心の変化 5
一九七八年『若葉小学校』
『たいよう幼稚園』を無事に卒園した俺は、団地の直ぐ隣にある若葉小学校に入学した。
入学式が印象的だったのだろうか?
何となく記憶に残っている。
学校の敷地自体は直ぐ隣なのだが正門とは真逆の為に、百mほど学校沿いの道を歩かなければならなかった。
入学式の時も幼稚園の時の様に母に手を引かれ、正門へと向かっていた。
正門の三十mほど手前からだろうか・・・学校の敷地内に植えてある桜並木がとても綺麗で、幼稚園の時とは違い楽しみが押し寄せてきていた。
門をくぐると直ぐに長いテーブルが置いてあり、そこにはクラス毎に生徒の名前が書かれた名札が置いてあった。
俺は自分の名札を探した。一年二組にそれを見つけた。
名札を母につけてもらい下駄箱まで連れて行ってもらった。
そこからは子供が一人で進む場所である。
母から手を離し一年二組の教室へと入った。
一番最初に飛び込んできたのは黒板だった。
黒板には桜の樹が描かれていて、その下をランドセルを背負った男の子と女の子が、楽しそうに歩いていた。
そして桜の上には「入学おめでとう」と書かれていたと思う。
その絵が凄く上手で驚いた。
しばらく見つめていたが(あっ!僕の席はどこだろう?)と現実に帰り辺りを見回してみた。
すると机の上に名前の書かれた紙が置いてある事に気付き、俺は自分の名前を探した。
席は直ぐに見つかり椅子に座ると、キョロキョロと周りの子供達に関心を持ちながらも、やはり心は黒板の絵へと向いていた。
そうして黒板と友達とを交互に見ていると、見慣れた人物の顔が目に飛び込んできた。
(あっ悪がき勘治だ!!)
嬉しい様な困った様な複雑な気持ちだった。
そして担任の先生がやってきた。
正直女性というだけで名前は覚えていない。
ただ不思議な事に数ヵ月後に実習生としてきた女性の先生の名前は覚えている。
海老原先生だ。
たった二週間の付き合いだったのに、本当に不思議な事だった。
たぶん当時の俺には名前が面白かったのだろうと思う。
小学校一年の俺には当『当て字』なんてものは知らない。
だから『海老原』と書いて『えびはら』と読む事が、恐らくとても印象的だったのだろうと思う。
何せ高校を卒業するまでに何回か実習生は会ってきたが、一人も名前を覚えていないのだから・・・。