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第9話 いが栗と甘党

 柚子は、門の周りの掃除を終えて朝食の支度をしていた。なんでも無奈が朝方鱒を人数分渡してきたので囲炉裏で炉端焼きにするため内臓の処理などをしている。といっても、内臓もたぬきたちが食べるのでほとんど捨てる部分はない。


「そういえば、私の実家の付近は川魚が有名なんですよ」


 柚子は「手伝い」と称して台所でウロウロしている無奈に話しかけた。なんでも「人間の真似事」にはまっているらしい彼は柚子と一緒に料理がしたいらしい。

 ただ、あまり役には立たないので皿をしまったり運んでもらう役目を柚子が彼に任せている。


「そうですか。確か、河童に襲われたと言っていましたもんね。河童は綺麗な河川を好みますから」

「えぇ。黒焦げなってましたけど、死んだのかな」

「いえ、おそらく柚子さんの異能が雷を落とすものだとして河童の体が水に濡れていたから気絶したんでしょうね。けれど、河童という妖は火に焼かれても死にませんし、たとえ肉体が力尽きても魚や虫に取り憑いて新しい体が出来上がるまで命を繋ぎますから。あぁ、あれですよ。皿を割ったら殺せると言うのは河童族が死を偽るために流した噂ですからね」

「お詳しいんですね……」


 柚子に褒められた無奈はご機嫌に尻尾を揺らした。彼はこうして柚子に知識を披露して褒められると感じると尻尾をご機嫌に揺らす。


「あぁ、河童族はあまり我々と仲が良くなくて。たぬきは泳ぎが苦手ですからね。河童たちは力を誇示するために我々たぬきの妖を川にひきづり混むのですよ。僕も泳ぎはてんでダメです。柚子さんは泳ぎが得意で?」

「えぇ。実家の近くに大きな河川があって、子供の頃に親と一緒に泳いでいました。美しくて冷たくて魚がたくさんで……」


 柚子は、遠い目をして懐かしむように何度か瞬きをした。


「地元にお帰りになりたいですか?」

「えっ……?」


 無奈があまりにも悲しそうな声を出したので柚子は驚いて彼の方を見た。先ほどまでご機嫌に揺れていた尻尾は元気をなくし、しょんぼりと垂れ下がっている。


「私、そんなこと言いましたか?」

「とても寂しそうな顔をしておりましたので」

「もちろん、慣れ親しんだ場所なので懐かしくなることはありますけれど……あっ、いけない」


 吹きこぼれそうになった鍋を慌てて竈門からあげて、下ろす。危うく美味しい味噌汁がダメになるところであった。


「お怪我は? 大丈夫ですか柚子さん」

「大丈夫。無奈さん、末吉君たちの分のお皿をお願いします」

「はい、すぐに」


 柚子は「懐かしいだけでこの場所も気に入っている」という言葉をすっかり忘れて料理に戻った。


***



 朝から豪勢な鱒の塩焼きを食べた柚子は、末吉と梅子と森へやってきていた。びゅうびゅうと吹き付ける風が木々の間を通り抜け、柚子たちを撫でつける。


「柚子ちゃんが作ってくれたちゃんちゃんこをお陰でほかほかだわ」


 柚子は、両親が送ってくれた反物でたぬきたちにちゃんちゃんこを作ってやったのだ。最初はまだ毛が生え揃っていない豆太の分だけだったが、結局他の三匹にもねだられた。最高級の反物で作ったともあって見栄えもよく、可愛らしい。採寸は少し大変であったがとてもやりがいのある作業だった。


「うふふ、喜んでもらえてよかった」

「あっ、みっけ!」


 末吉が、柚子より少し先でパシパシと足を踏み鳴らす。彼の足元には大きな丸いトゲトゲ。イガ栗だ。片方はぱっくりと割れて中にはつやつや光る栗が見えている。


「やったわ。末吉君、その調子よ! でも動物用の罠が多いはずだから気をつけてね」

「はーい!」


 この森には動物を捕らえるための罠が設置されている。というのも、村長がたぬきをはじめとした動物を狩るのが趣味で「害獣」として駆除しているからだ。特に、この時期は冬眠に入る動物も多く罠が多くかけられている。もちろん、柚子がいるのですぐに助けてやることはできるが、怪我はしてしまうので注意するようにしている。


 柚子は、イガ栗を器用に両足で剥くように踏みつけて中身の栗だけを拾う。丸々と太った良質な栗。栗ご飯にしようか、甘露煮にしようか。柚子は想像を膨らませる。


「こっちもよ! 柚子ちゃん!」


 今度は梅子の足元に、次は末吉の、その次は柚子の。


「末吉君。この辺でやめておきましょうか」


 柚子の手元にあった竹編みのカゴが半分ほどいっぱいになったところで、彼女は末吉に声をかけた。末吉は、ふわふわまんまるのお尻を揺らして次のいが栗に向かっていたがぴたりと足を止める。


「でも、まだまだ栗は落ちていますよ?」


 末吉はお行儀よくおすわりをすると首をかしげる。確かに彼の言う通り、まだ足元にはたくさんの栗が落ちていた。


「ううん、食べる分だけでいいよ。だって、この栗はこの森に住んでいる動物や妖たちも食べるんでしょう? じゃあ、私たちが独り占めしちゃだめだよ。だって、この森は熊がいるんでしょう?」


 柚子は肩口についた鈴を指差していった。これは無奈が「熊よけに」とつけてくれたもので、とても綺麗な音が鳴る。ただ、耳のそばにくくりつけられたのでとてもうるさい。


「そうね。熊たちは冬眠に向けてたくさん食べるし……私たちもこのくらいにしておきましょう。末吉」

「あぁ、そうだけどさ。柚子さん。今宵は半月。つまりは主様の力が一番弱くなる時です。主様は、半月の翌日は甘いものをよく好むので……明日の朝は栗で美味しい甘いものをと思いまして」

「そうなの? 半月に力が弱くなることは知っていたけれど……、甘いものが?」

「えぇ、なんでも妖力の回復には甘いものが一番だそうです」


 たぬきの妖は月の満ち欠けで妖力が変わる。それは、力が強すぎるがゆえに与えられた制限だと無奈は柚子に説明してくれていた。


「甘いもので……」

「えぇ、主様は甘党ですからね。ほら、どんぐりが好きなのもほのかに甘いからです。きっと、柚子さんが作ってくれる甘辛い味付けの煮物や佃煮は好物のはずですね」


 柚子が思い起こしてみると、確かに無奈は醤油・味醂・砂糖で味つけた料理が好きらしい。必ずおかわりを頼まれるし、昆布の佃煮なんかは柚子の倍の量をご飯に乗せていた。単純に味が濃いものが好きなのかと思っていたが、どうやらそうではなく甘いものが好きだったらしい。


「言ってくれればよかったのに」

「柚子ちゃん、許してあげてよ。主様は『甘味が好き』っていうのが恥ずかしかったのよ。ほら、甘味が好きなのは大体人間の女の子じゃない? だから柚子さんに言ってしまっては軟弱だと思われると考えたのかも。ほら、私たち女の子は強くて格好いい男が好きでしょ?」


 梅子が柚子に擦り寄ってそう言った。


「確かに、うちの父親も甘いものが好きなのに私や母に隠れて食べていたっけ」

「あら、人間も妖もたぬきも男なんてみんな同じね。ちょっとおバカなのよ。あーあ、困っちゃうわね〜。ねぇ柚子ちゃん」

「そうかもね」


 柚子に撫でられて嬉しそうな梅子、末吉は苦笑いでもするように首を振った。


「じゃあ、あと数個拾って帰りましょう。確か、納屋にさつまいももあったし無奈さんに栗きんとんでも作ろうかしら。とっても甘くて美味しいから」

「えっ! 僕らの分は? 梅子も食べたいよな?」

「そうねぇ〜、でも主様の分は食べちゃダメよねぇ。好きなものを作ってあげたら、ぐっと距離も縮まるんじゃない?」


 梅子の言葉に柚子がぽっと赤くなる。


「ね、末吉。栗きんとんとやらは柚子ちゃんが主様に作るものだから私たちはお預けよ。うふふ、男の子って『自分だけ』が大好きだから。きっと効果的面かも?」

「う、梅子ちゃんそんなんじゃ」

「いいのよ。私はよくわかってるから。さ、そろそろ帰りましょう。雨が降りそうだわ」


 動物には人間に感じられない何かがあるらしい。と柚子は思った。ちょうど柚子たちが屋敷に着く頃に雨が降り出したのだ。急いで洗濯物をしまって、それから拾ってきた栗を鍋に入れて水に浸す。半日ほどで灰汁と虫の処理は可能だ。

 柚子がさつまいもの下処理をしようとしていた頃、玄関の引き戸が空いた音がして手を止めて向かう。


「無奈さん? 今日は村長のところと言ってましたけど……何か?」


 彼も雨を予感していたのか傘をしっかりと持っていったようで玄関の隅に濡れた傘が置かれている。


「えぇ。村長の元へ呼ばれておりました。なんと……すごいですね。結婚というものは。僕、この村の自治会に入ることができると。これは人間として認められた証。あぁ、柚子さん。ありがとう、ありがとう」

「よかったですね。自治会というと?」

「持ち回りで村の祭りの運営や村人たちの出入りを管理したりするそうです。無論、村の有力者や長く住んでいるもの、金を持っているものはみな入っておりますが僕だけ爪弾きものだったのです」

「よかった……ですね?」

「えぇ、柚子さん。これは大変な進歩です。僕も頑張りますから、契約の期間を短くできるかもしれません。柚子さんは今朝、実家に帰りたがっていましたよね。早く帰してあげられるかもしれません」


 嬉々として語る彼に柚子はとても悲しい気持ちになった。そして、悲しい気持ちになっている自分に驚いた。ここへきた日は帰りたくて帰りたくて仕方がなかったはずなのに、どこか「帰りたくない」と思っている自分がいるのだ。

 けれど、目の前の無奈はとても嬉しそうで、とても「帰りたくない」などと言える雰囲気ではなかった。だから、ただただ悲しかった。


「そう……ですか」

「そうだ。柚子さん、もうすぐ日が落ちますが僕はたぬきになってしまうので今日は書斎でゆっくりしていますね」

「そうでしたね。今日は半月……」

「ふああ……ダメだ。妖力が。今日はもう眠ります。すみません、夕食はご遠慮し……ます」

「は、はい。おやすみなさい」


 無奈は大あくびをしながら、ふらふらと書斎の方へ歩いていく。柚子は、いつかくる契約結婚の終わりに思いを馳せて寂しい気持ちになった。


(あと11回、半月を迎えたら……もしかしたらもっと少ないかもしれないのね。だって無奈さんはあんなに笑顔で……そうよね。契約結婚だもの、目的を果たせたらそれで終わりなのだわ)


 柚子は台所へ戻り、さつまいもを蒸し始める。栗きんとんは前日に作って冷やしておけば甘さがぎゅっと凝縮されて美味しくなる。さつまいもと栗、そして蜜の甘さでとろけるような美味しさになるはずだ。無奈は喜んでくれるだろうかと柚子は少し不安になった。


 心を落ち着かせるように米を研ぎ、水に浸す。それから、今日のメインの鮭と椎茸の下処理を始める。鮭と椎茸はどちらも味が濃いので、焼き上がりに出汁で作ったタレをかけてやる簡単な料理に。椎茸の風味と鮭の旨味がきっと栗ご飯に合うはずだ。

 1日1日を大切にするならば、毎日美味しいものを無奈たちに食べさせたいと柚子は考えて、いつもよりも丁寧に食材を刻んでいく。


(そもそも、妖と人間が共に暮らすことなんて出来ないのだわ。人間は人間と、妖は妖と命を紡ぐべきなのだから)


 たっぷりの栗をつかった栗ご飯、鮭と椎茸の炒め物、それからきんぴらごぼうに大根のお味噌汁。と言いつつも今日は無奈が寝てしまったので柚子の分とたぬきたちのねこまんまだけ。最近ではすっかり無奈も含めた食事が当たり前になっていたので、少し寂しい気もするが、たぬきたちは美味しく食べてくれるはずだ。


「みんな、出来たよ」


 と居間に料理を運んだところ末吉と梅子が真剣な表情で衛門を叩き起こしているところだった。


「おい衛門! 起きろよ!」

「衛門! 起きてってば!」


「どうしたの?」


 柚子の声と共に、美味しいねこまんまの香りが衛門の鼻をかすめ、彼はやっと目を覚ました。


「ご飯!」

「衛門! 豆太がいないんだ、何か知らないか?!」


 末吉はご飯に夢中の衛門の首筋にかみついてすっ転ばした。衛門は迷惑そうに顔を擦り、それからぽてぽての体を起こして答えた。


「確か、主様と柚子さんのためにどんぐり探しにいくって言ってたぞ。お前ら森で会わなかったか?」


 柚子は、ゾッとして血の気が引く感覚を覚えた。末吉と梅子も顔を見合わせる。夜の森には、人間の罠以外にも危険が多くなる。夜鳥はネズミやウサギをはじめとした小動物を狩りの対象にするがそこには子だぬきもあるだろう。

 その上、冬眠前のクマがうろつき……外は大雨。罠にかからなくても襲われなくても凍死してしまうかもしれない。


「どうしよう、半月の日に限って」


 末吉が頭をかかえ、梅子が泣き出した。衛門も申し訳なさそうに耳をしょげさせている。


「きっと、森で迷ってしまったんだわ。罠にかかったのかも。私、探してくる」

「柚子さん? でも危険です」

「大丈夫。ちゃんとクマ避けの鈴はつけていくわ」

「で、でも!」

「末吉君、豆太君はまだ子供よ? 死んでしまうわ」

「きゃん!」


 月が完全に空に昇ると、無奈の妖力が失われた。となれば、無奈の妖力で言葉をあやつるたぬきたちも鳴き声しか出せなくなる。何かを必死に伝えようとしている末吉をぽんと撫でて柚子は


「大丈夫。私が必ず見つけてくるわ」


 と言った。


 柚子は、走って台所に戻り着物を襷掛けにするとさっと襟巻きを巻いて肩にクマ避けの鈴をつける。それから玄関に置いてあった無奈の傘を手に取って走り出した。


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