第22話:無糖レモン (Side 英文学科教授)
土曜日の午後だった。
漢江の自転車道は人影もまばらだった。
ペダルを踏むたび、風が耳元をかすめる。
考えがまとまらないときは、
まず身体を動かすことにしている。
一時間ほど走っただろうか。
自転車を止め、
川辺のベンチに腰を下ろした。
水面に陽光が砕けている。
イヤホンを外し、
音楽はかけず、
ただその音だけを聞いた。
十分に走ったと感じた頃、
立ち上がった。
帰り道、
コンビニの灯りが目に入った。
特に買うものはなかったが、
扉を押して中に入る。
飲み物を一つ手に取り、
また棚に戻した。
菓子売り場を通り過ぎる。
レジ横の棚の前で、
ふと足が止まった。
手が先に動いた。
レモン味のリコラ。
透明な包みが整然と並んでいる。
だが、
無糖レモン味は見当たらなかった。
蛍光灯が低く唸る。
隣で誰かが冷蔵庫の扉を開け閉めする音がした。
別の味を取ればよかった。
それか、そのまま店を出ればよかった。
足が、すぐには動かなかった。
しばらく立ち尽くし、
結局何も買わずにコンビニを出た。
家に戻り、ノートパソコンを開き、
ブログを開いた。
短く書いた。
――今日、リコラを買いに行ったら、
無糖レモン味が売り切れていた。
しばらく立っていたが、結局そのまま帰った。
それだけだった。
投稿ボタンを押したあとも、
画面を閉じなかった。
しばらく眺め、
音楽のリストを開く。
明るい曲を一つ再生し、
すぐに止めた。
合わない気がした。
もう少し静かな曲を選ぶ。
ピアノの前奏がゆっくりと流れ出す。
椅子にもたれ、目を閉じた。
曲が終わるまで、
何もしなかった。
最後の音が消えてから、
ようやく再生を止めた。
ノートパソコンを閉じる。
窓の外で、
風の音がした。




