歩み
紅葉が傾いた日に照らされ、より一層の赤みが増していた。
閑静な住宅街の道に伸びる二人分の影。
時には向きあい、時には重なったりと一定の形を保つ事は無かった。
住宅街と言っても、まだまだ発展途上で、ポツリポツリと家同士が隙間を作っている。
二人が進む先に、隣同士仲良く並んでいる家があった。
肌色の壁、赤い屋根の家はカーテンが空いており、少し早めの明かりがついている。
もう一軒の白い壁に紺色の屋根の家は対照的で、カーテンを閉め切り心を閉ざしているようにも思える。
二つの影は迷いなく明かりの灯る家に向かっていった。
茶色の木製のドアを細くしなやかな手が開ける。
「ただいま、連れてきたよ」
普段学校にいる時と違い、少し高めの柔らかな声が廊下に響いた。
二人で靴を脱ぎ、廊下を歩き始めると、リビングのドアが元気よく迎えてくれた。
「来たな、我が息子よ!」
娘が目の前にいるのにも関わらず、俺に真っ先に声をかけてきたのは圭吾さんだ。
人気小説家で多忙な日々を過ごしているはずなのだが、そんな素振りは一切見せずこうして毎日のテンションが高い。
青いシャツにグレーのセーター、紺のスラックスと毎日引きこもっているとは思えないくらい、綺麗な身なりで姿を見せてくれた。
「毎回私を無視してまで言うこと?」
不満そうな顔と声が圭吾さんに向けられる。
「何を言ってるんだ、娘よ。『毎回言うことで、いつの間にか我が息子作戦』の真っ最中だぞ!」
「週一回じゃ効果ないし」
「日々の積み重ねが大事だぞ、娘」
「積み重なっていくのは本だけにしてよ」
「小説家だけにか?うまいな、こいつぅ!」
「あら、座布団欲しいかしら?」
圭吾さんの後ろから小柄の女性が姿を現す。
いつも笑顔を絶やす事のない、聖さんだ。
実の娘の美咲よりも10センチ以上小柄で、街中を歩いていると姉妹に見られるとか。
クリーム色のワンピースにピンクの上着、花柄のエプロンを付けている姿はまさに主婦。
「それでどうかしら、いつ私たちの息子になるのかしら」
「お母さんまで、もうやめてったら」
学校での凛とした姿はどこにもなく、ただ慌てふためく少女がそこにいた。
俺はただ笑っていた。
すると聖さんが思い出したように手を叩く。
「そうよね、まずは恋人からよね」
「あのね…」
呆れているのか、かける言葉も見つからないようだった。
「恋人だとぉぉぉ!許さん!」
恋人と聞いたとたん、叫び始める圭吾さん。
あんたは一体なにがしたいんだ。
「美咲、恋人なんて絶対許さんからな!」
「だ、だから、そんなこと言ってないでしょ?」
「夫婦になるのが先だぁぁ!」
「…へ?」
意外な言葉が出てきたのか、美咲からあまり出ることのない言葉が聞けた。
「そうよね、夫婦になって、私たちの子供になってから、恋人関係を楽しんだほうがいいわ」
二人顔を合わせて、ねー、と笑顔ではしゃいでいた。
今日もこの二人が楽しそうでなによりだ。
「もういこ、光輝」
こっちはこっちで疲れたのか、脱力しながらリビングへと入っていった。
心なしか顔が赤いのは気のせいだろう。
「相変わらず、こういう話には疎いのな」
「毎日あんなこと言われればね、私も疲れるの」
「二人あんなに楽しそうじゃん」
「私は楽しくないんです」
不機嫌な顔になってはいるが、二人を本気で嫌うわけがなかった。
「仲いいな、ほんと」
「恋人になってからずっとらしいしね」
ひとしきり騒いでから、二人がリビングへと戻ってきた。
「いや~、話が盛り上がってしまったな!光輝、飯の準備は愛する妻がすべて終えている!存分に食べるがいい!」
「今日はコウ君が来るからがんばってみたの~」
なんだろう、この家はバイキング会場も兼ねているのだろうか。
毎回ここに来るたびに、胃もたれになるのは当然だと心から叫びたい。
「いつもありがとうございます」
だが、問題は量だけだ。
一度口にしたら、もう外食なんてとてもできそうにもない。
節約しているのもそうだが、俺が外食しない一番の理由がここの料理だと思う。
~※どうぞ好きな料理を想像してください※~
各自好きなものを皿に盛り付け、席に着く。
「いただきます」
手を合わせ、4人の声がきれいに重なった。
「それで、光輝は将来どうするんだ?」
「将来?」
食事を始めると同時に圭吾さんが聞いてきた。
「私も知りたいな。光輝はそういうのあまり話さないから」
「お母さんも知りたいわ~」
俺は一瞬、顔が引きつったが、なんとか気がつかれていないようだった。
将来。
これから待っている無限の道筋。
自分の選択でどんな人生も歩んで行ける。
そんな未来が待っているのだ。
とてつもなく遠い先を見つめ、目の前の道を一歩ずつ歩いていく。
「俺は…」
それが世界中の一人ひとりに与えられた道。
例えばその道の先が見えてしまったら?
道の終わり。
絶対に見えないはずの終着点。
「まだまだわかんないわ。これから探していくっす」
俺が口にすると圭吾さんが高笑いを始めた。
「な~に、考えが決まらなくても私の助手という手もあるんだぞ?」
「そうね~、そのままうちに『永久就職』できるしね~」
また、ねー、と顔を見合わせる。
「まあ、気にしなくていいから」
呆れ顔だったが、美咲は楽しそうに二人を見ていた。
たとえ終着点が見えていても、俺は笑っていられるだろうか。
少しだけ胸の奥が苦しくなり、ひと声かけると俺は席を立った。
呼吸が次第に細かくなってくる。
まだ早いだろ?
たちくらみのような目眩が起こり、なんとか階段に座ることができた。
気づかれないよう、大きく深呼吸をして落ち着かせる。
苦しい、が、我慢できないほどじゃない。
少しずつ視界がクリアになっていく。
俺は何食わぬ顔で戻る。
いつもの日常に戻る。
壊さないで欲しい。
この大切な日常を壊さないで欲しい。
笑い声が続いているリビングへと進んでいく。
どうか、道の続く限り俺を進ませて欲しい。
例え、目の前に終わりが見えていたとしても。
やっと更新できたよ~、うれしいよ~(((o(*゜▽゜*)o)))