心の変化 3
幼稚園で『おとまり会』という行事があった。
これは自宅から布団を親に運んでもらい、幼稚園に一泊するというものだった。
行事だから強制参加である。
当然だが俺も参加した。
その日の夕方、母と姉は自宅でくつろいでいた。
そこに誰かが尋ねてきた。
ドアチャイムが鳴ったのである。
母はドアスコープから相手を確認した。
しかし誰だか分からない。
それは訪問者の顔が見えなかったのではなく、変な物体しか映っていなかったのだ。
母はドア越しに声を掛けた。
「どちらさまですか?」
「ママ~」
その声は紛れもなく、幼稚園の『おとまり会』に行った息子の声だった。
母はドアを開けた。
そこには重そうに布団を抱えた俺が立っていた。
俺の記憶には全くないが、どうやらホームシックに掛かってしまったらしい。
五歳の子供には耐えられない重さであっただろう布団を抱え、約五百mの道のりを帰ってきたのだ。
母は、ドアスコープから覗いた時に見えた変な物体とは、布団であった事を知った。
母は俺を家に入れると、急いで幼稚園に電話をした。
幼稚園側では児童がいなくなった事に、パニックを起こしていると思ったからだ。
しかし杞憂は稀有に終わった。
現代では考えられない事だが、俺のいなくなった事に気付いていなかったのだ。
そのまま俺は幼稚園に戻る事もなく自宅で過ごした。