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インザボックス

 その箱は開けてはいけない。

 そう教えてくれたのは父だった。その箱は開けてはいけない、開けたならお前を不幸にする。正方形の箱は大きく、庭の隅にある物置小屋にしまわれていた。小さかったわたしは片親なこともあって父によく懐いており、そうなのかと漠然と納得していた。

 わたしがずいぶんと成長したある日、夜に地震が起きた。そう大したものではなかったが、いつもよりは揺れただろう。棚の上の花瓶が落ちて、フローリングに破片と水を撒き散らした。物置小屋も見てくると言って出ていった父はどこか不安げに見えた気がしたが、わたしは花瓶の片付けに忙しかった。

 ある程度片付けが済んで、ふとテーブルを見る。そういえば夕飯が途中だった。そういえば。父はいつも、夕飯後に外へ出ていた。そういえば。毎日のように洗濯に出された洋服には染みがついていた。そういえば。カレーの日は茶色、ハンバーグの日は赤、魚の日は血のような赤に生臭い匂いさえした。料理はいつもわたしがしていた。

 ふらりと立ち上がる。ほんの気紛れだった。

 玄関を開けたなら、庭の隅にその姿を見つけた。言葉通り、物置小屋を見ているらしい。小さな懐中電灯がその中を細々と照らしている。声を掛けたなら、父の肩が震えた気がした。危ないから入っていなさいと言われ、がちゃん、と音がした。素直に従うも違和感を覚えた。

 真夜中、何となくその違和感が拭えないままに、ベッドから抜け出した。あの何かを閉めるような音は何だったのだろう。物置小屋は開いたままだった。閉める。閉める。閉める……あの箱か。その足で庭の隅へと向かう。目的はあの箱だった。

 慎重に物置小屋を開けて箱の前に立つ。錠などついていないのは、物置小屋自体に鍵がついているからだろうか。今見ても大きな箱だ。人一人入れるくらいの。かちん、かちん、と引っ掛けるタイプの留め金を弾き、がちゃん、と箱を開けた。


「あ、ああ、う……」


 低い呻き声は生き物のそれであり、小さな懐中電灯が照らす細々とした光の先には、確かに生き物がいた。ぼさぼさで薄くなったごわついた髪、痩せこけてかさついた皮が引っ付いた骨、ぎょろりとこちらを向いた眼球。けれど、リビングに飾ってある母の面影を残した生き物。


「お、かあ、さ……?」

「お前を不幸にすると言ったのに」


 がつん、と音がしたことは覚えている。次に目覚めたとき、わたしの周囲は正方形で固められていた。

初出_20101127

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