第21話:さわやかな冗談とレモン色の処方
人を救う方法は、
必ずしも大げさである必要はない。
問いたださず、
理由を聞かず、
ただ少しだけ時間を軽くしてやること。
それだけで、
心は息を取り戻すことがある。
朝から身体の調子がおかしかった。
熱があるわけでもなく、
だからといって元気でもない。
喉がひりつき、
関節が重かった。
大丈夫だと思った。
このくらいなら耐えられる、と。
ダブルメジャーの授業がある日だった。
授業が始まる前、
私はしばらく机に額をつけていた。
少しこうしていれば、
何もなかった顔に戻れる気がした。
ドアの開く音がした。
ゆっくり顔を上げる。
教授が教壇に立った。
出席簿をめくる音が静かに響く。
「イ・ジウ。」
「……はい。」
声が少し掠れた。
彼はすでにチェックを入れていたかのように、
何も言わず次の名前を呼んだ。
授業はいつも通り始まった。
チョークが黒板を擦る音。
落ち着いた説明。
何度か、
視界がかすかに揺れた。
私はペンを握る手に力を込めた。
文章を解釈している途中、
教授の視線が一瞬止まった。
ほんのわずかに、
私の席のほうへ。
けれど彼は何事もなかったように
説明を続けた。
授業が半分ほど過ぎたころ、
彼は本を閉じた。
「今日はここまでにしましょう。」
教室がざわめく。
「天気がいいですね。
こういう日は、少し休むのも悪くありません。」
学生たちが笑いながら荷物をまとめる。
私はそのまま座っていた。
ほとんどの学生が出ていったあと、
彼が私の席の前に歩いてきた。
何も言わず、
黄色いリコラを一粒、机に置いた。
「無糖です。」
いつもと同じ声。
「甘いものは、かえって疲れますから。」
口元がほんの少しだけ上がる。
「最近、私のブログの訪問者が多くてですね。
まるで芸能人になった気分です。
サインでも差し上げましょうか?」
私はふっと笑った。
無理にではなく、
少し力の抜けた笑いだった。
口の中にレモンの香りが広がる。
最初は酸っぱく、
やがてやわらかく甘くなった。
彼は尋ねなかった。
なぜ身体が重そうなのか、
何があったのか。
代わりに、
少しだけ時間を軽くし、
キャンディをひとつ残し、
冗談をひとつ置いていった。
外に出ると、
風は冷たかった。
その夜、
少し熱が上がった。
布団を顎まで引き上げて横になる。
身体は妙に重い。
頭では大丈夫だと言っているのに、
身体はまだ追いついていないようだった。
眠れず、
スマートフォンを手に取る。
何気なく、
ブログを開いた。
最近投稿された音楽が目に入る。
数日前の日付。
再生ボタンを押した。
静かなピアノの前奏が
部屋を満たす。
――大丈夫。
今は少し立ち止まってもいい。
あなたはもう十分、頑張っているのだから。
私は画面をじっと見つめ、
ゆっくり目を閉じた。
コメントは残さなかった。
「いいね」も押さなかった。
イヤホン越しに流れる音楽と、
かすかに残るレモンの香り。
熱の中で、
心は少しだけ落ち着いていった。
私はそのまま、
目を閉じていた。
優しさは、
答えを求めない。
「大丈夫?」と聞かれるよりも、
何も聞かれないほうが
救われる日もある。
レモンの香りは、
傷を治すわけではない。
けれど――
少しだけ、
痛みを忘れさせてくれる。




