかに、少しだけ冷静な部分があった。

 麻痺した思考の中で、危機感を抱くでもなく。

 ああ、あれはもう助からねぇな、と、考えてしまった事だ。



 『バティスタ』の人間も『フリック』の人間も、バレットとキースにどう声を掛けていいのか解らず立ち往生していた。

 二人が何に対して落ち込んでいるのか、全員理解していた。同じような事を考えているからだ。

 しかし、判断ミスはバレット一人の責任ではない。疑問を持たず、止めなかった自分達にも非はある。

 そもそも冒険者とはいつだって死と隣り合わせな職業だ。だからといって死んでもいいという事も無いが、それを一人の責任にするような人間はほぼいない。

 キースに至っては、どうやら自分があの湖を見付けた事に責任を感じているらしい。

 危険な偵察を引き受けてくれているのだ。感謝はしても、それを責める事は有り得ない。

 あんな綺麗な湖にあれ程の巨大魚が潜んでいるなんて、この中の誰も考えなかったのだから。



 弾かれたように、キースが顔を上げた。

 近くに魔獣でもいるのかと一瞬身構えそうになるが、どうもそういう訳ではなさそうだ。

 何かを決意したかのような顔に、何をするつもりかと不安になる。


「おい、オッサン」


 キースの声にバレットが顔を上げる。

 その直後。

 鎧を外して無防備なバレットの頬を、キースが思いっきりぶん殴った。



 目の前に星が飛ぶ。どうやら口の中は切っていないようだ。

 周りのメンバーも突然の事に困惑している。

 そんな中、キースが自分の左頬をトントンと指で示した。

 その意図を理解し、バレットが拳を握る。


「……いいのか?」

「おう。早くしてくれ、恐ぇから」


 わかった、と頷きを一つ返し、キースの顔を殴り返した。

 本気ではない。顔が腫れず、口の中も切らないように手加減して殴った。痛みが後を引く事も無いだろう。

 しかし、今の痛みだけは一級品だ。現にキースは頬を抑えて俯いている。


(そういや、この手加減も冒険者になってから覚えたんだっけな……いや、正確にはこいつらとパーティを組むようになってからか)


 頬の痛みがバレットを叱咤する。

 ああ、一からやり直しだな、と思った。

 とりあえず今は、キノコを持って王都のギルドに戻るのが最優先だ。

 今夜の見張りは、昨日よりも少し長く取ろうと決意して、痛みから復活したキースの拳に自分の拳を軽くぶつけた。


「ご飯ですよー」


 少し軽くなった空気の中、更に柔らかな声が響く。

 マリアだ。

 腰を抜かしてバレットに抱えられた彼女は、しばらくは放心していたもののすぐに普段通りに立ち直った。

 昨日のうちに集めておいた食材を使って、今までエナと共に料理をしていたのだ。

 タフだなあ、と、全員の感想が一致した。



 冒険者達の食事は豪勢な物ではなかった。

 パンとスープだけの食事だ。それに、パンは少し硬そうに見える。

 しかし、冒険者達は満足そうに笑顔で焚火を囲っていた。

 それを、そこから少し離れた木の上で観察する者がいる。

 鉄だ。

 助けなきゃ良かったかな、と邪な考えが一瞬だけ浮かんだが、その輪の中でマリア嬢も笑っている。


(……まあ、いいか。というか、料理するとこ見とけば良かったなあ)


 食材も料理方法も知識不足な鉄としては、何とも頭の痛い話だ。

 冒険者達が持っているスープに視線を向ける。

 日本でいうオニオンスープのような色合いだ。焚火を反射して、ゆらゆらと綺麗に光っていた。

 いいなあ、と木の上で一人爪を噛む鉄だった。


 鍋一杯に作られたスープを消費して、冒険者達は食事を終えた。

 七人もいる上に、バレットは非常に燃費が悪そうだ。大きな鍋を一つ空にするのに、そう時間は掛からなかった。

 野営地は、森の中に出来た自然の広場だ。あまり大きくないとはいえ、二つのテントを置いてまだ余裕がある。

 まだ日が落ちて間もないが、男性陣は四人揃って片方のテントへと潜って行った。

 後に残されたのは女性陣だ。どうやら、最初の見張りは女性三人で行うらしい。

 その三人はというと、カリンを残してエナとマリアが鍋や食器を洗っている。

 一人作業を任されていないカリンに、家事が出来ないんだな、と勝手にシンパシーを感じた。


「マリアちゃん、任せちゃってごめんね? 私火魔法しか使えなくって」

「いえいえ、これくらい大丈夫ですよー。私も水しか使えないから、火が出せるの羨ましいです」


 聴覚に集中すると、そんな会話が聴こえてきた。

 どうやらエナは水魔法が使えず、マリアは火魔法が使えないようだ。

 という事は『バティスタ』は常に水を気にしなければならず、『フリック』は毎回火を熾さなければならない。

 大変そうだなあ、と他人事のように思った。

 とはいえ、その問題は魔道具などで完全とはいかないまでも解決出来るのかも知れないが。

 赤髪は……とカリンを見ると、未だ参加出来ないでいた。


「でもマリアちゃんって本当に何でも出来るわよねえ……うちのパーティに来ない?」

「……やめろ、エナ。マリアが困っている」

「あら、ごめんなさい。でも、本当に七人でパーティを組めたら素敵よね」


 エナの言葉に、さりげなくカリンが会話に参加する。

 お互い冗談だとは分かっているのだろうが、その後に続いた言葉に、三人とも満更でもなさそうだった。

 共に死線を潜った仲だ。もしかしたら、本当にパーティを同じくする日が来るかも知れない。


 ふと、冷静に自分の姿を見返してみた。

 夜に女性を一方的に観察し、その会話を盗み聞きしている。


(……うわあ)


 何とも言えない恥ずかしさと罪悪感が襲ってきた。

 だが、これは仕方のない事だと思い直す。やましい気持ちがある訳では無く、ただの情報収集だ。


 自分に言い訳をしつつ視線を戻すと、三人が片付けを終えたところだった。

 どうやら、カリンは最後まで食器にさえ触らせて貰えなかったようだ。

 どのくらいの時間かは解らないが、これから三人で夜の番をするのだろう。

 恐らく二グループではなく三グループでの交代になると鉄は予想する。

 ならば、一番可能性があるとするなら女性三人、クリフトとアゼル、バレットとキース、という組み合わせだろうか。


(うーん、流石に荷物からは離れそうにないしなぁ……物音を立てて、様子を見に行った所を狙うとかしないと物資の調達は難しそうだ)


 相手は冒険者だ。それも駆け出しはとうに卒業している。

 旅に使える道具も、幾つか持っている事だろう。

 釣り道具があれば、深い川や湖でも魚を採る事が出来る。餌は石でもひっくり返せば沢山あるんじゃないかな、と適当に考えているが。

 一番欲しいのはテントだが、流石にあれを持って行くのは不可能だ。ギャグか。

 他には、布やタオルなどがあれば便利だと思っている。

 洗った鍋や食器などを拭く物を今の鉄は持っていない。それに、長旅で体が汚れたら水浴びをしたくなる事もあるだろう。

 いつかは天然の温泉に出会う事があるかも知れないし、人を避けて水中を移動する羽目にならないとも言い切れない。

 日本でやったゲームにも、水中を移動するシチュエーションがあったのを思い出す。


(……あれ? でも、そうすると彼らの誰かが使ったタオルを使うって事だよね)


 少し想像して、タオルはいいや……と鉄は思った。

 男性の使用済みなんかは洗っても汗臭そうだし、特にバレット。かと言って女性のタオルを盗むのは非常に変態チックだ。

 鉄が出した結論は、タオルはどこかの街で調達する、という物だった。

 気付かなかったフリをして女性のタオルを持って行こうかと一瞬考えた事を、鉄は心の一番深い場所にそっと仕舞った。



 では、どのグループを狙おうかと鉄は考えた。

 まず、三人いる女性グループは却下だ。

 三人では、何かあった時に一人残していく可能性が高い。

 二人でもそれは同じだが、近場なら安全の為に二人で動く事も考えられる。

 単純な可能性の上の話でも、二人の時を狙う方が確実だ。

 そして、鉄の目から見て探知能力が高いのはキースとマリアの二人だ。

 それでも気配を消した鉄に気付く程では無いだろうが、念には念を入れてその二人は避ける。

 消去法で、残ったのは一グループ。

 金髪と銀髪の二人、クリフトとアゼルだ。


 まだクリフトとアゼルが同じグループと確定した訳ではないが、もし違うグループだったとしてもその時はキースのいない方のグループを狙えばいいだけの話だ。

 とはいえ、鉄も確実に成功するとは考えていない。

 一人残すのを徹底している可能性もあれば、鉄が欲しいと思うような物を持っていない可能性だってあるのだ。

 例えば料理道具は既に幾つか持っている。調味料も今ある以上は必要無いだろう。

 どちらかと言えば、収穫無しの可能性の方が高かった。


 鉄の視界の先、火を囲んでいる三人は皆違うタイプの美人だ。

 男と違って華があるなあ、と思う。が、何時間も見ていて飽きないという訳でもない。

 それに、いくら人間離れした五感があると言っても、それに集中すれば疲れるのは必然だ。

 とてもじゃないが、朝までずっと観察しているのは嫌だった。


 女性の会話を盗み聞きするのは罪悪感もあるし、何より男がいない所でどんな会話をしているかも解らない。

 自分の中にある幻想を守る為にも、鉄は交代の時間まで干渉しない事にした。

 そうと決まれば、花より団子だ。まだ果物が残っている。

 食べている間は観察を続けて、食べ終わったら暫くボーっとしていよう。

 昨日は黒いリンゴを食べた。今日は赤い果物か、それとも冗談半分で持ってきた紫の果物か。

 どっちにしようかなあ、と思いつつ、膝の上に置いた鞄を開けた。


 その瞬間。

 年齢も、冒険者としても先輩の女性二人と楽しげに会話をしていたマリアが、弾かれたように顔の向きを変えた。

 まさか、と思う間も無く、マリアの顔は一直線に鉄のいる方角に固定される。


 目が合った。


書き溜めの霊圧が消えた……?

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