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幸せ

古い鐘と真っ先に連想させるようなチャイム音が鳴り響く。

傾きかけた陽が落ち葉を照らし、かすかな影を無数に作っていた。

授業がすべて終わり、あとは生徒の自由時間となる。

すぐさま席を立ち教室を出ていくもの、携帯電話を操作し始めるもの。

そして、おもむろに俺の机に近づいてくるもの。

「よー、今日は暇なのか?」

楽しそうでノリのいい声が耳の中に入ってくる。

「ん、松本か。淳平か。合わせて『松本淳平まつもとじゅんぺい』か」

ほんの少し茶色に見える短髪の髪が、本人の元気さを表すように逆立っていた。

細身だが腕っ節が強く、その自信は制服の乱れから察することが出来る。

切れ長の目も、今の笑顔は爽やかな好青年だ。

「今日はまためんどくせぇ呼び方すんな…ってことは用事ありか」

俺とコイツとで通じる会話がこの学校では心地よかった。

淳平はたまに学校サボったり、喧嘩したりと話題にこと欠かない男だ。

だが、成績は悪くなく、生徒や先生にも普通に接している。

頭の回転が早く、いたずらっ子に知恵と力を付けてしまったようだ。

「まあ。そろそろ来るぞ、お前の天敵」

「…ヤツか」

「私のことか、松本」

後ろまで迫っていた美咲に声を掛けられ、大げさにため息をつく淳平。

淳平の穏やかだった表情が真顔になった。

本当に、感情も全く感じないような真顔に。

そして、何かを諦めたように肩をすくむ。

「そして?光輝をどこへ誘おうとしていたんだ?」

「合コン」

目も合わせず、美咲の横を通り過ぎると軽くそう漏らした。

特に気にする様子もなく淡々とした様子で美咲の細い腕が組まれる。

「ふっ、光輝には私がいるからな。合コンなんて必要ないだろう」

「淳平、お前はもう行くのか?」

教室から出ようとしていた背中に声をかける。

高校生で合コンはどうかと思うが、ちょっと行ってみたかったというのが本音だった。

まあ、行かないし、行けないんだが。

「そいつがいない時にまた誘うわ。合コンはともかくとしてな」

流し目でそう答えると、そのまま教室を後にした。

美咲が来るといつも決まってあのような反応する。

中学からの仲だが、昔はもっと美咲とも話をしていたように思える。

「スルーというのは、相手を辱めると共に、相手に虚しさを与えると思うんだが?」

「俺は同時に楽しさと笑顔になるからいいんだよ」

「酷い男だな」

そう言って笑顔を俺に向けてくる。

「今日は邪魔していいんだっけ?」

「ああ、親も楽しみにしている」

週に一度水曜日に美咲の家でご馳走になるということになっている。

美咲の親御さんは毎日でもいいと言っているのだが、俺はさすがに毎日は悪いので週一回と決めた。

父親は落ち込み、母親は泣いていた。

もちろん演技だが。

「神奈は来るのか?」

「ああ、あいつは今日は先生と外食だそうだ」

俺の紹介で二人は出会ったのだが、いつの間にか仲良くなっており、互いに教え合っている姿を見ると姉妹に見えてしまうほどだ。

言い合いもよくするが、姉妹ならではだと最近思う。

「ま、途中までは一緒に帰るけどな」

「ああ、神奈も私の家で食べてくれればいいのにな」

「あれ、食ったときないのか?」

「あの子なりの境界線があるのだろう」

「よくわかんないな」

残念そうな口調ではあったが、美咲の口元は緩んでいた。

女の子同士で通じるものがあるのだろう。

玄関まで行くと、神奈が入口の前で待っていた。

俺たちを探している様子はなく、辺りをゆっくりと眺め、待ち時間すら楽しんでいるようだった。

顔は無表情だが。

「コウ、とミサ」

近づくのが俺達だとわかると、顔だけ向けて小さく呟いた。

客観的に見れば、男が放って置かないような見た目だのだが、男どころか女ですら放って置いている。

「水無月さん、またねー」

「神奈ちゃん、また明日」

訂正、結構人付き合いはいいらしい。

神奈は頷き相手に合わせて手を振る。

「相変わらず可愛らしいな、神奈は」

となりではお姉さんの顔になっている。

そして、俺たちは肩を並べて歩き始めた。

今日は部活が休みの日なので、美咲の顔も穏やかに見える。

部活をしている姿を見た神奈が、「怖い顔もするんだ、ミサ」と驚いていた様子だった。

本当にわかりづらいが。

俺が中学から空手を初めて、それに続くように美咲も習い始めた。

高校になってからは俺は部活はやってないが、美咲は今でも続け男でも敵わないとかなんとか。

「今日も来ないのか、私の家に」

「うん。お父さんが来る」

「一人の時に来ればいいだろう?」

「コウが来る」

「私なんて誘わないと来ないんだがな」

「ミサはなんでも出来るから」

二人で楽しそうに話しているのを見ていると、とても穏やかな気分になる。

これからもずっとこの穏やかな気持ちでいたい。

これでも友達は多い方だが、この二人とアイツが居れば俺はもう十分だ。

なんて幸せな時間を過ごしているんだろう。

時々そんなことを考える。

幸せを考えたことはなかったが、幸せを感じることはたくさんある。

俺は本当に恵まれている。

話が弾んでいる二人を見ると笑顔になれる。

目頭が熱くなる。

涙が滲んだのは、きっと冷たい風が通り過ぎたからだろう。


今しかない幸せを離さないように、ポケットに入れた手が握りこぶしを作った。

さて、頑張るかーヽ( ̄▽ ̄)ノ

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