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第 25話:残された人
英文学の授業が終わって
廊下に出たとき
財布がないことに気づいた。
机の上に
置いてきた気がした。
もう一度
教室のドアを押した。
学生たちは
もう誰もいなかった。
蛍光灯だけが
ついていた。
そして
教授がいた。
教壇の上ではなかった。
窓際の
一番端の席に
ただ
座っていた。
チョークも、
教材も、
何もなく。
窓の外を
見ていた。
私は
ドアノブを握ったまま
立ち止まった。
彼は
私が入ってきたことに
気づいていないようだった。
何も考えていないような顔。
何も隠していない顔。
授業中に見ていた
あの顔ではなかった。
私は
財布を
そっと手に取った。
そして
声をかけずに
教室を出た。
廊下に出て
一度
息を吐いた。
あの人にも
ひとりになる時間が
あるんだ。
その思いが
なぜか
長く
心に残った。




