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──

 ある雨の日、ふと視線を感じて振り向けば、そこには棒きれのような体の青白い女がいた。しとしととアスファルトを小さく叩く雨粒の音が、やたらと耳を打つ。


「もし」


 ここ数十年は耳にしない声の掛け方に、背筋が薄ら寒くなり、素知らぬ振りで電柱に背を預けたままでいた。


「もし、そこな方」


 存在を認識してしまったことに勘付かれたのだろうか。長い髪をだらんと垂らし、女は尚も僕を呼んだ。それでも知らぬ存ぜぬを貫く。しばらくしてちらとそちらを見遣れば、女はもういなかった。諦めてくれたのかと瞑目めいもくし、一つ、吐息する。瞬間、ぞわりと虫唾が走り、目蓋を上げることを躊躇った。


「もし、」


 いる。間近で聞こえた声に、今度こそ、心臓が跳ねるようだった。


「……?」


 ふと、違和感を覚える。そっと目蓋を上げたすぐそこに、淀んだ歪な空洞が二つ、映してはなくとも僕を捉えていた。


「……あら、そうなの」


 つまらなそうな響きを伴ってすうと消えた女に脱力したような気になる。そのまま視線を落とせば、足元には水溜りと真新しい花束。そうか、僕としたことが、時間の観念さえなくなっていたのか。


「今日で一年だったんだ」


 花束に目を細め、濡れてもいない肩に薄く笑う。水溜りには、影さえもなかった。

_2012.10.29

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