福田洋子(ふくだようこ) 3
単純で落ちこぼれの俺には魅力的な言葉だった。
そしてその言葉を信じた。
中学ではテスト前でも勉強しなかった俺が、高校ではテスト前に限ってだが十時間は勉強する様になった。
そのおかげか高校生活では「授業中は寝ているのにテストでは良い点を取れる人」と、やや皮肉めいた台詞をクラスメートに言われた事もあった。
それに天邪鬼な俺は授業中に指されたら、分かっている事でも答えはしなかった。
それは先生も知っていた。
だから三年の三学期に英語を担当していた学年主任から
「郡司は何で授業態度が悪いんだ? いつも寝てるし指しても答えないし・・・。通信簿の英語の成績は一年からずっと九でしょ?担当した先生達は皆言ってるよ。郡司は授業態度さえ良ければ十なのに・・・て」
そんな風に嘆かれた事もあった。
それには俺なりに理由があった。
一つは一生懸命な姿勢を見せるのが大嫌いだったのだ。
『やる時はやるが人前ではやらない』
『失敗しても笑って見せるが、一人になった時に激しく泣く』
だから授業をまじめに受けていれば『それなりにテストが出来るのは当たり前』と思っていた俺は、授業をまじめに受けるつもりはなかった。
この考えは未だに根強く残っているから性質が悪いと思う。
それからもう一つの理由は英語に興味がなかったというか限界を感じていた。
経済的な理由で進学する予定の無かった俺は、(中学、高校の授業で習う程度では英語など話せやしない)と諦めていたのだ。
だから未だに英語は話せない。
ゆっくり話してもらえば漠然とした意味は分かるが、あくまでも簡単な日常会話だけだ。
特にグローバルな仕事をしているわけでもない今の俺には、尚更に必要の無い事だった。
かなり話は飛んでしまったが粕谷とヨッパのおかげで、高校初の中間テストはそれなりに納得のいく結果に終わった。
期末テストも夏休みも終わり秋を迎えた。
勉強も部活も充実していた。
残るは恋愛だけだった。
好きな人はいた。
相田清子以来で実に三年ぶりだった。
その人は山本律子といって、バスケ部のマネージャーだ。
今ならばガッキーに似ていると思う。
どうも俺は背が高く、綺麗なロングヘアーで、勉強の出来る女性に弱いらしい。
清子も律子さんも例外なく当てはまった。
俺は常々思う事があった。
「好きな人には告白しよう。告白せずに後になってから実は両想いだったと分かるのは、何だか寂しい気がする。それならどんな結果であれ、どれだけ無謀であっても、必ず告白しよう」
その考えがあったから律子さんに手紙を書き、直接渡したのだ。
結果は清子に続きダメだった。
何となく分かっていたから、ショックではなかった。
(思うほど好きではなかったのかな?)と、自分でも戸惑いを覚えたくらいだ。
ただこの間、十四年ぶりに律子さと会った。
それ以来律子さんを思う時間が増えた。
やはり大好きだったのだと実感をした。
とりあえず一年生は終わりを告げる。