福田洋子(ふくだようこ) 9
「ママ~! 猫が・・・」
玄関に走り寄ってきた母に事情を説明した。
母はうろたえていた。
どうすれば良いか分からなかったのだろう。
この当時は近くに動物病院はなかった。
とりあえず母は子猫が骨折していない事を確かめると鼻血を拭きミルクを与えた。
「怪我が治るまでよ」と母は言った。
何せ団地だから猫は飼えないのだ。
この後の事は覚えていない。
ただ情が移った事もあり猫は居ついた。
後から聞いた話しでは母は父に相談したかったらしい。
ただ父が五日間帰宅しなかったので、相談をする事が出来ずに、情が移ってしまったと言っていた。
「チコ」となずけられた猫は元気になった。
いつも遊んでいた。
冬なんかは寝ている時に人の事を起こしてまで布団に入り込んでくるし、泣いている時はずっと側にいて頬を舐めていてくれた。
中二の頃
「流石に俺の高校受験までは生きてないだろうなぁ。合格したらチコと一緒に喜びたかったな・・・」なんて思っていたら、ちゃんと生きていた。
高校の頃は
「流石に就職までは・・・」と思ったが、やはり生きていた。
就職後は
「成人式までは・・・」
淡い期待もあったが、成人式まで生きれば十六年目だ。
人間の年齢にすると何歳かは分からないが、立派な老人だろう・・・ところが生きていた。
「この猫は死なないんだ!」
そう錯覚を起こしてしまいそうになった俺の気持ちは分かってもらえるだろうか?
しかしやっぱり生き物だ。
死は確実に近づいていた。