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白い封筒

 仕事終わり、何となく街を散歩していたら、

「お姉さん、この後時間あるよね?」

 と、綺麗な女の人に声をかけられた。私は、何故かその人の声を無視できなかった。そうして連れて来られたカフェで、その人が私にこう言った。

「久しぶり、やっと見つけた」

 私はこんな綺麗な人は知り合いにいないし、全く記憶になかったからこう言った。

「失礼ですけど、どなたですか?」

 彼女は驚く素振りも一切なく、ただ微笑んでいるだけで何も答えてくれなかった。 私がポカンとしていると、

「黙ってちゃ時間は勝手に過ぎるよ」

 彼女が言った。黙ってちゃ時間は勝手に過ぎるよ、これは私の好きな、W.E.の曲に出てくるフレーズ。どうしてそれを知っているのか不思議に思った。まあ、単なる偶然だろうと思い、そのまま黙っていたら、彼女は私に手紙を渡した。綺麗に封がしてある、真っ白な封筒。

「家で読んでね」

 そう言って、時計を気にしながらすぐにカフェを出て行ってしまった。私は何もわからないまま、まだ半分以上残っているコーヒーを口にした。とても私好みの味だった。席から何気なくキッチンを見ていたら、その奥に、さっきの綺麗な人によく似た人がいた。私は混乱した。先程まで私の目の前でコーヒーを飲んでいた人が、今はエプロンを付けて仕事をしている。残されているのは、この真っ白な封筒。家で読んでと言われたけれど、耐えられず封を開けてしまった。


『やっほー。元気にしてる?これを書いているのは未来の私。さっきは突然ごめんね。どうしても伝えたいことがあったの。でもまずは、あなたの未来を教えてあげる。 あなたはさっきのカフェに通うことになる。通勤途中にあるし、あそこのコーヒー、めちゃくちゃ好きな味だったでしょ?そしてあなたはカフェの店員さん…ユイと仲良くなるの。さっきの私みたいな、綺麗な人。自分があんな綺麗な人と友達になるなんて、って、びっくりしてるだろうけど、本当なんだよ。ユイはいつもキラキラしてて、いつしか私の憧れの存在になった。私はユイになりたいと思うようになってしまったの。だから、ユイになるために色々した。整形もしたし過度なダイエットもした。でもユイにはなれなかった。キラキラした生活は送れなかった。今の私はむしろ、ドロドロの生活。そんなの嫌でしょう?だから私はあなたにこの手紙を書いてる。今から書くこと、約束してほしい。

・ユイとは仲良くしないこと

・夜職には手を染めないこと

・整形はしないこと

・自分の思いは誰かに伝えること

約束してほしいことはこれくらい。あとは自分で好きなように生きてね。未来の私が幸せになることを願ってる。』


 呆然としたまま、私はもう一度店員さん…ユイのことを見た。たしかに、彼女はキラキラした笑顔で接客をしている。でも、未来の私がこんな手紙を書いて、わざわざ過去に戻って渡しにきただなんて信じられなかった。人違いなんじゃないか、と。そもそも、未来から過去にタイムスリップして来ること自体がありえない。こんなの、絶対におかしい。私は手紙と封筒をぐしゃぐしゃに握りしめて、それを鞄に詰めた。残っているコーヒーも一気に飲み干して、俯きながら足早に店を出た。


 家で一人、もう一度先程の手紙を見る。幻覚でも見ていたんじゃないかと、心のどこかで期待をしていた。期待はずれだった。手紙と封筒は、ぐしゃぐしゃになったまま、鞄に入っていた。大きな深呼吸をして、その手紙を読み返してみる。しかし、何度読んでも書いてあるのは同じ内容。読んでいるうちに、これを書いたのは、本当に未来の私なのかもしれない。そう信じるようになっていった。何しろ筆跡が私のとそっくりだ。未来の私が言うのなら、ここに書いてある通りにしようと思って、私はあのカフェには二度と行かないと決意した。


 決意したのに。私としたことが、イヤホンを置いてきてしまったみたいだ。イヤホンの位置情報を教えてくれるアプリのピンは、確実にあのカフェをさしている。仕方なく、今日もあのカフェに足を向けた。

「いらっしゃいませ」

 元気な声で私を出迎えてくれたのは、ユイだ。これが運命なのか、と、私は腹をくくってユイに話しかける。

「昨日、イヤホンの落し物がありませんでしたか」

 そう言うと、ユイはすぐに

「あります!少々お待ち下さい」

 と言ってバックヤードに姿を消した。昨日は遠くから眺めただけの彼女を間近で見ると、より美しく見えた。ツヤのある髪、パッチリと上がったまつ毛、細い身体。若年の女性なら、誰しもが憧れるルックスをユイは持っていた。

「お待たせしました、こちらでお間違いないでしょうか?」

 そのユイが戻ってきて、私にイヤホンを差し出した。そう、このイヤホン。5年くらい前のライブイベントで買った、今じゃ持ってる人なんてほとんどいない、このイヤホン。

「これです、ありがとうございます」

 そう言ってイヤホンを受け取って帰ろうとしたら、

「W.E.、お好きなんですか?」

 ユイは私にそう言った。このイヤホンを見て、W.E.のライブグッズだと判断するのは、相当W.E.を知っていないと難しい。びっくりした私は、思わずユイのことを見た。

「はい、昔から大好きで…」

 その美しさに圧倒されて、私は俯き加減でこう答えた。

「私も大ファンなんです!良かったらW.E.トークしていきませんか?」

 キラキラとした眩しい笑顔でユイにそう言われたら、断ることができない。結局、小一時間W.E.について語り合って、最終的には連絡先も交換してしまった。もう、戻れないと悟った。


 それから私とユイは、週に一、二回、あのカフェでW.E.トークに花を咲かせる仲になった。インスタも交換して、カフェに行かなくても私達は交流を深めていった。そのキラキラしたユイのインスタの投稿を見ると、たまにゾッとすることがある。友人らしき人物と写っている写真を見た時だ。どちらがユイなのかわからなくなるくらい、お互いの顔がそっくりなのだ。親しい人とは顔が似てくるらしいが、それにしても似すぎていて不気味だった。それを、ユイにさりげなく聞いてみたことがある。

「ユイの友達ってみんな美人さんだよね」

 そう言うと、ユイは不気味な笑みを浮かべて、

「親しい人とは顔が似てくるって言うでしょ?良かったら、可愛くなる方法、私が教えてあげるよ」

 と言った。あの手紙の警告が頭をよぎったが、憧れだったキラキラした人生と彼女の笑顔に抗えず、首を縦に振ってしまった。

「まずは容姿かな。二重埋没なんて、今時みんなやってるよ」

 ユイはそう言って、私が口を開く前に美容クリニックの案内が書かれた真っ白な封筒を差し出した。


 ユイの言葉に流されながら月日が経ち、気づけば自分を失っていた。鏡に映るのはユイそっくりの顔。でも、心は空っぽだった。友人からの連絡は途絶え、客や同僚の冷たい目に耐える日々。あの手紙を無視した後悔は鳴り止まない。本当に全て、ユイのせいだったんだ。整形も夜職もユイに唆されて手を染めてしまった。あのユイの笑顔には魔力があった。彼女が言ったことは、なんだって断れない。もっと早く気づいておくべきだったのに。


 そんな近年では急激に科学技術が発達して、希望すれば一度だけ過去の自分に会うことができるようになっていた。私は一通の手紙を入れた真っ白な封筒を持って、家を出た。

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