福田洋子(ふくだようこ) 10
死への兆候は俺が二十二歳の四月辺りから見え始めていた。
チコは既に十八年は生きている。
最近は食事とトイレの時以外で、チコの歩いている姿を見ない。
俺のベッドの下の奥の方で横になっているのだ。
最初は気にも留めなかった。
ただ八月に入った頃から変化が見え始めた。
チコの呼吸が荒いのだ。
体全部を使って呼吸をしている。
俺はチコの死が近い事を悟った。
八月の火曜日、俺も母も仕事が休みだった。
俺は職場のバイトと買い物に行く約束があった。
母はチコを病院へと連れて行った。
夜になりバイトと別れ帰宅した。
エレベーターの無い五階建ての団地。
俺は自宅までの階段を上っていた。
三階辺りで何かの匂いに気付いた。
独特の匂いだから悩むまでも無い。
お線香だ。
特に気にする事も無く階段を上がる。
四階・・・お線香の香りが強くなる。
ここにきてやっと香りの意味を理解した。
(チコは死んだんだ・・・)
それを認めたがらない様に反論が続く。
(きっと他の家のお線香だよ。だってチコが死ぬわけ無いじゃん! 病院に連れて行くって言ってたじゃん!!)
そんな反論が却って空しい。
現に階段を一歩進むたびに、香りは強まっていく。
でも望みは捨てなかった。
五階にはもう一家族、住んでいる。
(きっと隣の家だ)
そう思い五階まで上った。
隣の家のドアに鼻を寄せてみる。
何の匂いもしてこない。
自分の家のドアの前に立つ。
現実を受け止めるしかなかった。
あきらかに香りは我が家からだったのだ。
普段よりも重く感じられるドアを開けた。
玄関に入った途端に母が走る様に来た。
「チコちゃん・・・死んじゃった」