六ツ目
「──長谷川君!? 何してるの!?」
同級生の誰かが先生に言ったのだろう。血相を変えた担任の女性教師が長谷川少年のもとにやって来た。
一心不乱に土を掘り返す少年はさぞ奇妙に見えただろう。彼女は顔を青くしていた。
「先生これを」
「え?」
長谷川少年は我に返り慌てて、土の中から見つけ出した懐中時計を彼女の前に突き出した。
それが盗品であること、恐らく加藤さんのものだと伝えると彼女は半信半疑であったものの、高価そうな懐中時計の存在も無視できなかったのか念の為とお巡りさんを呼んでくれた。
やって来たお巡りさんに事の経緯を説明したが、ちっとも信じてもらえず、結局長谷川少年が土いじりをしていて、偶々懐中時計を見つけたのだということになった。
翌日、近所の井戸端会議はその話で持ちきりだった。
「──あの空き巣、盗んだもの隠す為に小学校に忍び込んでたそうよ!」
「ヤダ、怖い!」
「まぁ、子供たちが帰った後だったから、良かったものの子供たちが学校に残ってたらと思うと……、あー嫌だ嫌だ!!」
「でも、空き巣があったのって行方不明になった日じゃ無かったかい?」
「校舎で見つかったのよね! 空き巣は子供を見てないって、よく鉢合わせしなかったわねえ」
──空き巣は竹次郎君を見ていない?
長谷川少年は再び首を傾げた。
確かに不思議ではあった。竹次郎はトイレの中で足音を聞いていた。足音が通り過ぎて個室から出た時、誰かに肩をつかまれたと言っている。
だとすると、その誰かは竹次郎がトイレに入る前からそこにいたのだ。
つまり、校舎の中には竹次郎と空き巣以外にもう一人誰かがいたのだ。
──では、もう一人は誰?
長谷川少年は理科室の男子トイレに向かった。
──竹次郎君は理科室から出てトイレに隠れた。もし、手前の個室に隠れていたのだとしたら他の個室に誰かいても不思議ではない。
「──君は此処で何をしているのかね?」
不意に声を掛けられ、長谷川少年が驚いて振り向くとそこには初老の男性が立っていた。用務員だ。
彼はまだ腰が痛むのかぎこちない動きをしている。
長谷川少年はまた信じて貰えないのではないかと思いながらも、思い切って事情を話してみた。すると、彼の表情はみるみる驚きに変わった。
長谷川少年の話が終わると彼はとても気不味そうに言った。
「──実はそれは儂なんだよ」
「えっ、どういう事ですか?」
長谷川少年は驚きに目を見開いた。その日この用務員は腰を痛めて見回りをしていないと聞いていたからだ。
彼は頭をかきながら事情を話してくれた。
彼は見回りの前にトイレに行った。トイレから出ようとすると、血相を変えてトイレに駆け込んで来た少年──竹次郎がいた。彼の様子がおかしかった為、様子を伺っているとどうやら不審者もいるようだ。
足音が聞こえなくなってから、竹次郎に声を掛けようと手を伸ばしたところ、竹次郎は驚きの余り気を失ってしまった。放置も出来ないので、一旦彼をトイレの個室に隠してから用務員は急いで校舎を出た。
そこで彼は何とギックリ腰で動けなくなってしまったのだ。要因としては、恐らく同級生よりも体格の良い竹次郎を抱えた事や焦っていたこと、加齢などだったのだろう。
幸い近所の住人が彼を発見した為、直ぐに病院に搬送してもらえた。
その時に校舎内に子供がいる事を伝えていたのだが、連絡がうまく取れていなかったのだろう。そのせいで竹次郎の発見は真夜中になってしまったのだ。
「本当にすまない事をした」
用務員は酷く申し訳無さそうに言った。後で竹次郎の件は彼が校長に話してくれることになった。