第5話 妖嫌いの村長とご挨拶
「なんだか、違和感がありますね」
「すみません、けれど村長さんはこの姿の方が好みのようで」
と言った無奈は、いつもの姿ではなく美しい灰色で長髪を頭の後ろでくくっている筋骨隆々な青年の姿だ。確かに、健康的で村のお年寄りからは頼りにされそうな雰囲気が漂っていると柚子は思った。
「きっと、村長さんと柚子さんは気が合うはずですよ」
「えっ、なんですか?」
「村長さんは妖が大嫌いなのです。しかも、たぬきの妖が特に」
「へぇ……そう言われると緊張しますね」
「すみません。今日は、よろしくお願いします」
柚子は、言葉が苦手な無奈と一緒に「妖嫌い」な村長の元へ行くのが少し怖かった。彼に少しでも妖であると疑われてしまえば、無奈も柚子も告発をされ殺されてしまうかもしれないのだ。ただ、木枯屋の名前が使えるのできっと疑われることはないと柚子は心を落ち着けるように胸に手を置いた。
「あの、無奈さん」
「はい? どうかされました」
「何があっても私の素肌に触れないようにしてください。あの、異能が……発動してしまうので」
「そうでしたね。もちろん、気をつけます。ちなみにどのように?」
「雷を打たれたように強い衝撃が走って、妖は黒焦げになります。一度、洗濯中に河童に不意をつかれたのですが、河童は黒焦げになって川を流れていきました。多分、死んでいたと思います」
「なるほど……、その程度で僕は死にませんが、あまり痛いのは好きではないので気をつけます」
「そうしてくれると助かります」
柚子は、色々と言いたいことはあったがとりあえず「触れないでくれれば良い」という結論を持って彼との対話を諦めた。無奈はどこか一言多いが、柚子もそれにだいぶ慣れてきた。
「ちなみに、村長さんとお話しされたことは? 無奈さんあるんですか?」
「えぇ、何度もありますよ。税を納める時なんかに少し。僕が嫁を取らないので次第に怪しまれるようになりまして……、仏像に向かって拝めとか言われるんですよねぇ。そんなこと妖を炙り出す意味なんてないのですが」
「ちなみに、妖を炙り出す方法なんてあるんですか?」
「あぁ、ありますよ。僕たち、たぬきの妖は月の満ち欠けで妖力を補充していますから半月の日にこの家を訪れれば良いのです。半月の日、僕はたぬきの姿になってしまいますからね。とっても弱いです」
「じゃあ、村長の家で何を食べても何をしても妖だとバレないんですね?」
「えぇ。僕はこう見えて数百年もの間を妖として生きているものですから。大変烏滸がましいですが、僕より暦の短い妖が神様として祀られている例もあるのです。つまりは、そこそこ強いのです」
なぜ、半月の日なのかとか神様に近い存在なのになぜ神になっていないとか柚子は疑問を色々と浮かべたが、あまりのんびりはしていられないのでぐっと飲み込んで準備を進めた。
***
村の中、商店街を抜けて一際大きな住宅が立ち並ぶ道をゆっくりと歩く。柚子の出身である村に比べたらかなり繁栄しているこの場所は、人通りも多い。
その中でも、無奈はかなり目立っていてすれ違うご婦人が彼に見惚れて立ち止まったり商店のお姉さま方が積極的に無奈に声をかけた。
(確かに、今の無奈さんはとても色男だし当然ね)
一方で無奈はそんなこと全く気にしていないようで「どうも」とか「今は買いません」とか全てに真摯に答えていた。
住宅街、村長の邸宅までの一本道までくると人通りが少なくなり村長宅の護衛なのか槍をもった護衛侍のような人たちがウロウロしていた。村長は元庄屋。つまりはこの辺の全ての人を取り仕切っていた家系ということだ。かなりの財力と武力を持っているということだ。妖だとバレないようにするだけでなく、できれば人としても嫌われないようにしなければならない。
「無奈さん、もうすぐですよ」
「えぇ、頑張りますね」
村長の邸宅はまるで城だった。大きくて立派な門の前には槍を持った門番が二人。無奈が「祝言前の挨拶に来た古里だと伝えると門番は手帳を確認して首を縦に振った。広い前庭を抜けると、中には建物が三つ。柚子たちが通されたのは来客用の一番小さい建物だった。
小さいと言っても、普通の住宅の三倍くらいの大きさのある立派な建物で、中に入ると板張りの廊下が広がり、二人が通された応接間はまるで高級料亭の個室のようだった。一枚板のしっぱな机を真ん中に、ふわふわの座布団が置かれ、床の間には立派な掛け軸と壺が飾ってあった。
「座ってお待ちください」
桃色の着物にフリフリの腰巻前掛けをかけた侍女が、二人にお辞儀をして襖を閉めた。出され緑茶は玉露で香り高く、柚子と無奈は顔を見合わせた。
「すごいですね」
「えぇ、毎回来るたびに驚きますよ。なんでも侍女さんが百人はいるんだとか」
「侍女だけで百人……、それはすごいですね」
しばらくして、襖が開き見るからに厳格そうな男性が部屋に入ってきた。柚子と無奈はそっと立ち上がり、彼に向かって頭を下げる。灰色、紋付袴を身につけた男は「座りなさい」と偉そうに言った。この言葉一つで彼が無奈を見下していることを柚子は感じ取った。
村長は「どしん」と上座の真ん中にある座布団の上に座って、強い視線を無奈と柚子に向けた。無奈はそれでも淡々と話を始める。
「この度はお時間をありがとうございます。本日は、私の妻となる人を紹介させていただきにまいりました。柚子」
突然、呼び捨てにされてドキッとした柚子だったが、なんとか表情を変えずに口角を上げるだけにとどめ、村長に向かって自己紹介をした。
「私は、木枯家から此度、古里家に嫁ぐことになりました。柚子と申します。木枯家は江戸の時代から木枯屋という反物屋を営んでおり少しでもこの村のお力になれることがあればお申し付けください」
「木枯家……?」
村長、松永堂太郎はきゅっと眉間に皺を寄せ柚子を見つめた。しばらくそうしていると彼は何かを思い出したように何度か頷く。
「木枯屋といえば、京にも店を持っていたね? 確か、跡取り息子が妖に殺されて没落していったとか。そうか、お嬢さんも嫁に」
「えぇ。その通りでございます。兄が妖に殺されたことで『妖に呪われている』なんて悪い噂がたち我が家は困窮寸前になりました。ですが、良い出会いもあるものですね。この村は妖の報告がほとんど出ていないと聞きましたよ」
柚子のおべっかに村長はたいそう嬉しそうに口角を上げた。ぐっとぬるい玉露を飲み干してとんと机に湯呑みを置く。
「ええ。もちろんですとも。この村は、妖を排除し、人間だけが立てた村なのです。無論、妖の強弱に関係なく駆逐しましたとも。無奈さんも全然結婚しない上、ご家族もいないので疑ってたが……そうか、木枯のお嬢さんが嫁に来たとなれば彼も妖ではないでしょうな、ガハハ」
無奈は何も言わない方が良いと悟ったのか、ただニコニコとするだけで柚子が松永の話に相槌を打った。
「古里家は森の方に邸宅を構えておられるが、そのあたりに妖はおりましたかな?」
「いえ、到着したのは昨日ですが特に……ご心配ありがとうございます。村長」
「もし、妖を見たらこの松永家に相談なさい。我が家は妖を誘き出し捕まえ確実に殺すことができますからね。あやつらは人間の子供が大好きだからね。子供を使って居場所を突き止め一斉に息の根を止める。近くに仲の良い子供がいれば妖は力を最大には使えんのですよ。ガハハ、何が妖だ、何が妖力だ。結局、人間以外は下等生物なのだよ!」
それから松永はどんな妖をどんな風に殺してやったかという武勇伝を大声で語った。鬼と戦った話、子供好きな猫又を罠にかけた話、天狗の子供を火炙りにして囮にし助けにきた天狗たちを火矢で撃ち落とした話。
どれもこれも残酷で身勝手な殺戮の話だった。それを松永はまるで英雄伝説のように語り自慢してみせた。
愛想笑いをする柚子をちらりと見た無奈は、彼女の手が机の下でぎゅっと強く拳が作られているのを見つけた。なぜ、妖嫌いの柚子がそんな行動をしているか無奈にはわからなかったが、柚子は不快感を感じていた。
「えぇ、もしも妖がいたらご相談させていただきますね」
「そうそう、それからあの森はたぬきもよく出るでしょう? うちはたぬき狩りも得意でね。田畑を荒らすわ臭いわ迷惑しているでしょう? 反物屋のお嬢さんだ、無奈君。家の周りの害獣駆除はしっかりとなさい」
無奈はいつものことなので「はい」とにこやかに返事をする。一方で柚子の鼻息が少し荒くなっていた。
「たぬきというのは、一つの巣穴に集まる習性があってね。一気にそれを潰して火を放てば中で丸焦げ。死体処理もいらない便利な生き物だよ、毛皮も使いものにならんからな、ガハハ」
柚子は愛想笑いを必死でしていたが、もう限界。一言この阿呆村長に言い返してやろうと一瞬口をつぐんだ。その時、無奈が彼女を遮るように話題を変える。
「松永様。本日は、妻の分も税をお納めいたしますのでご査収くださいな。祝言は明日なので少し早いかと存じますが……森は冬に備えて準備が多くなりますもので」
「おぉ、そうかそうか。明日が祝言。うーん、明日は都に呼ばれていてね。この税は祝い金としてとっておきなさい。君は不可思議だし結婚も長くしないからこの地に残る最後の妖だと疑っていたが……こんなに良い嫁さんを貰えたのだから頑張りなさい」
「はい、ありがとうございます。それではそろそろお暇しようか、柚子」
無奈は胸元に封筒を戻し、それから柚子に声をかけた。松永は一足先に部屋をさっさと出ていってしまう。
(豆太くんたちの家族を殺したのはアイツだわ……。嫌なやつ!)
柚子は怒り心頭のまま、案内役の侍女について歩く。一方で無奈の方は飄々としたまま穏やかな笑顔を浮かべていた。案内役の侍女はまだ若く、時折無奈を振り返ってみては頬をぽっと赤く染め恥ずかしそうに俯いた。
***
松永邸をあとにした二人はほとんど会話なく自宅へと戻ってきた。玄関へ入るなり柚子は大きな声で叫ぶ。
「なんなの? 絶対に許せないわ!」
「柚子さん、本日はありがとうございました」
無奈はポンッと音を立てていつものザンバラ髪姿に戻るとペコペコと頭を下げた。しかし、柚子の怒りは収まらない。
「たぬきも妖も何も悪いことをしてないのに殺して……なんなの? あんな奴の何が偉いのよ。あー不愉快だわ! 本当に不愉快! 一番不愉快よ!」
「柚子さん……あの、どうして怒っていらっしゃるのですか?」
「え?」
無奈は不思議そうに首を傾げて、言った。
「僕、柚子さんと村長さんは妖嫌い同士仲良くなると思ったんですけど」
柚子はわかっている。妖である無奈には人間の常識はわからないし、人間と長年交流していなかったから相手の気持ちを考えることもまだ彼には難しい。けれど、柚子はその一言がどうしても許せなくてまた、言い返す。
「私とあのクソ村長が一緒だってそう言いたいんですか?」
「柚子さんも妖嫌い、村長さんも妖嫌いですからね。まぁたぬき好きな柚子さんには辛い話もありましたでしょう? それは本当に我慢してくださってありがとうございます」
「私、あの人の妖を殺した話すごく不愉快だったんですよ? あんなのひどすぎます」
無奈は今度は反対側に首を傾げた。そして、また柚子の神経を逆撫でする言葉を発してしまう。
「妖嫌いなら妖が死ぬ話は嬉しいのでは? 柚子さんも妖がいない世界がよいでしょう? ね?」
柚子は、あの最低な村長と同じと言われた事にカチンと来て、彼を睨んだ。
「えぇ! 私だって妖なんか大っ嫌いよ!」
柚子が足を踏み鳴らし、彼女の部屋の襖をパシンとひどく閉める音が古里家に響いた。無奈はどうして彼女が怒っているのかわからず腕を組み考え込む。それを呆れ顔の末吉と梅子がこっそり見守っていたのだった。
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