赤いワンピース
家に帰ったら、まずテレビを付けるのが幼い頃からの私の日課だった。あの暑い夏の日も、いつも通り、帰ってすぐにテレビを付けた。その画面に映し出されたのは、いつもの赤いワンピースを着た、私の親友の顔写真だった。
「速報です。五月から七月にかけて発生していた同級生連続殺人事件で、警察は、殺人の疑いで、二十五歳の女を逮捕しました。女は、容疑を認めているとのことです。」
ニュースキャスターはこう言っていた。私はエアコンを付けることも忘れて、汗だくのまま、テレビに釘付けになっていた。まさか、こんなことがあるなんて。連続殺人事件の犯人である親友が逮捕された、というだけでも驚くのに、今回は、被害者も全員私の友達だ。
朱里は高校の同級生で、ついこの間まで連絡を取り合っていたくらい仲が良かった。その朱里が殺したのは、私を除いた、高校時代の仲良し五人組のメンバー。一人目が殺された時、私達は今までにないくらいの喪失感に苛まれた。どれだけ泣いても涙が止まらないくらい、四人で泣き続けた。どれだけ泣いて喚いても、何も変わらない。そんな現実を受け入れたのは、一ヶ月が経った頃だった。それなのに、また一人殺された。その一ヶ月後には、もう一人。
この連続殺人は、私達に何らかの恨みを持った人物が、計画的に行った犯行だというのは、二人殺された時には確信した。そして、残されたのは私と朱里だった。私は今日まで、次は私が殺されるんじゃないか、という恐怖に怯えながら日々生活を送っていた。おそらく、殺されてしまった皆も同じように怯えながら生きていたのではないかと思う。それがたった一人の、しかも旧友の手によって、哀しい最期を迎えることになってしまった事実は、言葉にできないほど辛く、残酷なストーリだった。ここで、私の疑問はただ一つだ。なぜ、私は殺されなかったのだろう。
ようやく、自分の身体と服が汗でびしょ濡れになっていることに気が付いた。急いでテレビを消して、シャワーを浴びた。私は水が大好きだ。水は、汚い所も、綺麗な所も、全てを洗い流してくれる気がするから。特に、夜の海は最高だ。浜辺を歩いても誰もいないし、雑音もない。心地よい海風を受け、一定の波音を聴きながら海を独り占めできるあの時間は、私にとって最もリラックスできる時間だった。そういえば、朱里たちと海に行ったこともあったな。そんなことを思い出しながら、気の済むまでシャワーを浴びた。
私は、海に行ってみたくなった。海は全てを洗い流すのではなく、海は全てを自身に取り込むことができると思っている。幸い、今日は雨だった。新しく買ったピンク色の傘を持って、海へ向かった。あの夏の日を思い出しながら、誰もいない浜辺をただ一人で歩いた。あの夏の日、何があったのか。それが事件に直接関係しているとは、正直考え難かった。でも、私は思い出したかった。この動悸はきっと、何かがある証拠だ。
たしか、高校二年の夏休み。電車に乗って海に行った。行く前に、皆で水着を買いに行った。当日は海で泳いで、かき氷を食べて、それから、皆でお揃いのTシャツを買った。私は白で、朱里は赤。他の皆もそれぞれ違う色を選んだ。朱里は、人一倍赤色が好きだった。自分の名前が朱里だから赤色が好きなんだと、よく口にしていた覚えがある。しかし、朱里の赤色に対する執着心は驚くべきものでもあった。学年カラーが青色なことに対して、常に愚痴を零していたし、文化祭でシンデレラの劇をやることになった時も、シンデレラのドレスを赤色にしようと言って聞かなかったこともある。この執着心が、朱里を殺人鬼にさせたのだろうか。十年近く一緒にいたのに、朱里の気持ちはわからない。私は浜辺を離れて、警察署に向かった。
今日も事情聴取をされる。皆は殺されて、朱里は捕まって、残されているのは、私だけ。さっき海に行ってきて良かったと思った。海で気持ちを洗い流したおかげで、落ち着いた気持ちで話をすることができる。
「朱里とは、ずっと連絡を取っていました。でも、殺人を犯したとか、そんな素振りは一切なくて、ずっといつも通りの朱里でした。」
私が答えるのは、いつもこれだけ。他のことは何も言わない。私は何も知らないのだから。本当は、知っている。朱里から連絡が来た、あの夜。そこで、私は全てを知ってしまった。
朱里から連絡が来たのは、二回目の殺人があった夜だった。
『また殺しちゃった』
その声は、昔と変わらない軽い声だった。憤怒とか失望とか、そういうのは一切なかった。やっぱり朱里だったんだ。そう、朱里は、昔からこういう人物だったのだから。
私は前に一度だけ、朱里の部屋に入ったことがある。イメージ通り、ほとんどの物が赤色で統一されていた。でもその中で、一つだけ、緑色の観葉植物が置いてあった。それは、ドラセナドラコという、切ると赤い樹脂が出てくる植物だと朱里は言っていた。
『ユキだから言うね、私、この世界で一番、血の色が好きなの』
私と朱里は、一年生の頃から仲良くしていた。他の皆は二年生で同じクラスになって、そこから仲良くなった。だから、私は一番の信頼を置かれていたのだと思う。そうでなければ、血の色が世界で一番好きだなんて言わない。初めてそれを聞いた時、驚きで言葉が出なかった。でも、不思議と嫌な気持ちはしなかった。
私も、朱里と同じように、一番好きな物が白という色だったから。朱里ほどではないけど、持ち物はできる限り白で統一させていたし、綺麗な白色を見ると心が躍った。私達は似た者同士、今でもそう思っている。
三人目が殺された夜、私は皆の死体を見た。朱里の大好きな色に染まった三人の友人達。
「なんで私をここに呼んだの?」
そう言ったら、朱里はこれ以上ないくらい幸せそうな顔をして、
「幸せは分け合いたいじゃない」
と、悪気のない笑顔でさらっと言った。私は朱里のその態度に何も言えなかった。何もできなかった。こんなの、おかしいよ。そう言えたら、目の前の友人達を救えただろうか。でもそうしたら、朱里は救えなかった。
朱里は会社の人間関係が上手く行かず、最近は家に引きこもるようになっていたらしい。貯金を崩してなんとか生きていたが、その貯金も底を尽き、快楽のために殺人を犯したのだとか。友人達は、それぞれ順調な生活を送っていたし、中には結婚している者もいた。それが、朱里の嫉妬心を掻き立てたのだろう。嫉妬と欲望から、殺人鬼に成り代わる朱里を、何も言わずに一番近くで見てきた私が、一番の殺人鬼なのではないかと思った。私は何もしていないけれど、何もしていないから、共犯者だ。
「私も朱里と一緒に警察に行くよ」
そう言ったのに、朱里は優しかった。友人を殺した人間だとは思えないくらい、その声には力強さと柔らかさがあった。
「ユキなら大丈夫、私の代わりに堂々と生きてよ」
これが、朱里と交わした最後の言葉だった。朱里は、やっぱり一番の親友だった。私に優しくしてくれた、初めての友達。私を殺さなかったのは、朱里の優しさだったのか──。朱里の最後の言葉は、今でも頭の中で響いている。
私の白いカバンが赤い夕日に照らされ、薄いピンク色に滲んだ。ショーウィンドウでは、綺麗な赤いワンピースが、私を誘うように揺れている。なぜか、朱里の声が聞こえたような気がした。私は白い鞄を握りしめ、堂々と歩き始めた。その赤いハイヒールの音が、秋の色を含み始めた夕空に響いた。