無限に広がる大宇宙《マクロ編》
無限に広がる大宇宙《マクロ編》
「人生が加速して行く……」
大宮発、盛岡行きの新幹線の車窓から外を眺めていた佐藤達也は、そんな奇妙な感覚に襲われた。
大宮を発車した時間には、すでに辺りは薄暗くなっていて、ビルの窓や看板、繁華街の明かりから目に入る光の点が線となり、車両の加速とともにその光束が長くなっていく。
「こんな交通機関のなかった時代の人たちは、人生という限りある時間の中から膨大な時間を費やして旅をしていた」
そう考えると、移動時間が省かれ、それ以外の自分が使いたい事柄に時間を有効活用できる良い時代になったものだ、と思えた。理屈を考えるとそういうことであるが、実際の感覚はその分寿命が縮んでいるような錯覚にも襲われていた。
新幹線のイスのリクライニングは以前に比べて格段と心地よくなっていた。いつの間にか寝ていたが、盛岡に着くころに目が覚めた。夕刻の新幹線である。今では大宮から盛岡まで、二時間もかからない。
夕食は特徴ある麺類がたくさんある盛岡についてから食べるつもりだった。今日は無性にジャジャー麺が食べたくなり駅前の店に入り、まずビールを発注した。そしてポケットからスマホを取り出し、盛岡の大学で天文学の教鞭を取っている桜井教授に電話した。
「あ、教授、佐藤です。予定どおり到着したので今駅前にいますが、明日の打合せがてら一杯やりませんか?」
桜井教授は駅から自転車で十分ほどのマンションに住んでいるので、ほどなくして店に現れた。色黒で眼鏡にひげ面、登山用品店で売っている典型的なコーディネートでインディ・ジョーンズを連想させる雑な風貌であるが、見た目と違い、コンピュータと観測機器を連携した独自のシステムを駆使した緻密な天文論文を多数発表している。
佐藤はフリーのライターをしているが、特に“宇宙サイエン誌”に寄稿することが多く、今回は桜井教授の新型天体観測施設を取材しに来たのだ。桜井教授とは旧知の仲で、一緒に各国の観測施設の見学に行き、オフタイムでは酒を飲みながら「宇宙人は居るの居ないの……」と議論をするのが楽しみだった。
二人とも少々酔いも入って会話も弾んできた。
「明日は何を見せてもらえるんでしょうか?」
「そうだね、これまでの天体観測の概念とは全く違う面白いもの見せてあげるよ」
「面白いものって何ですか? 盛岡に来るように電話いただいた時もそれしか教えてくれませんでしたよね。もう明日のことなんだから教えて下さいよ」
「はじめて見るものばかりで未だに私も半信疑なもんだから、まずいろいろな取材で広い知見を持っている佐藤くんに見てもらいたくてねぇ」
堂々巡りをしているうちに時間も遅くなり、翌日の待ち合わせ時間を決めて駅前のホテルに泊まった。
翌日は朝食を済ませ、九時丁度に盛岡駅前で待ち合わせ、桜井教授の車で雫石にある教授の天体観測施設へと向かった。
国道から外れ、長い林間地帯を経由したのち舗装されていない山道に入り、山のふもとの空き地に車を止め、そこからは食料などをリュックに詰めて山道を登った。天文系の取材ではよくあることである。いつ獣が出てもおかしくない山の上に、巨大なパラボラアンテナらしきものが設置された、思ったより頑丈そうな建物が見えた。
一見、防衛施設のようでもあり少し不気味でもある。佐藤は口を開いた。
「教授、天文ドームが付いた小屋を想像してましたが、珍しい建物ですよねぇ」
「私は既存の光学望遠鏡や電波望遠鏡の限界をダイナミックに超える新しい概念を研究しているからね」
観測施設に到着したときは、既に午後二時をまわっていた。
建物と同じくらいの大きさのアンテナらしき物体の下には、白いコンクリート造りの真四角な建物があり、窓はない。指紋認証でドアを開けて中に入ると、何かの製造プラントのような光景がのぞけた。
認証がアラームになっているのか、牛乳ビンの底のようなぶ厚いガラスのメガネをかけたおかっぱ頭の女性スタッフが出迎えてくれた。
「彼女は安村くんと言って物理学の講師をしていたんだが、天文学にも興味があったみたいだから手伝ってもらってるんだ」
あいさつを交わし観測室に入った。持ち込んだ食料で軽く食事を済ませた後、ようやく今回の取材内容について説明してもらえた。
「佐藤くん、ここでは昨日話したとおり光学的な観測ではなくて、特殊宇宙線を受信して天体を観測しているんだ。アンテナで受信した特殊宇宙線はここで増幅されて、このレシーバーに蓄積される」
LEDライトがたくさん点いたり消えたりしている瓢箪型の大きな装置から、車のエンジンに無数の黒くて細いホースがランダムに飛び出ているような装置に、太いケーブルで接続されていた。そこからこちらのテーブルに向かって長いコードが来ていて、目の前のコンピュータに繋がっている。
「レシーバーに蓄積された特殊宇宙線は特定の波形を持っていて、このコンピュータで解析してディスプレイに画像表示するシンプルな仕組みだ」
説明から省略されている多数の装置も機能しているようで、とてもシンプルだとは思えないが、佐藤は尋ねた。
「光学望遠鏡や電波望遠鏡などいろいろな技術がありますが、この装置はそれらと何が違うんですか?」
「光学望遠鏡は天体望遠鏡とも言われるが、直進性のある光を集めて見るものだよね。電波望遠鏡も主にミリ波という直進性の高い電波を受信して、天体の位置と大きさを観測できる。上のアンテナを見た工事のスタッフからは『電波望遠鏡ですか?』と聞かれるよ」
教授は一息ついて続けた。
「だが宇宙線は、宇宙空間を飛び交う高エネルギーの放射線のことで、主な成分は陽子なんだ。アルファ粒子、リチウム、ベリリウム、ホウ素、鉄などの原子核が含まれている極めて小さい粒子で、通常でも地表に降り注いでいて我われの体も常に貫通しているよ。今回開発した特殊宇宙線アンテナは、陽子ではなく電子レベルの宇宙線で、しかも波形を持っている」
なかなかピンとこないが教授はさらに畳みかける。
「佐藤くん、テレビの原理知ってるよね。映像を走査線でスキャンし、伝送する。受信した走査線を投影復元したものが昔のテレビだ。それと似ていて、特殊宇宙線の波形を分析すれば、その発信元から見える画像が画面に映るんだ」
なんとなくイメージがつかめた頃には夜になっていて、邪魔な太陽光や太陽からの宇宙放射線の影響を受けにくい時間帯になっていた。学者という生き物は説明が長い。さらに説明は続いた。
「宇宙線の速度は陽子等の荷電粒子速度に加速されているので光の速度に近いんだけど、電子レベルだけで飛来して来る特殊宇宙線は天体間の磁場で加速され光速を超え、次元間を行き来する。だから複数の次元から発生する特殊宇宙線を組み合わせると宇宙座標が特定出来、その座標から見える映像をこのディスプレイに投影することに成功した」
つまり特定の宇宙座標からの景色が見れるということだ。もう何日も焦らされているので、さらなる講義は実物を見てからと思い、佐藤は言葉を挟んだ。
「教授っ。早速見せてください」
「安村くん。頼むよ」
桜井教授は安村さんにオペレーションの指示をして、新開発の特殊宇宙線による宇宙の旅が始まった。
「まず、これを見てくれ」
距離カウンターを三十八万キロメートルにセットし、すぐに画像が現れた。見覚えがある。月である。クレーターなども至近距離から見ているような映像が映し出されていた。
「教授、月ですよね」
「そうだね。まだツアーは始まったばかりだよ」
X‐Y軸をレバーで調整すると視点が変えられる。桜井教授はレバーを操り何かを探しているようだった。まもなく青白い美しい天体が投影された。
「月から見た地球ですね」
宇宙旅行が始まった感覚だった。次は一気に十四臆三千万キロメートルへ。
「おお、土星ですね。リングが鮮明に見えます。リングのガス状物質の中に、たくさんの衛星が良く見えます」
ここまでは他の観測施設や文献で見たことのある映像だった。視点をいくつか変えてもらって、この位置から地球を見てみたかったが、太陽の方角なので全く判別できない。
「佐藤くん、これは何だかわかるかな」
画面には乾いた黄土色の天体が表示されている。これまでの流れだと天王星か海王星だが、佐藤は当てずっぽうで答えた。
「海王星ですかね」
「装置と理論が正しければ正解だね。でもここまで鮮明な画像は見たことがないから、半信半疑なんだ」
とにかく地球から四十五臆キロメートル離れたこの惑星をこれだけ鮮明に見れたのは感動だった。
「実は、佐藤くんから久しぶりに電話をもらった時には私もここまで見たのだが、ここから先は今日のお楽しみにとっておいたんだよ」
桜井教授は笑い、ここから未体験の天体観測がはじまった。さすがに今日は酒抜きである。
距離ダイヤルを回し、より遠いポイントへと座標を移す。距離カウンターの桁数はとうにオーバーし、エラーをあらわす「E」表示となっていた。
「太陽の周りに衛星が周回して、まるで原子のようですね」
さらに距離をとると、恒星や恒星群がまとまって大きな銀河を構成し、分子をイメージさせた。
「教授、どこまで行けますか?」
「私の考えが正しければ特殊宇宙線は、直進し、あらゆる物質を通過し減衰しない。したがって無限に遠くまで行って見れるはずだが、実際どうなるかわからない。このままどこまで行けるか進んでみようじゃないか」
いくつかの銀河をさらに遠くから見ると、それらが集まってボールのような球状の天体群を形成していた。さらに進むと視界に広がったのは、ガス状の物質が膜のように広がっていて、その先の視界を遮っていた。
「もしかすると、ここが“宇宙の果て”かもしれないね」
桜井教授が呟いた。
「じゃあ、これで終わりでしょうか」
「このまま宇宙の外側にいけるんじゃないだろうか」
教授の顔を見てみると、学者の探究心がマックス値に到達したような、無邪気なような、また不気味ともとれる表情で笑っていた。
“宇宙の果て”を抜けると、また新しい宇宙が広がっていた。また、その“宇宙の果て”にも別の宇宙があった。さらに進んでこちらを振り返ると、それぞれの宇宙はマンションの部屋のように整然と並んでいた。
だが、それぞれの“宇宙の果て”は弾力をもっているようで柔らかく蠢いている。中には球状にまとまった銀河群がそれぞれ一つずつ収まっている。これらの宇宙の集まりは面を形成しており、我われは“宇宙膜”と名づけた。
「教授、何か細胞のようにも見えますね」
宇宙膜から外に出ると新しい空間へと抜けたが、その空間には無数の銀河がゆっくりと流れていて、その銀河の中に時折、四角形ではなく円形や楕円の変形したものなど、さまざまな形状をした銀河が流れていた。
さらに進んで先ほどの空間を観察してみると、その銀河が流れる空間は管のような形状をしていた。
「教授、この空間は何か血管をイメージさせますね。この宇宙の流れを“宇宙回廊”と名づけましょう」
教授は軽くうなづき、さらにダイヤルを回した。
“宇宙膜”と“宇宙回廊”は幾重にも重なり、このまま永遠に続くようにも思えてきたころ、“宇宙膜”がこれまでにない厚さと密度で形成されている空間にたどりついた。
「教授、まるで皮膚細胞のようにも見えますね」
この高密度で、この先に行くものを拒むような、まるでレンガの壁のように立ちふさがる面は“宇宙壁”と名づけた。
“宇宙壁”もこの装置の座標を拒むことはできない。さらに突き進むと突然、“宇宙壁”が途切れ、前方に瓢箪型の金属で出来た装置のようなものが見えた。
視野をこちらに移すと、ディスプレイには目を爛々と輝かせた教授と佐藤の顔が映し出された。




