伝説の樹の下で告白しようと思ったら、その前日に切り倒された
タイトルで綺麗にオチてるから本文読まなくても良い気がする。
俺が通っている高校の校庭の隅にある大樹にはこんな伝説がある。
伝説の樹の下で告白が成功したカップルは永遠に幸せになれる。
嘘か真かは分からない。
だが本当であれば信じた方が叶う気がするし、そもそもそんなロマンのある場所で告白されたら女の子は喜んでくれるに違いない。
俺には好きな人がいる。
だが断られることが怖くて想いを伝えてはいなかった。
でも好きな想いは日に日に強くなり、ついに我慢出来なくなってしまったんだ。
次の月曜、あの大樹の下で告白しよう。
どうやって大樹のところに来てもらおうか。
告白成功するかな。
成功したら幸せになるけれど、失敗したら不幸にならないよな。
ベッドの中で悶々としながら策を考え、様々な結果に想いを巡らせる。
「神様頼む!どうか成功しますように!」
腹痛の時は全く頼りにならない神様よ、今回ばかりはどうかお願いします!
そしてやってきた運命の日。
極度の緊張からか、とんでもなく早い時間に目が覚めてしまった俺は朝一番で高校に向かった。
校門が開いたばかりの高校は当然ながら人気は殆どなく、静かな廊下を歩き誰もいない教室へと足を踏み入れた。
「やべぇ、めっちゃドキドキする」
告白は放課後を予定していてまだ時間があるというのに、慣れた教室に入るだけで緊張で胸が張り裂けそうだ。告白相手の女子の席をチラっと見るだけで顔が真っ赤になってしまう。
気恥ずかしさからその子の席を遠回りするように移動し、窓から外を見る。
窓の外には校庭が広がっていて、その隅にはおなじみの大樹が……
「なああああああああああああああああい!」
大樹が消えた!?
そんな馬鹿な!?
でも無い。
本当に無い。
何度見ても無い。
これは夢か?
まだ俺は寝ているのではないか?
頬を思いっきり抓ってみるが痛い。
念のためビンタもしてみたけれどやっぱり痛い。
やっぱりこれは現実だ。
ならどうして大樹が無くなってるんだよ!
考えたって理由なんか分からない。
むしろ理由よりも遥かに大事なことがある。
せっかく告白する気だったのにいいいいいいいい!
清々しい朝の空気が禍々しく感じてきやがるぜチクショウ!
「徳川クン、こんな朝っぱらからそないなとこで何しとんの?」
「…………健崎」
突然背中から声が掛けられたから反射的に振り返ると、クラスメイトの女子の健崎が立っていた。お前こそ何でこんなに朝早くに登校してるのかと気になったが、今は聞く気力が無かった。
「うわ、辛気臭。ほんまに何があったんや」
ガチで心配されてるじゃないか。
そんなに今の俺の顔はヤバいのか。
「なぁ健崎、校庭の大樹が無くなってるんだけど何があったか知ってるか?」
「うん」
「そっか、やっぱり知らない……知ってるのか!?」
なんとなく聞いてみただけなのに、いきなり理由を知ってる奴に出くわしたんですけど。
「先生が言ってたやないか。老朽化で腐って危ないから、業者呼んで昨日の日曜に処分してもらうって」
「なんだってーーーー!」
どうして俺はその話を覚えていないんだ。
「徳川クン最近ずっとそわそわして先生の話全く聞こうとせんかったからな」
告白のことばかり考えてたからだ!
くそぅ、まさかこのタイミングで伝説の樹が切り倒されるだなんて思うかよ。
「えらい凹んどるなぁ。もしかして誰かに告る気やったん?」
「…………」
「え!?その反応マジで!?」
「…………」
「誰や。誰に告白する気やったんや。お姉さんに教えてみ?」
「…………」
「な~んて、聞かなくても分かるわ。為原さんやろ。えらい美少女で男子からも人気あるし、徳川クンも良くチラチラ彼女のこと見とったもんな」
「…………うっせ」
ダメだ。
あまりにもショックで健崎の相手をする気力が湧かない。普段は軽口を叩き合う仲なんだがな。
「まぁまぁそんなに落ち込むなって。別にフラれたわけやないんやろ」
「そりゃあそうだが……」
「まだ切り株が残ってるみたいやし、少しは御利益あるんやないか?」
「切り株の近くで告白ってどうなんだよ」
ムード的にありなのかどうか。
「ウチなら気にしないかなぁ。むしろ腐ってて危ないところに呼ばれるよりかは嬉しいかも」
「なるほど、そういう考え方もあるか」
そういえば腐っていて危ないから絶対に近づくなって大樹の周りにバリケードが張られていて、それでも侵入して告白しようとする生徒がいるから問題だって話を前に聞いたことがある。確かにそんなところに女子を呼び出すのは問題かも。
「だが切り株で伝説の効果が残ってるのだろうか」
「知らんがな。でも少しはあるんちゃうかな。こういうのは信じたもん勝ちやで」
「確かに」
なら予定通り対象を誘い出すべきだろうか。
それとも策を考え直すべきだろうか。
「なはは。たっぷり考えな。恋は悩んで楽しむもんや」
「お前何様だよ。恋愛したことあんのか?」
「うっさい」
とりあえず、今日の告白は延期かな。
放課後。
「本当に切り株だけになってやがる」
大樹のことが気になった俺は、なんとなく跡地へ向かってみた。
諦めきれなかった訳ではない、訳でも無いのかもしれない。
「お前がもっと長生きしてくれたら、今頃俺は幸せになってたのにな」
大樹が悪いわけでは決してないが、つい毒づいてしまった。
「なはは、まるで大樹があったら絶対に成功してたって言い方やないか」
「健崎、ついてきてたのか」
「徳川クンがここに向かっとるの見て、面白そうやと思ってな」
「面白くなんかねーよ」
「さっきの台詞が聞けただけで十分面白かったで」
「ぐっ……」
確かにさっきのは俺でもどうかと思う。
「あ、もしかして本気で告白する予定で来たん? やったらウチ邪魔やから帰るで」
「いや、誰も呼び出してはいない」
「ほな良かったわ。馬に蹴られたくはないかんな」
今の時代、その馬は何処からやってくるのだろうかと思わなくも無かったが、切り株を見ているとツッコミを入れる気が全く出て来ない。
「まだ凹んどるんや。重症やなぁ」
「そりゃあ、今日告白しようって心の準備を滅茶苦茶してきたからな」
「わかる。わかるで。その気持ちよ~く分かるで」
「お前に何が分かるんだよ。男と付き合ったことないんだろ?」
「馬鹿にすんな。これでも好きになった男くらいいるわ。何度も告白しようと思って諦めたんやで」
「その話は初めて聞いたな」
「ウチのトップシークレットや。凹んどるから大サービスやで」
何のサービスだよ。
それで俺の気持ちが晴れる訳ないだろ。
「ほんで、結局告白はどうするん?」
「どうしよっかなあ……朝も聞いたが伝説の効果って本当に残ってるのかな。信じたいけど、この姿を見ちゃうと流石に……」
「やけに伝説に拘るんやね」
「そりゃあ永遠に一緒に幸せになりたい奴がいるからだよ」
「重いわ! 高校生なんやから、もっと気軽に恋愛せぇよ」
そんなこと言われても仕方ないだろ。
それだけそいつのことが好きで、一生一緒に居たいって強く思ってしまっているんだから。
「でも為原さんが相手なら分からなくもないかな。美少女で明るくて楽しくて優しくて、女のウチですら惹かれるくらいやもん。結婚したら絶対に笑顔が絶えない素敵な家庭ってやつになりそうやもんな」
「…………」
「あ~あ、為原さんが羨ましいわ。ウチもこんなところで告白されてみたいわ」
「伝説の樹の効果が残ってるか分からないのにか?」
「だから面白いんやないか。絶対に幸せになって効果があるって証明してやろって思うやろ」
「…………そっか」
幸せになると確定しているのであれば、幸せになろうと努力しないかもしれない。
だが幸せになるかどうか分からないのであれば、幸せになろうと努力するかもしれない。
その努力こそが幸せそのものなのではないだろうか。
「よし決めた。告白するぞ!」
「おお!」
やっぱり好きな人と少しでも早く結ばれて、少しでも早く幸せになりたい。
幸せになる努力を始めたい。
この切り株にその俺の決意を見守っていてもらおう。
そして伝説の効果が少しでも残っているのであれば、その恩恵を大事に育てていこう。
「ほな。うちが為原さん呼んできてあげようか? まだ残ってるか分からへんけど」
「いや、その必要はない」
「なんでや? 今日じゃなくて明日やる予定なんか?」
「いや、今日するつもりだ」
「ならなおさらウチが呼んできた方が楽……あ、粋な呼び方を考えてるとか?」
「いや、そんなものはない」
「え?」
呼び出す必要なんて全く無い。
だって告白の相手は目の前にいるのだから。
「健崎、好きだ」
この一言を伝えるのに、どれほど時間がかかったか。
高校一年生の時に健崎と同じクラスになって直ぐに意気投合し、毎日のように軽口を叩き合って笑い合って過ごしていた。
でもな、俺はお前のことを出会ってすぐに好きになってたんだよ。
それから告白するまで一年以上もかかってしまった。告白に失敗して健崎と楽しく笑い合う毎日が終わってしまうかもと思うと不安だったからだ。
「…………………………………………」
健崎は見事にフリーズしている。
口をだらしなくあけて微動だにしない。
そんな健崎のことを俺は本気の瞳でじっと見つめる。
これがいつものような冗談ではなく、本心からの言葉なのだと伝えるために。
やがて健崎の顔がみるみるうちに紅く変化した。
「なああああああああ!?」
驚き戸惑い視線をさまよわせる健崎を見つめ続ける。ここで逸らしたら冗談だと茶化されそうだから。
「嘘や!絶対嘘や!だって徳川クンは為原さんのことが好きやったんやろ!?」
「それは健崎の勘違いだ」
「だって授業中とか、アイコンタクトして笑い合ってたやんか!」
「笑ってたのは為原だけだって。あいつ授業中にこっそりLINE送って来て揶揄ってきやがるんだ」
「それどう見ても付き合ってるやろ!」
「あいつ俺の従妹なんだよ」
「は!?」
「しかも俺が健崎を好きなことバレてて、早く告白しろって弄って来てな……」
「はぁああああ!?」
全く面倒なことこの上なかった。
そのせいで健崎が妙な勘違いして距離取ろうとしたこともあったから、余計な気を回すなって説得するのが大変だったんだよ。
「俺が好きなのは健崎だ。一年の頃からずっと好きだった」
「う……嘘や……ウチ……そんなに可愛くないし……」
「俺にとっては最高に可愛い」
「!?」
好きな女の子が一番可愛い。
そんなの当然だろ。
「す……すたいるだって……そんなに……」
「俺にとっては最高のスタイルだ」
「!?」
好きな女の子ならどんなスタイルだって気に入る。
そんなの当然だろ。
「な……ならウチの何処がええんか言ってみ!?」
「いつも俺の話を楽しそうに聞いてくれること。どんなイベントも全力で楽しもうとしているところ。クラスメイトが困っていたらさりげなく手を差し伸べるところ。関西弁が可愛いと思っていてエセ関西弁で話そうとしているところ。可愛いって褒めるとまんざらではない感じで照れるところ。苦手な教科も真面目に勉強しているところ。些細な幸せを全力で喜ぶところ。子供や家族が大好きなところ。それと……」
「わああああ!もうええ!もうええ!」
いやまだだ。
まだ一番大事なことを伝えていない。
「俺の恋の行方が気になって、ここまでついてきてしまうところ」
「え?」
「本当は自分だったら良いのにって思ってるのに、素直に言い出せないところ」
「ちょっ!まっ!」
「為原じゃなくて自分を見て欲しいのに、それでも為原のことを嫌いになれないところ」
「ま、ままま、まさかウチの気持ちバレてる!?」
どれだけ一緒にいると思ってるんだよ。
気付かない方がどうかしてるってくらいバレバレだった。
だから俺が大樹の話をして、放課後ここに来れば絶対について来ると思っていた。
「こんなところで告白されたい、だろ」
「!?」
「絶対に幸せになって効果があるって証明してやろって思う、だろ」
「!?」
「健崎と一生幸せになりたいからここで告白したかった。でも健崎は切り株でも良いって言ってくれた。だから告白する決心がついたんだ」
「うう……もうそれ以上はかんにんしてぇ……」
照れる健崎が愛おしい。
いつもの快活な雰囲気がなりを潜め、女の子らしくもじもじする健崎を今すぐにでも抱きしめたい。
好きだ。
ずっと好きだった。
仲が良い女友達でなくて、恋人になりたい。永遠に一緒に居たい。
「好きだ健崎。俺は健崎と永遠に幸せになりたい」
最後にもう一度、健崎にとどめを刺す。
「あう……はうう……」
健崎からの答えはない。
何かを口にしようとして、言葉にならない可愛らしい何かが漏れるだけ。
だから俺は待つ。
ひたすら待つ。
一年待ったんだ。
このくらいどうってことない。
ふと、少し強めの風が吹いた。
不思議と失われたはずの大樹のざわめきが聞こえた気がした。
それが合図だったのか、健崎が真っすぐに俺を見た。
「…………よろしくお願いします」
「ねぇねぇ知ってる? 校庭のあの辺りに、昔伝説の樹があったんだって」
「伝説の樹?」
「なんでもその樹の下で告白すると永遠に幸せになれるんだってさ」
「え~何それ。漫画みたい。どうせただの噂話でしょ」
「それが本当にあったらしいよ。私の親が最後に告白したカップルなんだって」
「え!? 確か徳川さんのご両親って……」
「超ラブラブ。見てるこっちが恥ずかしくなるくらい。だから伝説は本当だったのかもよ」
「え~!じゃあ今度あそこで告白してみよっかな。跡地でも少しは効果あるかもしれないし!」
「あはは、跡地なら少しは伝説の効果も薄れて、永遠のバカップルにはならないかな?」