道のり
真っ白な光が俺を包んでいた。
暖かく優しい白が目の前に広がり、自分の姿が見えないくらいの輝きが広がっていた。
本当に自分の姿がなかったのかもしれないが、あまりの光景にそんな些細なことを気にする余裕はなかった。
何もない輝きがあるその世界で違う光が写ったように見えた。
その光を意識した途端、吸い込まれていくような感覚に陥った。
あの光を俺は知っているような気がする。
だけど、行ってはダメなような気がする。
わからない。
俺は行きたくない。
『ここ』に俺はいたいんだ。
『向こう』にはまだ行きたくない。
まだまだここでやりたいことがたくさんあるんだよ。
やり残してることがあるんだ。
早すぎるだろ。
あんまりだろ。
まだ伝えてもいないんだぞ、俺の気持ちを。
アイツに伝えたいんだ。
俺の…
「……う!…こう!」
「……」
どうやら寝ていたみたいだ。
消毒用のアルコールの匂いが鼻について頭が覚醒し辺りを見回す。
純白のカーテンに包まれて、仰向けになったまま動かない俺を神奈が心配そうに見つめていた。
体がひどく重く感じる。
なんとかスムーズに体を起こすことが出来た。
見つめる神奈は不安の色を隠すことなく真っ直ぐな目で見つめてくる。
その目は少し充血しているようだった。
「無理、してる?」
さすがにバレるか。
「大丈夫だ」
とりあえずの強がり。
神奈は疑いの眼差しを向けていたが気にしないことにした。
窓の外を見ると、夕日が傾きオレンジ色が部屋全体を染めている。
「保健室か…」
「ううん」
俺のつぶやきに神奈は小さく頭を揺らした。
「病院、お父さんの病院」
「…は?」
想定外の答えに、変な声を出していた。
もう一度外を見ると見慣れない景色が写っている。
ある程度の高さにいるのだろう、地面が見えなかった。
この病院はコの字に建てられおり、窓に映る建物もよく見れば病院とわかった。
「コウはね、学校に来てすぐ倒れたの」
「倒れた、俺がか?」
にわかに信じられない。
今まで全くそんな「兆し」はなかった。
確か朝美咲と一緒に学校へ来た、そこまでは覚えている。
学校へ着いてからの記憶が飛んではいるが、まさか倒れて病院にまで運ばれているとは。
「でも、たかだか半日くらい保健室で…」
「3日」
「…は?」
先ほどと同じく変な声で聞き返す。
「3日だよ。ずっと眠ってたの」
「マジか…」
「マジ」
真剣な眼差しで頷くと、神奈は俺の手を握りしめてきた。
「よかった、ほんとに…よかった」
握っていた両手は小さく震えていた。
不安だったのだろう、手の感触を確かめるように強く握っている。
握られている俺の腕には点滴が打たれていた。
本当に3日病院にいたようだった。
「悪い、心配掛けた」
そう言って頭を撫でる。
撫でられながら、神奈は真っ直ぐに俺の目を見つめてくる。
「無理は、絶対ダメ」
ちょっと怒っているようにも見えた。
「わかった、わかった」
撫でていた手を離すと、神奈は立ち上がる。
「お父さん呼んでくるね」
「ああ」
そう言って病室の扉に手を掛ける。
「ジッとしてて」
「どこにも行かねーよ」
小さく頷くと部屋を出て行った。
一人になると自分の胸の鼓動がよくわかった。
生まれて初めてと言っていい、不安という感情が全身を包み込んでいた。
何がどうなっているかがわからなかった。
こんなことになるなんて俺は『知らなかった』。
事前にわかることだと思っていた。
でも実際には違った。
そんな細やかな日常のことまでは俺は『知る』ことができない。
どうしてだろう、何が起こるかわからないというだけで、こんなにも不安になるなんて。
俺は自然と握りこぶしを作っていた。
怖いんだ。
わからない未来が。
終わりを知っているのに、終わりまでの道のりが見えないことをこんなにも怖がるなんて。
道のりがわからなくても終わりは知っていた。
それが当たり前だと思っていた。
次の桜が咲くか咲かないかの季節の移り変わり。
俺はこの世から消える。
道のりは長いね~(投稿までの時間的な意味で)ヽ(;▽;)ノ