第4話:90分の沈黙、そして視線
第4話です。
言葉よりも先に、
視線が真実を語ってしまうことがあります。
九十分の沈黙のなかで、
隠しきれないものが、少しずつ形になっていきます。
あの日以来、
授業は私にとって、少し奇妙な時間になった。
チョン・ウジン教授は、
質問を投げかけるたびに、
なぜか私の近くで足を止めた。
説明はいつも通り、穏やかだった。
けれど、視線だけは違っていた。
私は、
机の上をやけに意識するようになった。
数日前、
何も言わずにペンを拾い、
そっと置いていった、あの手。
それ以来、
教授が私の机の近くへ来ると、
なぜか指先が先に緊張した。
あるとき、
ノートを取りながら、
またペンを落としかけた。
今度は、
床に落ちるより先に、
教授の手が動いた。
とん。
ペンが床に触れる直前、
彼の手が空中で止まった。
何事もなかったかのように、
彼はペンを、
私の手元へと戻した。
「気をつけて。」
とても低い声だった。
私は、顔を上げられなかった。
その日の授業は、
やけに長く感じられた。
ディスカッションのある日だった。
「イ・ジウさん。」
彼が、私の名前を呼んだ。
「この小説のテーマについて、どう思いますか?」
教授は、
私の机のすぐ横で立ち止まった。
今回は、逃げなかった。
私は彼を見上げ、
ゆっくりと言葉を紡いだ。
「私は……
人間の孤独を、
選択の結果として描いている物語だと思います。」
私が話しているあいだ、
彼は何も言わなかった。
ただ、聞いていた。
けれど――
彼の瞳が、
ほんの一瞬、揺れたのを見た。
完璧だった表情に、
かすかなひびが入った。
「そ、そうですね。」
彼はわずかに言葉を詰まらせた。
「孤独というのは、
物語構造としては――」
彼は言葉を止め、
ネクタイを少し緩めた。
そして、
教壇の上にあった水を取り、
一気に飲み干した。
喉が、大きく上下した。
教室のあちこちで、
小さなざわめきが起きる。
「すみません。」
彼は低く笑った。
「急に、喉が渇きました。」
そして――
ゆっくりと、私を見ながら付け加えた。
「ジウさんの解釈、
とても良いと思います。」
理由もなく、
心臓が跳ねた。
授業が終わりに近づいたころ、
私は気づいた。
彼は、
視線を隠せていない。
質問を受けなくても、
発言をしなくても、
九十分のあいだに、
必ず一度は、
彼の視線が
私のほうへ戻ってくる。
言葉にしなくても、
見えてしまうものがある。
それは、
説明よりもずっと、
直接的な言語だった。
彼はまだ、何も言っていない。
それなのに――
九十分のあいだ、
一度も、
視線を逸らさなかった。
最後まで読んでいただき、ありがとうございます。
触れていないのに、
近づいている距離がある。
視線は、ときに
言葉よりも残酷で、
そして正直です。
九十分間、
逸らされなかったその意味は――
まだ、静かに続いていきます。




