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第3話 恥ずかしがり屋とどんぐり


 お昼寝中のたぬきたちが、転がっている居間をこっそりと出て、柚子は台所へ向かった。その途中、書斎の前に、空になった食器が載ったお盆が置かれていて柚子は少しにんまりした。


(結局、完食ね)


 結局、無奈は食べてくれたらしい。「どんぐりがあるから結構だ」なんて言っていたが、彼が完食してくれたことが柚子は素直に嬉しかったのだ。

 妖が人間と一緒に食事を食べると言うのは昔からよく聞く話である。例えば、狐の妖が稲荷寿司や油揚げが大好きなのは有名な話だろう。ただ、妖によっては腐ったものを好んだり、虫や魚を丸呑みにするのが好きだったりとするので必ず好んでくれるとは限らない。


 顔を合わせれば、なぜか柚子も素直に彼と話せないが、こうした前向きな感情が少しずつ出始めている。

 末吉曰く「主様は壊滅的に言葉足らず」なせいかもしれない。その壊滅的な言葉足らずを汲み取ってあげられるほど柚子は大人ではなかった。


 結局、たぬきたちが、料理をぺろっと平らげてしまったのでこの後の夕食に向けて再度料理をしなければならない。けれど、食材はたくさんあるから使ってしまわないと傷んでしまうし美味しく食べてくれる子たちがいるのでやりがいはある。

 柚子は、羽釜を外して洗い始めた。羽釜、土鍋、菜箸なんかの調理器具やおたま、食器の類を順に洗って拭いてやっと終わったかと思った頃には、日が傾き始めていた。

 そもそも、食休みと題してたぬきたちをもふもふしすぎたのだ。

 結局、洗い物と台所の掃除を終えた後すぐに夕食の準備をすることとなった。よく子沢山の母親は一日中台所にいるなんて話を聞くがそんな感じ。柚子は夕食の献立を考えながらせっせと準備をはじめた。

 屋敷の中にたぬきたちの足音が聞こえ始め、次第に騒がしくなる。多分、それぞれのお屋敷での役割である掃除やら整頓やらを始めたらしい。


 ほうれん草を湯掻き、お浸しを作っていると柚子は声をかけかけられた。声の主は、柔らかい優しそうな声をしている。


「あの……お食事をありがとうございました」


 柚子が振り返ると、そこには無奈が立っていた。彼は恥ずかしそうに後頭部を掻きながら何度もペコペコと頭を下げた。

 柚子は、彼がお礼を言いにきてくれたのだと思い期待を膨らませる。


「当然です。ひとりにだけ食べさせないなんて……そんな」

「僕はいらないと言いましたよね?」


 期待は無駄だったのかと柚子の表情から笑顔が消える。もちろん、押し付けがましく料理をおいたのは柚子の方だったしそれに感謝を求めるのは多少の恩着せがましさはある。ただ、面と向かっていらないなんて言われると傷つくものだった。

 心無い無奈の言葉に柚子は冷静に言い返す。


「それはそうですけど……貴方が人間の食べ物も食べると末吉君たちに聞いたので。それに、人間になりたいんですよね? なら、いつ訪問客が来てもいいように人間の食べ物を食べる練習をしておくべきかと思っただけですよ」

「柚子さんは……お優しいんですね」

「えっ?」

「妖がお嫌いなのに食事を作ってくださるなんて思ってもいませんでした。私たちは契約結婚。貴女は最低限自分のものだけ用意すればいいし、こんなことする必要はないのですよ」


 「こんなこと」なんて言われて柚子はだんだんと腹が立ってくる。料理をするのは別に苦ではないし、押し付けるつもりもなかったが「こんなこと」という言葉は無神経にも程がある。

 ならば、従者だけに料理を食べさせて、家の主人にはどんぐりを食わせていればよかったというのもおかしな話だ。


「べ、別に……お金のためです。ここでしっかりとお役目を果たせれば父と母を幸せにできるんです。私だって、貴方と同じ契約結婚であること理解くらいしています!」


(どうせ食べたのなら、美味しかったとか嬉しかったとかそういう言葉が欲しかったわ)


 まさに売り言葉に買い言葉、無神経な無奈の発言に柚子は脊髄反射で言い返す。さすがの無奈も「お金のため」と言われたのが心に響いたのか、ぎゅっと瞬きをした。そして、彼はもっとも不正解の回答を口にする。


「もっと、お金を差し上げましょうか? それならば働かずに済むでしょう?」


 そこからは口火を切ったように柚子は無奈に言い返した。そして無奈は一番最悪の回答をし続ける。


「働かずにって……じゃあ、無奈さんは食事が食べれなくてもいいのですか?」

「えぇ。必要ありませんよ。僕には大好きなどんぐりがありますしね、えぇ」

「そうですか……あれは必要なかったんですか……」

「ですから、どのくらいの金銭があれば料理をしなくてすみますか? いくらでも用意しましょう!」

「結構です! 私、美味しいご飯を食べるのが大好きなので勝手に作って勝手に食べますから!」


 柚子がぷいっと背中をむけて、結構乱暴に野菜を切り始めたので、まずいとばかりに無奈は退散した。


「一言、美味しいって言ってくれたらいいのに! やっぱり妖なんか大嫌いだわ!」


***


 人間は、怒っている時にいつも以上の力を発揮するというのはあながち間違えではない。柚子は無奈に対する怒りからか、夕食は大変豪華なものが出来上がったのだ。

 主菜は干物。副菜にはほうれん草のおひたしと揚げ出し豆腐、それから高菜の辛子和え、ゆで卵をニンニク醤油につけた漬卵。ご飯はキノコをたっぷり使った炊き込みご飯。その分、お味噌汁はわかめでさっぱり。

 人間ように盛り付けると立派な御前になるが、たぬきたちは「ねこまんま」にするのであまり見た目はよくない。

 柚子は、居間へ料理を運んでいる時、やはり書斎が気になった。ぴったりしまった襖の先に彼はいるのだろうか? 先ほどはあんなふうに喧嘩をしてしまったけれど、一人さもしくどんぐりを齧っているのではないか。



 柚子は立ち止まって数分悩んだ後、手に持っていた自分用の御膳を書斎の前にそっと置いた。けれど、喧嘩してしまった以上声がかけにくく、そのままそそくさと台所へと戻った。もう一度、人間用の御膳を用意し、それからたぬきたちのために作ったねこまんまがしっかり適温になっているか確認する。

 特に、幼い豆太用のものはちゃんと冷まして硬い食材は少し潰したり、干物はほぐし身にしてある。

 

 片手に御膳、片手にねこまんまを2杯分乗せたお盆を持ち、居間へ向かうとお腹を空かせたたぬきたちがおすわりをしてブンブンと尻尾を振っている。


「はい、末吉君と右衛門君。梅子ちゃんと豆太君のはすぐに持ってくるね」


 急いで台所に残りを取りにくと、パシンと遠くで襖を閉める音が聞こえた。柚子は気になって廊下に顔を出して見ると……


「あ……なくなってる」


 廊下の奥、書斎の前に置いておいた御膳がなくなっていた。おそらく、彼が食べるために取っていったのだろう。柚子は、大きくため息をついた。

 きっと、あの襖の奥でご飯ができるのを心待ちにしていたのではないか? 聞き耳を立てて。気が付く速さから彼が本当は食べたかったのだと察した柚子は一歩廊下へと踏み出した。


「あの! ぜひご一緒に居間でいかがですか?」


 柚子は書斎に向かって声をかけたが、無奈からの返事は返ってこなかった。食事はとっても、一緒には食べたくないものと判断し、彼を誘う事を諦めて残りのねこまんまを居間へ運ぶことにした。

 居間には、ねこまんまを待っていた梅子と豆太。それからもう食べ終わっている衛門。梅子と豆太の分が届くまでいい子で待っていた末吉。


「ごめん、お待たせ」

「とっても豪華! 美味しそうね! ってもう衛門は食べちゃったけど……」


 衛門は仰向けに寝っ転がってぐーぐーといびきをかいている。彼がちょっと丸いのは多分食事の後すぐに寝るせいだろう。


「あれ、その緑の和え物は僕たちのお皿にはないですね……?」


 末吉が柚子の御膳を覗き込んでいった。


「あぁ、これは高菜の辛子和えだから。ピリッと辛いのは鼻の良いたぬきさんたちには刺激が強すぎると思って」


 柚子の考えた通りだったらしく「あぁ〜」と三匹は頷いた。柚子も小さい頃はこの辛子和えが苦手で克服したのは大人になってから。鼻にツンとくる風味を楽しむのはやはり子供には難しい。


「いただきまーす!」


 その高菜の辛子和えをご飯にちょんと乗せて頬張れば、ピリリと辛い高菜とほくほく炊き込みご飯が口内調味されてちょうど良い塩梅になる。ピリっとした辛味のあとは、甘めの揚げ出し豆腐をいただき、熱々の干物の身を頬張れば魚の脂の甘みが際立った。お口直しに、漬卵やあっさりしたほうれん草のおひたしや熱々のわかめの味噌汁もちょうどよく、柚子は自分でも満足のできになったと感じている。


「豆太君の干物はちゃんとほぐし身にしてあるからね」

「わぁ、ありがとう。とっても美味しいなぁ。僕まだ歯が揃ってないから皆んなみたいに骨は食べられないんだぁ」


 可愛い子たぬきに「美味しい」「ありがとう」をもらって大満足の柚子は、ご飯を口に運ぶ。梅子も末吉も夢中でがっついていた。たぬきらしく干物は骨も頭もバリバリと噛み砕く。その姿は勇ましさすらあった。

 昨夜までは、ここでの暮らしが不安だったのにそんなことはどこへやら少し楽しいとすら柚子は感じている。可愛いたぬきたちのお世話をするのは苦ではないし、むしろ柚子にとっては少し幸せですらあった。


「そうだ、柚子さんは好きな食べ物はありますか? 果物とか!」


 末吉の質問に先に答えたのは梅子だった。


「私はビワかしら、ねぇ末吉」

「奇遇ね、私もビワが好きよ。梅子ちゃん。果物は嫌いなものないかも。桃や野いちごも好きだし……どうして?」

「実は、この森でたくさんの果物が取れるんです。僕と衛門はどんぐりや木の実を拾いに行くんですがそのついでに果物が取れることも多くて。こんなに美味しい食事をいただいてますから、ぜひお礼にと」


 末吉君の優しさに感動した柚子は「気にしなくていいのよ」と言いつつ、森に成る豊かな果実に想いを馳せた。甘くてとろとろのビワ、ちょっと酸っぱいけど芳醇な野いちご。どんぐりが取れるならイガグリも拾えるはずだから、甘く煮て栗ご飯にするのもいいかもしれない。


「今度一緒に拾いに行きたいわ。森を案内してもらいたいかも……」

「ぜひ! 行きましょう。僕と梅子が案内しますよ。熊が出ない道があるので安心安全です!」

「えぇ、じゃあ落ち着いたら行きましょうね。雪が降ってしまう前に」

「私、この森中にある果物の場所を知っているの。感謝してよねっ」


 そんな楽しい会話をしつつ、ねだられればおかわりを用意して楽しい夕食の時間は過ぎて行った。柚子の残した干物の骨と頭は知らぬ間に目覚めていた衛門が綺麗に食べ尽くし、全員のお皿が綺麗になった頃、柚子にも眠気が襲ってきた。


 明日の午後は、嫁入り道具(仮)の搬入と祝言を前に村長への挨拶がある。柚子としては、無奈と仲直りしておかないとという焦りがあった。契約結婚の目的は、無名が人間であると村長が認めることなので、村長宅で喧嘩をするのは絶対に避けたいのだ。それどころか、柚子の表情一つで村長が「妖に嫁がされた女」だと気が付く可能性がある。そうなれば、柚子も、木枯屋もこの可愛いたぬきたちも皆殺しになるだろう。それだけは絶対に避けないとならないのだ。


「あのさ、末吉君」

「どうしました? 柚子さん」

「どうして、無奈さんは一緒にご飯を食べてくれないのかなって思って。さっきも、一応書斎の前にお膳を置いて、誘ってみたんだけど返事がなくて」

「あぁ……」


 末吉と梅子は顔を見合わせて、目をしばしばさせた。やはり、なにやら事情があるらしい。柚子はおそるおそる「聞いてもいい?」と言った。末吉は


「はい。主様は多分人間として人間の食べ物を食べる所作がわからないのだと思います。だから、お行儀の悪い姿を柚子さんに見せるのが恥ずかしいのかも。それをうまく伝えられなくて、おかしなことを言いませんでしたか?」


 柚子は大いに心当たりがあった。彼は、昼間に「自分に人間用のご飯は作らなくても良い」と言っていた。その時は、まるで柚子が恩着せがましく作ったような言い草であったが、彼なりに遠慮していただけだったのだ。せっかく作ってもらったのに、作法を知らない自分は一緒に食べられないから作ってくれるのは申し訳ない。と言いたかったのかもしれない。


「言っていたわ。こんなことしなくていいって言われたけど……もしかして遠慮だったのかしら?」

「あ〜、主様はなんでそんなこと言っちゃうかなぁ〜! どうして素直にお話しないのかしら!」


 梅子が頭を抱えてバタバタと足踏みをする。その横では末吉も同じように頭を抱えていた。


「不思議に思ったのよ? だって、さっき書斎の前においた御膳がすっと消えるようになくなったし本当は食事をするのが好きなのにどうして、作らなくていいとか言うのかしらって。そういうことだったのね……気にしなくていいのに」

「あーあ、主様。人間が作法を大事にするって言ってたものね。私たちに。なのに自分ができないから恥ずかしいなんて嫌になっちゃうわ〜」

「本当ですよ。柚子さん、主様多分本当はすごくすごく一緒に食べたいと思ってるはずです。大変失礼なことを柚子さんに言ってしまった主様ですが……よければまた誘ってやってくれませんか?」


 うるうるした瞳でお願いする末吉に断ることなんてできなかった柚子は「わかったわ」と返事をした。すると、どうやって彼を誘うべきか考えていた柚子の膝を小さな手がちょんちょんと叩く。豆太が柚子のそばに座って、コロンと何かを床においた。


「どんぐり……?」

「柚子お姉ちゃん。主様とぼくはどんぐりが大好きなんだっ。どんぐりはね、栄養満点で大きなくまさんも食べるんだよ!」


 まんまるでつややか、可愛らしい帽子をかぶっているようなどんぐりがコロコロ転がった。手に持ってみるとずっしりと身が詰まっているのがわかる。どんぐりといえば、柚子にとって非常食的な感覚だったが……。


「ねぇ、豆太君。どんぐりもっとある?」

「うんっ! 納屋の奥にたくさんあるよ! 柚子お姉ちゃん、お料理してくれるの?」

「えぇ。明日の朝。とびっきり美味しいお料理を作るね。じゃあ早速準備だ!」


 明日の朝はとっても早起きをする覚悟をしつつ、柚子はどんぐりの仕込みを始めることにした。


 豆太たちの案内で納屋の奥にたくさんのどんぐりが収納している袋を見つけた柚子は手鍋に半分くらい入れて、水に浸しておく。もうすっかりあたりは真っ暗で綺麗な星空が顔を出していた。

 森の中にあるこの邸宅は、シンと静かで夜鳥の声がホウホウと響いている。キンと冷える空気の中、柚子たちは急いで井戸の蓋を閉めた。


「どんぐり、濡らしちゃうんですか?」

「えぇ。これは灰汁抜きと言って苦味や渋味を緩和させるの。あと、殻の中にいる虫も退治できるしね」

「へぇ……、僕たちこのままむしゃむしゃ食べるんですか確かに、ちょっと渋いやつもあります」


 末吉はそう言いつつ納屋の扉を器用に閉めてくれる。水に浸したどんぐりを台所に置いて作業はおしまい。あとは、もっとも勇気が必要な行動が残っている。柚子は、胸に手を当てて小さくつぶやいた。


「悪い妖がいればいい妖もいる。悪い人間もいればいい人間もいるのと同じ」


 ゆっくりと板張りの廊下を歩き、彼のいるであろう書斎に向かうと書斎の前には綺麗に空になった御膳が置かれていた。御膳を少し避けて、襖の前に座ると柚子は声をかける。


「あの、起きていらっしゃいますか」


 しばらくの沈黙ののち「はい」と答えが返ってきて襖が開いた。書斎は四畳半ほどの広さで壁は全て本棚になっていた。その本棚に囲まれるようにして小さな文机がある。ちょうどその真ん中あたりに無奈は立っていた。本を読んでいたのか。丸い眼鏡をかけている。


「ど、どうかしましたか? あっ、風呂ならお先にどうぞ。僕は妖の能力で必要ないので……」

「違います。というか、人間になりたいならお風呂は……ちゃんと入ってください。そうじゃなくて、その……」

「は、はい……?」

「明日の朝は、一緒にご飯を食べてください。手で食べられるものを用意するので。それに、私は別に作法など気にしませんし。村長の家に招待されたらどうするんですか。とにかく、明日は一緒に食べてくださいね!」


 言いたいことを言い終えると、柚子はぴしゃりと襖を閉めてしまった。というのも、無奈の無神経な言葉はわかっていても柚子は怒ってしまうし、怒って仕舞えば心にもないことを言ってしまう恐れがあったからだ。


あとは明日の朝、彼が朝食を食べてくれるかどうかであるがそれはもう神様しかわからないので柚子は考えるのをやめた。

 けれど、柚子は恋をしているみたいにドキドキとする胸を抑え、急足で風呂へと向かった。


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