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第11話 黄金色の栗きんとん


 柚子が目を覚ますと、そこは屋敷の中だった。しかし、自分の寝室ではなく居間。


「おや、おやおやおや??」


 いきなり柚子の視界に入ってきたのは、張り付いたような笑顔の男。尾崎だ。彼は宮司の姿のまま柚子を覗き込んでいる。


「尾崎……さん?」

「無奈。お前の嫁さんが目を覚ましたよ」


 ドタドタとした足音の後、焦った様子の無奈が居間に姿を著した。


「柚子さん!」

「あぁ、無奈さん。あの、すみません。その……」

「よかった。よかった。オサキ、お前が力を貸してくれなかったらどうなっていたことか。あぁ、よかった……」


 柚子は手のひらと脇の下の痛みがすっかり消えていた。体を起こして手のひらを見ると綺麗に治っている。


「俺は高明な医師でもあるのだよ。あぁ、無論君に妖力は宿らないから安心したまえよ。もうびっくり元気なはずだよ。普段、俺がこんなことは人間にしてやらないけどね。でもね、君はきつねに恩をうったろう? きつねの命を救ったろう? だから俺が君の命を助けたのだよ」


 尾崎の話によれば、柚子が長く戻らないことを理解したたぬきたちが、半月の眠りについた無奈を叩き起こした。そして、無奈は大きなたぬきの姿のまま、尾崎に助けを求めにいった。尾崎は、森に住むきつね族のものたちに号令をかけたが、きつね族はなかなか集まらなかった。なんでも、一匹の子きつねが行方不明になっているらしい。

 そこで、尾崎は古里邸に戻り、柚子の依代である髪留めを手に少し先の予知を始めた。柚子の姿はとらえたものの、同じような景色の森の中、山の中。尾崎にはどうすることもできなかった。


 明け方も近くなった頃、尾崎のもとに一匹のきつねがやってきた。彼女は「山の中腹あたりで子きつねを抱いた若い人間の娘がいた。彼女が罠にかかった子きつねを助け、温めて親元に帰した」というのだ。そして、彼女はあのままでは死んでしまう。助けてくれというのだ。この言葉で尾崎の妖力が一気に増幅した。

 妖がその妖力を大きくすることができるのは「恩返し」と「復讐」の時である。尾崎は、柚子の依代を手に彼女の場所を鮮やかに見つけ、まだ妖力の戻りきっていない無奈に妖力を一時的に分け与えた。


 尾崎の力によって、無奈は正確に柚子の場所に辿り着くことができたのだ。



「あの……あのきつねの子供と豆太君は無事ですか?」


 尾崎がにへっと笑うと、近くにいた豆太をぽいっと柚子の方へと投げた。


「そのたぬきは、君が探すよりもずっと前にきつね族が保護していたよ。ぬくぬく、きつねの巣穴で眠っていたそうな。それと、君が命を救ってくれたあの子は元気だよ。今度お礼をしにくるってさ。さてさて、無奈。俺はそろそろかえろうかね」

「オサキ……本当に助かった。我ら一族。生涯をかけて君に協力すると誓おう」

「おやおや? いいのかい。我々は子供を助けたお返しにこの子を助けたんだ。すでに貸し借りはすんでいるよ?」

「柚子は……僕の命よりも大切な人なんだ。恩人であり、妻である。だから、君が返してくれた恩は大きすぎる。そのうえ、豆太も助けてもらっているし……。とにかく、何かあったら僕を頼ってくれ」


 豆太が柚子の腕の中できゅっと小さくなった。


「うむ。君の感情がどうであれ僕は救われた命ひとつの恩を命ひとつ救って帰しただけのこと。そうだなぁ、そうだなぁ。じゃあ、柚子さん。台所にあった美味しそうなアレ。少しわけてくれやしないかい?」

「美味しそうなあれ……ですか?」

「あぁ、我々きつね族は黄金色のものがだぁいすきでね。しかも、甘くて妖力を補給するのにぴったりなあれ」

「あぁ、栗きんとん。作ってたんだったわ。無奈さん、台所の木箱の中に栗きんとんがたっぷりつくって保管してあるので……人数分のお皿と竹楊枝を持ってきていただけますか? たくさん作ったので多分、みんなで食べても余るくらいです」


 昨日の夕方、仕込んでおいた栗きんとん。栗はあまり拾ってこなかったが、さつまいもが結構多く納屋に保管してあったので量ができたのだった。甘さを強くしたので保存が効くし、柚子が結構な量を作っていたのが好転した。

 柚子は体を起こすと、ぎゅっと豆太を抱きしめて解放してやる。無奈やお兄さんたちに怒られたのかしょんぼりしている豆太に柚子は微笑みかけた。


「豆太君が無事でよかった。きつねさんたちとは仲良しなの?」

「お姉ちゃん、ごめんなさい」

「いいの。豆太君が無事で本当によかった。怖くなかった? 痛いことは? 寒かったよね。ごめんね。私が栗拾いに行くときに声かけてあげればよかったよね」

「お姉ちゃん、怒らないの?」

「怒らないよ。だって、豆太君は無奈さんのためにどんぐり。拾いに行ってくれたんでしょう? 無奈さん、どんぐり好きだもんね」

「うん。主様、お月様半分の日はずっと苦しそうに眠っちゃうんだ。だから、起きた時にどんぐりがたくさんあったら嬉しいかなって思ったんだ。でも、僕ひとりで森に行ったらいけないって言われてたのに……」

「豆太君、次は一緒に探しに行こうね。もう謝らなくていいからね」


 豆太と柚子が話し終えた頃、無奈が栗きんとんを居間に運んできた。


「無奈さん、ありがとう。みんなの分取り分けますね」


 柚子は木箱に保管していた栗きんとんを木さじで掬って小皿に移していく。ぽってり、黄金色の栗きんとん。目を輝かせたのは尾崎だった。


「おぉ! これは見事な黄金色。くちなしの実を使いましたね? おぉ、素晴らしいなぁ」

「ええ。甘くて美味しいはずですよ。これは無奈さんが妖力を回復するために作ったので少し甘すぎるかも……ですけれど」


 客である尾崎に渡してから、次に無奈、たぬきたち。そして柚子は自分の分を少し皿に盛り付けた。さつまいもをちゃんと裏漉ししているので滑らかな舌触りと、甘露煮にした栗がごろごろと入っていて食感も楽しい。少し甘めだが、栗の香りが鼻を抜けクドくはない。


「美味しいなぁ。無奈、これ少し持って帰ってもいいかい? うちの巫女たちも喜ぶなぁ」

「えぇっ、これは僕のために柚子さんが作ってくれたものだからな。うーん、嫌だなぁ」

「おやおやおやおや、先ほどなんでも頼んでくれって言ったのはどのたぬきだい?」

「ぐぬぬ……柚子さん。少しオサキのため包んでいただけますか?」

「えぇ。もちろん。尾崎さん。怪我まで治していただいてありがとうございます。そうだ、よければ今度何かお作りしましょうか。お好きなものは? よければ神社の皆さんの分も」


 尾崎が考え込んでいるあいだ、たぬきたちはもちゃもちゃと栗きんとんを味わった。柚子は、尾崎、無奈のために暖かい緑茶を入れる。


「柚子さん、この栗きんとん。美味しいですねぇ。僕の妖力ために作ってくださったと思うとさらに」


 無奈は何度もおかわりをしつつ、そう言った。


「喜んでもらえてなによりです。はい、尾崎さん」


 柚子は尾崎が持ち帰る分の栗きんとんを包んで彼に渡した。尾崎は嬉しそうにニコニコして栗きんとんを受け取った。彼は、ふと縁側から見える外をみて


「そろそろ降り始めるね。きっと大雪になるだろうね。柚子さん、俺たちは甘く煮たお揚げさんにたっぷり生姜の酢飯を詰め込んだ稲荷寿司が大好きでね。よければ次の参拝の時に作ってくれたら嬉しいよ。それじゃ」


 しゅん。と彼は消えるように去っていった。どうやら、甘い栗きんとんをたくさん食べて妖力が強くなったらしい。


「無奈さん。あの、ありがとうございます。その……それと勝手な真似をしてすみませんでした」


 柚子は、豆太を探しに行く際に彼を頼らなかったことを謝罪した。もし、あの時柚子が無奈を頼っていれば、このような事態にはなっていなかったはずだだと柚子は考えたのだ。


「柚子さんが謝ることはありません。何一つとしてありませんよ。むしろ、僕の従者をそれまで大切に思ってくださっている。それがとても嬉しかった。それに……柚子さんの気持ちが伝わりました。あの時、僕が手を伸ばした時。貴女は異能が発動しないように願ってくださった。そうでしょう?」


 柚子は、あの時のことを思い出した。柚子自身が助かりたいという思いよりも無奈を巻き込みたくない。傷つけたくないと思ったのだ。ただ、その一心で強く願った。そのおかげか、異能は発動しなかった。


「はい。私も無奈さんもずぶ濡れでしたからもしも……異能が発動したら貴方を殺してしまうと思ったから。でも、よく考えたら……妖は死にませんものね」


 柔らかく笑う柚子に無奈は答える。


「いえ……半月の明け。まだ妖力が戻りきってない僕であればわかりません。あの時はオサキの妖力を借りていただけでしたし。貴女だけは助けましたけど。えぇ、絶対に。ほら、試しに」


 無奈は不意に柚子の手に触れた。すると、バチン! と雷がはじけるような音がして無奈の脳天に小さな雷が落ちた。彼は普段かボサボサの髪の毛がさらにボサボサになり、煤に塗れたように汚れてしまった。


「無奈さんっ?」

「こんな感じで、異能は消えていません。コホン。ですから、柚子さんの強い気持ちであの時は異能が出なかった。僕を思ってくださった。それが嬉しいのです」

「あの……だいじょうぶですか?」

「えぇ。少しビリッとしましたけどね。この程度でしたら問題ございません」

「そうですか……?」


 無奈はそのまま柚子の手を握りゆっくりと彼女を見つめた。ほんのりと暖かい体温が伝わって柚子の手がぽかぽかと暖かくなる。


「柚子さん。今日は雪が降るでしょう。多分、結構積もると思います。森は雪が溶けにくい。きっと春になるまで溶けないでしょう」

「えぇ。そう思います。冬のうちは森や山に行くのは避けますね」

「えっと……だから、この栗きんとん。えっと、その……」


 無奈は言葉につまり、きゅっと柚子の手を握る。


「もう今年は作れないんです。栗きんとん。栗が拾えないですよね?」


 雪が山や森に積もれば落ちている栗は雪の下に埋もれて腐っていく。だから、次に栗を拾えるのは来年。

 来年はもう契約結婚の期間が過ぎてしまっている。無奈はそう言いたいのだろうと柚子は思った。


「えぇ。きっと、栗を拾うのは来年になりますね」

「あの……僕は来年も食べたいと思っています。美味しくて甘いこの栗きんとんをです。柚子さんが愛情を込めて僕のために作ってくださるこれを。来年もです。柚子さんは実家が恋しいかもしれないけれど、僕のわがままを聞いてくれますか?」


 柚子は、無奈が「来年も」と言ってくれたことが嬉しかった。彼は、以前契約結婚の期間を縮められるかもと言っていた。柚子はてっきり無奈が契約結婚を早く終わらせたいのかと思っていたのだ。無奈にとって「村長に人間だと認められる」という目的が果たせた以上、柚子は用済みになったのではないかと思っていた。

 

 けれど、そうではなかった。彼は命懸けで柚子を助けにきて、そしてまた来年も一緒に栗きんとんが食べたいと言った。

 「来年も」という彼の言葉が柚子にとってはとても嬉しいものだった。


「来年……。私、ここでの暮らしも気に入っているんですよ。可愛いたぬきさんたちに囲まれて、自然も豊か。村へ降りていけばなんでも売っていて。だからきっと、来年は一緒に栗を拾いに行きましょう。まだ、妖は怖いし嫌いだけれど……でも無奈さんや尾崎さんのおかげでいい妖もいるのだとわかったような気がするから」


 無奈がぱっと嬉しそうに笑顔になった。彼は彼で、懐かしそうに実家の話をする柚子が「早く帰りたい」と思っていると勘違いしていたのだ。

 柚子も可愛らしいたぬきみたいな笑顔に釣られて笑った。消して約束するわけではない言い方であったが、柚子が本心から語っているということは無奈にも伝わった。


「妖と約束はしてくれませんか?」

「どうしましょう。まだやめておきます」

「ええっ、いいじゃないですか。約束。妖は絶対に守りますよ!」

「私、人間ですよ? 病とかで死んでしまうかも?」

「いいえ、絶対に僕が死なせませんから。えぇ、約束しましょう。蘇りの術でもなんでも使ってやりますよ。えぇ。」

「やだ、無奈さん怖いですよ。私、屍人となって蘇るなんて」


 バチン、と無奈に小さな雷が落ちる。柚子は握っていた手をぱっと離した。


「すみません、痛かったですよね」

「いえいえ、僕こそ変なことを言ってしまったようで……反省です」


 今度は柚子からそっと彼の手を握る。異能は、発動しない。大きくて骨張った手。


「いいですか、無奈さん。約束してください。もし私がいつか命を終える時が来たとしてもそれを受け入れるって。人間は妖と違って死にますから。でも、もし私が何か思い残したことがあったら、そうね、きっと可愛く素直な子に生まれ変わりますから、その時は見つけてくださいね」


 気が強そうな猫目がきゅっと細まって笑顔になる。彼女は前世にかけられた「妖に触れられない呪い」を自分の武器にしてしまうほど勝ち気で、強気で凛としている。


「もう見つけてますよ。僕はずっとずっと探していたんですから」

「え? どういう意味ですか?」


 無奈にしかわからない答えに柚子が不思議そうに首を捻った。無奈は彼女の疑問に答えることなくただ微笑んだ。なお、柚子は不可思議なことをいった彼を可愛らしく睨んだ。


「柚子さん、主様! 雪が降ってきましたよ!」


 末吉が縁側から駆け込んできてブルブルと体を震わせる。


「無奈さん、薪を台所の土間に運ばないと! それに大雪になるなら納屋の食材もこっちに移さないと。行きますよ!」


 柚子は、猪のような勢いで居間を飛び出していった。無奈はせっかくの会話をもっと続けたいと思っていたが、そうそう上手くはいかない。彼女の手を握った感触を噛み締めながらのんびりしていると台所の方から柚子が叫んだ。


「無奈さん! 早く手伝ってくださいな!」


 妖嫌いであった柚子が、こうして無奈を頼ってくれている。その事実が無奈にとっては大きな一歩だった。


「はい、今行きますよ」


 大きな声で返事をして、ニコニコの笑顔で台所へと向かう。ぶんぶん揺れる尻尾。これから訪れる長い冬。古里家は問題なく過ごしていけるのではないかと柚子も無奈も思うのだった。



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