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第7話 お花の着物と煎餅


 冬がそこまで見えているように寒くなってきて、柚子は無奈と共に火鉢の準備をした。彼は「妖なので必要ないです」と言っていたが、ブルブルと足が震えていたので柚子が押し通したのだ。


「ほかほか、あったかいねぇ」


 豆太がコロコロ火鉢のまわりを歩く。じんわりと暖かくなりほっとする感覚は人間も狸もかわりないのだ。まだ子たぬきで毛皮も薄い豆太は特に寒さに弱い。柚子は彼がすくすく育つようにとそっと背中を撫でた。


 お昼前のゆっくりした時間、柚子はたぬきたちと一緒に居間でのんびりしている。無奈は自分の書斎に火鉢を置くため整理整頓しに戻っていた。


「おや、だれか来ますね」


 末吉が立ち上がり、耳をぴくぴくさせた。その直後、門の外から「ごめんください」と大きな声が聞こえ、柚子はつっかけを履いて門まで出迎えにいった。刺すように冷たい空気の中、腕をさするようにして肩を縮め、やっとのことで門まで辿り着き開けるふりをする。というのも、この門は無奈の妖力で、柚子の思うように開け閉めができるのだ。

 ただ、妖だと怪しまれないように手で開けるふりをするのだ。

 門の前に立っていたのは飛脚のお兄さんだった。こんなに寒いのに彼の体からは湯気がたち、肩まで着物を捲り上げている。


「ご苦労様です」

「古里柚子さんに、木枯屋からお荷物です。いやー、すみません。木枯さんは最近のいいお客さんで。見てくださいよ、この新しい股引なんか、いつも世話になってるからって見繕ってもらって……着心地がいいし、この松の柄がしゃれてるでしょう? ここには木枯のお嬢さんが嫁にきてるって聞いたけど、貴女が?」

「え、えぇ。両親がお世話になっております」

「お世話になっているのはこちらですよ! なんでも木枯屋にはひっきりなしに飛脚が必要なくらい反物やらが出たり入ったり。すごい勢いですからね。急ぎの時なんかはお駄賃はずんでもらっちゃったりして」

「実家は忙しそうで?」

「えぇ! そりゃもう! 最近、木枯屋にいた綺麗なお嬢さんがお嫁に行ってしまったのに不思議だねと噂になっているくらいですよ。確かに、とても綺麗ですね」


 お得意様を誉めるための言葉か、それともまだ若い飛脚の男性が柚子に対して素直に思ったことかはわからなかったが彼は柚子を「綺麗」と褒めた。柚子はそれが単純に嬉しくて


「めっそうもないですよ。さ、お荷物を」


 と照れたように言った。


 飛脚は柚子に木箱を手渡す際に「重いですよ」と声をかけてくれた。彼は軽々と持っていたが、中にはたっぷりの着物や反物が入っているらしい。


「えぇ、大丈夫ですよ」

「はい、では……」

「私が受け取りましょう」


 と飛脚が柚子に木箱を手渡そうとしたがそれを受け取ったのは、無奈だった。彼は、威圧的な優しい笑顔で木箱を受け取ると


「私の妻は綺麗ですね。気が合いますね」


 と言った。いつも通りの穏やかな柔い声だが、飛脚の男は笑顔を引き攣らせてお辞儀をすると丁寧に門を閉めて去っていった。


「さ、柚子さん。立ち話をしていては寒いでしょう。戻りますか」

「あの……なんか怒ってます? もしかして、あの飛脚さん妖か何かでした?」

「いえ彼は正真正銘の人間でしたよ。ささ、屋敷の中へ」

「すみません、運んでもらっちゃって」

「いいんです、いいんです」

「じゃあ、お言葉に甘えてありがとう」


 柚子は無奈に促されるようにして、彼の前を歩き屋敷まで戻った。体がキンと冷え、つっかけを脱いだ足の先がジンジンとする。


(無奈さん、飛脚が嫌いなのかしら?)


 無奈が引き戸を閉め、木箱をささっと居間まで運んだ。柚子は彼にお礼を言わなければと思いつつ、先に木箱の中身が気になって蓋を開ける。たぬきたちも無奈も木箱の中を覗き込んだ。


「うわぁぁ! 綺麗ね!」


 一番に声を上げたのは梅子だった。木箱の中にはたっぷりの反物。さまざまな色や柄の反物が詰め込まれていて、とても美しい。中にあった手紙には『結婚生活の暇な時間に裁縫でも』とあったが、裁縫をするにしては豪華すぎる反物を見れば木枯屋が繁盛していることがわかった。


「おぉ、これは」

「無奈さん、無事家は繁盛しているみたいです。あの、ありがとうございます」

「そう真っ直ぐに礼を言われると照れますね。はい、どういたしまして」

「ちなみに、どうやって木枯屋にご利益を?」

「僕は神ではないのでご利益なんて言い方は烏滸がましいですよ。えっとですね、織蔵さんに、小さなたぬきの焼き物をお渡ししました。招きたぬきですね。僕が商売繁盛を祈願して念を込めたものです」


 招き猫ならぬ招きたぬき。柚子は、木箱の中の反物を引っ張り出して吟味する梅子、梅子を止めようとしている末吉のお尻、火鉢のそばで大いびきをかいている衛門、いい子におすわりをしてお兄さんお姉さんを見守る豆太。たぬきは顔も体型もバラバラだが、木枯屋にある焼き物はどんなたぬきだろうか。


「あの、約束を守ってくださってありがとうございます。無奈さん」

「契約ですので。それに、商売繁盛の手助けは最初だけです。おそらく、何度もお客が訪れるのは僕のおかげではなく、ご両親の素晴らしい接客技術の賜物でしょう」

「契約だとしても……ありがとうございます」


 もう一度頭を下げた柚子の行動を理解できなかった無奈だったが、末吉が首をブンブンと横に振るので彼女に言葉をかけるのをやめた。


「あれ、ちょっと硬いお餅が入ってるわよ? 柚子ちゃん」


 梅子が、紙に包まれた白い何かを可愛い手で刺しながら聞いた。



***


庭先、七輪からは醤油の焦げるとても良い香りがあがっている。柚子は、炭火で「煎餅」を焼いていた。七輪の周りはまるで夏のように熱くなってきて、柚子は襟巻きを縁側の上に放り投げた。彼女の隣では、醤油と刷毛を持った無奈。


「はい、無奈さん。塗ってください」

「よっ」


 無奈はところどころ膨らんだ煎餅にじゅじゅっと醤油を塗りつけ、上がる湯気に目をしばしばさせた。


「これ、小さい頃からお好きだったんですか? 柚子さん」

「えぇ。この煎餅の生地を作るのは手間がかかるんですけれど、よく父が作ってくれましたよ。こうして庭先で煎餅を焼いて食べるのが家族の楽しみで。無奈さんも煎餅はお好きで?」

「焼きたては初めてですね。あの子たちが好きなので、よく買うのですが自分では食べません」


 縁側に行儀良く座っているたぬきたちはいつもより、もこもこ丸くなっている。なんでも外に出る時はあのように毛を逆立てることで、毛皮の中の空気量を増やし温めるそうだ。一方で、まだ毛の生え揃っていない豆太は無奈の懐の中にいた。


「柚子お姉ちゃん。あったかいお煎餅美味しい?」


 豆太がひょこっと無奈の懐から顔だけだして純粋な視線を柚子に向ける。


「えぇ、美味しいわよ。パリッとより少しだけもちっとするかなぁ。お醤油の香りも全然違うしね。でも、豆太君たちはちゃんと冷ましてからね」

「え〜」


 不服そうな豆太に声をかけたのは無奈だった。


「豆太、あと百年修行をして僕のように人間に化けることができれば暖かいものを食べられますよ。頑張れるかな?」

「頑張れます!」


 柚子は、慈悲たっぷりの視線を豆太に向ける無奈に一瞬だけ見惚れた。普段から穏やかな無奈であったが、そんな彼が優しい表情を浮かべるとよりそう見える。それと同時に、彼が「強い妖」であるようには思えなかった。


「さ、焼けましたよ。お先にどうぞ」


 柚子は懐紙に焼きたての煎餅をさっと挟んで無奈に渡した。その流れで七輪の空いた場所に新しい煎餅の生地を乗せる。


「良いのですか?」

「はい。でもみんなと分け合ってくださいね」


 無奈が煎餅を手にした途端、縁側で待機していたたぬきたちがいっきに庭に駆け降りてくる。「主様主様」とおねだりをする様子に、柚子は少し羨ましくなったが、次々と焼けていく煎餅をひっくり返しては醤油を塗りを繰り返す。時折、自分もかじって暖かい焼きたて煎餅を味わった。


「やっぱり炭火の香りが移って美味しいわあ! 柚子ちゃん、ありがとう」

「もっとなぁい?」

「すみません、僕も食べたいです」

「お姉ちゃん! もっともっと!」


 自分達の分を食べ終えて、柚子が焼きあげるのを今か今かと待っているたぬきたち。その後ろでは無奈が幸せそうな顔で煎餅に齧り付いていた。


「そっちのお皿にあるやつはもう熱くないから食べてもいいわよ。よく噛んで食べてね」

「はーい!」


 わしゃわしゃと皿に群がるたぬきたち、柚子は最後の一枚を焼き終えて懐紙に挟んで無奈に渡した。


「どうぞ」

「良いのですか? 最後の一枚ですよ」

「先ほど、木箱を部屋まで運んでくれたお返しです」

「おや、対価ですかな?」

「対価って言われると……まぁそうですけど」

「おや、妖のような取引は嫌なのでは? そうだ、柚子さん。縁側に座りましょうか」


 無奈は先に縁側に向かうと、腰を下ろし柚子に手招きをした。柚子は少し不安になりつつも彼の隣へ向かって腰を下ろした。


「さ、半分にして食べましょう。確かに、貴女をあの女たらしの飛脚から守り重たい木箱を運びましたが……お礼はいただきませんよ。僕は、妖として柚子さんに接するのをやめようと思うのです」


 無奈は半分割った煎餅を、自らの懐紙に挟んで柚子に手渡した。


「あ、ありがとうございます」

「嬉しかったですか?」

「え?」

「ですから、僕は木箱をいつも柚子さんがしてくれるようにお節介で運んだのですが……嬉しかったですか?」


(言い方以外は素敵なのだけど)


 柚子は、一度心で無奈の言葉を言い換えてから返事をする。


「ありがたく思いましたよ、重かったですし」


 無奈は安心したように柔らかい笑みを浮かべた。


「柚子さんは、ここへ来てから僕にたくさんの対価のいらないお節介をしてくださいましたね。食事を作ること、屋敷の掃除をすることや履物を磨くこと、それからたぬきたちの世話です。それでいて

、貴女は対価を求めない。そんな人間が不思議で……愛おしくてたまらなかった。ですから、僕もお節介を焼いてみたのです」

「で……そのお節介をしてみてどうでしたか?」

「今までにない気持ちでしたよ。柚子さんからもらった『ありがとう』が嬉しくて『すみません』と恐縮されると少し悲しい気持ちになりました。そこで初めて、僕が柚子さんのお節介に謝罪した時貴女が臍を曲げた意味がわかったのです」

「そ、そうですか……?」

「えぇ、わかりましたとも。ありがとうは嬉しいものですな。無論、妖にとって言葉などあまり意味をなさないものですので今までは理解できませんでした。でも、今はわかりますよ。えぇ」


 ニコニコ、彼は言ったが柚子は嬉しさ半分、心配半分で煎餅を齧った。


(次は多分、言葉選びね……)


「無奈さん、改めて……ありがとうございます」

「えぇ、どういたしまして。柚子さん」


 縁側で並んで、二人は煎餅を齧った。いつのまにか、七輪の炭火は消え冬の香りが漂っていた。


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