プロローグ 今日の運勢は最下位でした。
少し内容を修正しました。
ユリの簡単な自己紹介を追加してあります。
味が染み込んだ甘いお揚げに、白いりごまを加えたすし飯を詰める。
最後に口の部分を折りたためば祖母直伝いなり寿司の出来上がり。
「今日のお弁当箱は曲げわっぱがいいかな。」
お気に入りの曲げわっぱを棚から取り出し、作ったものをどんどん詰めていく。
先程作ったいなり寿司に花型の人参が入ったお煮しめ、優しい味付けのだし巻き卵といんげんの胡麻和えに食感が楽しい海老のぶぶあられ揚げ。
最後に飾り切りしたラディッシュを隙間に詰めたら彩鮮やかなお弁当の完成だ。
「わ、もうこんな時間。そろそろ準備しないと…」
気がつくと時計の針は7時45分を指している。
そろそろ会社に行く支度を始めないと家を出る時間が遅れてしまいそうだ。
ささっと洗い物を済ませ、歯磨きをしながらテーブルに置いてあるスマホを手に取る。
ネットで一通りニュースをチェックしたら最後に見るのは今日の運勢。
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今日最も悪い運勢は残念ながら獅子座のあなた。
災難に見舞われる1日になりそう…
いつもより余裕のある行動を心がけてね!
ラッキーカラー:パステルイエロー
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「今日は最下位だ。一応ラッキーカラー持っておいた方がいいかな。」
占いを信じるタイプの私は、念のためラッキーカラーのハンカチを鞄に忍ばせる。
スーツに着替えて軽く化粧をし、髪を整えたら準備は完了。
家を出る前に今朝作ったいなり寿司を仏壇に置いて手を合わせる。
私、神崎百合は幼い頃に交通事故で両親を亡くし母方の祖父母に育てられた。
沢山の愛情を受けて育った私は大学を卒業後、大手企業に就職。
その後、順調にキャリアを重ね主任という役職も得ることが出来た。
私が順調に人生を歩めているのは、どんな時も私の気持ちを尊重してくれる祖父と、私の健康を気遣いながら家で温かいごはんを用意してくれていた祖母のおかげだ。
…そんな2人も1年前に亡くなってしまったけれど。
昔では珍しく恋愛結婚だった祖父母はとても仲が良く、亡くなるタイミングもほとんど一緒だった。
その時は正直悲しくて辛かったけれど、2人一緒に天国にいけて良かったとも思っている。
「おじいちゃん、おばあちゃん行ってきます。」
幸せそうに微笑む写真の中の祖父母に挨拶をして、私はお弁当が入った鞄と携帯を持ち家を出た。
……………はずだった。
「…あれ。家の前にこんな森あったっけ?」
急に現れた見慣れない光景を前に私はぽつりと呟いた。
目の前には自然豊かな森が広がり、どこからか川のせせらぎと小鳥のさえずりが聞こえてくる。
すると、不意に足元から『コンコンッ』という鳴き声が聞こえてきた。
気になって下を向くと、そこには申し訳なさそうな顔をした子狐が手紙を持って座っている。
「…きつね??」
突然の出来事で頭上に『?』を浮かべている私に、子狐は口に咥えた手紙を一生懸命押し付けてくる。
「読めってこと?」と問いかけてみると首を縦に振ったので、私はとりあえず手紙を受け取って読んでみることにした。
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拝啓
なによりもまずお詫びを申し上げます。
この度は当方の不注意でこのような場所に連れてきてしまい、誠に申し訳ございませんでした。
突然現れた光景にさぞ驚かれたことでしょう。
つきましては今回の件の謝罪と今後についての説明をさせて頂きたく存じますので、お手数ですが私の住まいまで来て頂くことは可能でしょうか。
案内は、手紙を持たせた私の使いにお願いしていますのでご安心ください。
この度は、誠に申し訳ございませんでした。
敬具
令和X年 2月11日
宇迦之御魂神
神崎百合様
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やはり手紙にも書いてある通り、ここは私の知らない場所らしい。
何故こんな場所に来てしまったのか疑問はあるけれど、正直内容よりも手紙の送り主のほうが気になってしまう。
私の記憶が間違っていなければ、この名前は有名な神様と同じような気がするのだけれど…
(色々言いたいことはあるけれど、まずは現状を把握することが大切かもしれない。)
そう思った私は、足元で大人しく座っていた子狐に声をかけた。
「この人のところまで案内してくれる?」
すると、子狐は「承知した!」というかのように勢いよく立ち上がると森に向かって歩き出す。
私は子狐の後を大人しくついていった。
森は澄んだ空気と木々の香りが辺りに満ちていて、歩いているだけで心が落ち着くような心地よさがある。森林浴をするのに最適な森だ。
そんなことを考えながら暫く歩くと、目の前に立派な鳥居が現れた。
子狐は鳥居の前に辿り着くと私のほうを振り返り「ここを通って。」というように鼻先を鳥居のほうへ向ける。
私はそれに頷くと、神社の参拝方法を思い出しながら鳥居の端に立ち一礼してから1歩踏み出す。
「し、失礼します。」
そう言いながら恐る恐る鳥居をくぐると、その先には鳥居よりもさらに立派な稲荷神社が建っていた。