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思い

街灯が道を照らし、その街灯を半月が照らしていた。

商店街から少し外れると人通りがなくなり、代わりに周りの家から明かりが目に入る。

やがて白い柵で囲まれた青い屋根の家が見えてくる。

「夕飯には丁度いい時間だな」

先生の診察はすぐ終わる内容だし、買い物も決まっているからそこまで遅くはならないと踏んでいた。

人を待たせるのは好きじゃない。

待っていてくれていたかのように、小さい門が少しだけ空いていた。

無用心と思いつつも、「あいつ」なら仕方ないと考えれば微笑ましい。

つまりはそのまま入ってこいということだ。

門を閉め、木製の飾り気のないドアを開ける。

「うーっす。入るぞ、『水無月神奈みなづきかんな』ー。あと台所も借りるぞー」

先生の診察のあとは、神奈と食事をし、そのまま帰るという日常がずっと続いている。

靴を脱ぎ、廊下に足を掛けたところで神奈がリビングから現れる。

トレーナーのショートパンツ姿で子犬のようにトコトコ歩いてくる。

「今日は?」

「ビーフシチュー」

「うん」

首筋が見えるくらいに切り揃えられた短めで真っ直ぐな黒髪が頷きで揺れる。

大粒で明るめの琥珀色の目が何度か瞬きをする。

表情は無愛想で感情が読みにくいが、俺の荷物を手に取りリビングまで持っていく様子は、嬉しいと判断して良さそうだ。

「コウ、早く」

横目でつぶやく姿は、拗ねている子供のようでこれまた微笑ましい。

我慢弱い所がコイツの弱点だ。

それから何回も急かされながら、調理していくこととなった。

「まずは下ごしらえからだ」

「知ってる」

「安い肉だから、脂身が多い」

「落とす」

「だな、次は煮込んでいく」

「弱火から中火」

「その間に別な料理を作る」

「ポテトサラダ」

「…神奈」

「ん、なに?」

訂正、調理していくはずだったの間違いだ。

「俺は調理したいんだ」

「うん、して」

「なんで台所がこんなに汚ねーんだ!」

そこには恐らく数日前から片付けていないのだろう、食器類が散乱しており、調味料は出しっぱなしのこぼし放題。

まな板、包丁はもちろん、鍋や何故かテレビのリモコンまである始末。

「あ、リモコン」

「リモコンじゃねぇよ」

「ん?」

リモコンを手に取り、不思議そうな顔をしている。

「俺が来るってわかってたよな」

「うん、待ってた」

「俺が来たらまず俺は何をする?」

「料理」

「その料理する場所は?」

「ここ」

「なんで片付いてねーんだよ!」

「お父さん病院で寝泊りだった」

「お前がやれよ」

「食器がなくなるから、やらなくていいってお父さんが」

「食器の変わるサイクルが早い理由がお前か」

「今日はコウが来る」

「俺はお前の家政婦じゃねぇよ」

軽く額をデコピンしてやる。

「痛い」

額に手を当て、涙目になっている。

「リビングで待ってろ。台所に近づくな」

「んー」

小さく唸り始めた。

俺が片付け始めた時まで唸っていたが、やがて諦めたのか少し俯きながらリビングに向かっていった。

リモコンを持っていったのだが、テレビの音が聞こえることはなかった。

様子を見てもいいのだが、時間がもったいないので早速手をつけなければならない。

家の外だと聞き分けがいいのだが、自分の家の安心感からか一気に幼く感じてしまう。

ソファーに座っている神奈を見る。

顔は俯き加減で動く気配がない。

本か。

あいつは無類の本好きだ。

参考書から、絵本、小説、漫画に至るまで本という本を毎日読んでいる。

昔から何かしらの本を持ち歩いている。

子供の頃、あいつは「本の世界が私の世界」と言っていたことがある。

今でもそうなのかはわからない。

今もそんな風に考えているのなら悲しい、と思う。

本の世界「も」お前の世界であるべきだ。

だが、今のあいつは大丈夫だろう。

「おーい、出来たぞ。運ぶの手伝ってくれ」

何かを閉じる音がする。

そして、また子犬のようにトコトコ歩いてきた。

「いい匂い」

「だろ」

表情は変わらないが、目がビーフシチューから離れることはなかった。

「運ぶ。そして盛り付ける」

「頼んだ」

目を輝かせて鍋をテーブルに持っていく姿は、現実を楽しんでいる姿そのものだった。

俺も後に続いて席に着いた。

細いしなやかな腕が、二人分の皿に一生懸命よそっていく。

これからもこいつには現実の世界を見ていてほしい。

本と同じくらい、それ以上に今が楽しいってことを伝えてやりたい。

そう思えば思うほど、心が曇っていくのが分かる。

だから、せめて一緒に楽しもう。

一緒に今を過ごしていこう。

今が一番大切だと思えるように。

今を一番大切にしよう。


終わりが来ても逃げないように。

次もまだ先かな~( ̄▽ ̄)

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