金色の時計塔
アリスと、彼女の大切な人の話。
初心者です。駄文の極みですが、読んでいただけると本当に嬉しいです。
第三次世界大戦後、100年経ったトーキョーで、一人の少女が暮らしていた。名はアリス。本が好きで、かの有名な物語、「不思議の国のアリス」の主人公にそっくりな、たった10歳の少女。今日は彼女の話をしようと思う。
さて、アリスだが、「一人」といっても天涯孤独の身であったというわけではない。家には腐るほどの本があり、暇をすることはなかったし、何よりショウさんがいた。ショウさんは、もともとアリスの父の使用人である。アリスの8歳の誕生日にいきなり現れた。ショウさんというのは本名ではない。アリスが付けたあだ名だ。使用人、しようにん、しようさん、ショウさんというわけだ。アリスのセンスの無さは、ご想像にお任せしたい。
大戦後から、トーキョーは荒れ果てた土地となった。人はもちろん、建物さえ劣化していき、昔の活気は見る影もない。300年ほど前か、トーキョータワーと呼ばれた塔さえも、さびた鉄の時計塔となった。アリスは時計塔の主人として生まれた時からそこに暮らす。
ショウさんの話に移ろう。彼はアリスが生きる上で必要なお金を調達するためにいる。彼がいなくては、アリスは生きられないのだ。しかし、そんな彼には誰にも知られてはいけない秘密がある。
皆さんも不思議であっただろう。「荒れ果てた土地」で資金など稼げるものなのか、と。単刀直入に言おう。彼は人を殺して金を稼いでいる。警察から危険視されている組織の一員で、黒く光る拳銃が彼の武器。簡単な話、殺人犯である。なぜ彼はそんなことまでしてアリスを助けようとするのか。それは、アリスの父に恩があるからであった。アリスの父は、身寄りのない彼を救い、仕事まで与えたのだ。
「アリスを頼む」
死に際にそう頼まれた彼は、この暗い世の中で悪事に手を染めてでもアリスを守り抜くことを誓った。ショウさんも元々は心優しい青年。アリスにとって互いに好きな本を教えては感想を言い合う、唯一無二の存在だった。アリスは彼に懐いていたし、ショウさんもまた素直なアリスのことが好きだった。
二人が出会って半年が過ぎた頃、大きな事件が起こった。世界各国が集まる首脳会議の前、ニッポン国の大臣が殺される。俗にいう、「ニッポン国事変」だ。死因は頭を撃たれたことによる脳外傷。眼球から脳の奥深くまで一発で撃ちぬかれていた。皆さんはもう、だれが犯人かお分かりであろう。そう、ショウさんである。その頃組織の重要隊員ということで力を強めていた彼は、一世一代の大博打に出た。ここで成功すれば、組織内での地位が上がる。地位が上がれば、報酬の金額も高くなる…。アリスのためを思って行った事だった。しかし、その賭けは大成功とはいかなかった。金銭はもちろん盗むことが出来た。その代わりに…彼の顔を覚えていた者の証言によって、彼は指名手配されてしまったのだ。
翌日アリスのいる時計塔を訪れた彼は、大量の資金をアリスに渡した。見たこともない大金に無邪気にはしゃぐアリス。彼はアリスの目線に立ち、こう話し始めた。
「僕はもうすぐ遠くに行かなきゃいけないんだ」
「どうして?」
キョトンとした目でアリスは問う。アリスの髪を愛おしそうになでながら、ショウさんは答える。
「まだ、理由は言えないんだ。ごめんね」
「もう帰ってこられないの?」
「そんなことないよ!いつかは帰ってくることが出来る。だからそれまで、いい子にしているんだよ」
「分かった。絶対だよ?」
もちろん、と微笑みながら、ショウさんはアリスの手を握った。
ショウさんはまた一つ噓をついた。帰れる保証なんて、どこにも無いのだ。組織から、国から、社会から。すべての存在から追われる彼にとって。アリスの住む時計塔にいれば、しばらくは安全だ。しかし、身元が分かってしまったとき、アリスはどうなる?…殺される。もしそれが免れたとしても、今まで通りの生活をすることは不可能だろう。ショウさんは、アリスを守るために一人で死ぬつもりだった。
アリスに別れを告げた後、ほどなくして、ショウさんは組織の本部に連れていかれた。もちろん、処刑されるために。存在をこの世界から消し去るために。
「言い残すことは?」
体をくくられた状態で、頭に銃を向けられた彼は、ビデオテープに向けてあることを口に出した。
数日後、アキハバラの廃ビルで、男性の遺体が発見された。死因は頭を撃たれたことによる脳外傷。自分で殺めた大臣と同じ死に方だった。
アリスのもとにビデオテープが届いたのは、一か月後の事だった。時計塔に警察が来たのだ。大柄の警察を前に、アリスは気丈にふるまった。まるで10歳の少女だとは思えないくらいに。優しくされるのを、拒むように。
時計塔にあったパネルで、ビデオテープを見ることになった。慣れた手つきでテープを回すアリス。ビデオが始まった。ショウさんの顔が、画面に映る。
『こんにちは、アリス。これを見ているということは、僕はもう死んでしまっているということだね。君に謝らなくちゃいけないことが二つある。一つは、僕が人殺しだったってこと。君は僕のことを信じていてくれたけれど、僕は君を裏切った。君を助けるためだとしても、こんなことには手を出すものじゃなかったよ。あと、二つ目は、必ず帰ってこれると嘘をついたこと。もう帰ってくることなど出来ないって分かってたのに。君との約束を破った。
本当にごめんね。最後まで不甲斐なかった僕を、どうか許してほしい。』
いつしか部屋には、沈黙が続いていた。暗い部屋で、ショウさんの言葉だけが綴られる。
『君はもう、十分に大人だ。僕が思うよりずっと。だから今後の心配はしない。一人で生きていけるって信じている。僕がいなくても一人で幸せになれるだろう?』
ショウさんが笑う。アリスは笑わない。
『いいかい、アリス。この時計塔は君を守ることなんかできない。ただ静かに、君を閉じ込める。今度は君の番だ、アリス。僕は君のおかげで、十分に幸せだ。君はこの時計塔から出て、幸せになるべきなんだよ。』
ショウさんは「幸せ」を繰り返す。その姿はまるで、自身が得られなかった幸せを、アリスにあげようとしているみたいだった。
『それじゃあ、バイバイ、アリス。ありがとう。愛してる。』
動画はあまりにあっけなく終わった。砂嵐が流れる部屋で、アリスが沈黙を破った。
「幸せって、何なのかしら」
砂嵐の中から、ショウさんの姿を探そうとするように、アリスはじっと画面を見続けていた。
「一人で自由に生きることが幸せな人もいる。自分のために頑張ることで、幸福を感じられる人もいる。私はこの時計塔でショウさんと暮らすことが、何よりも幸せだった。」
いつしか、警察たちもアリスの話に耳を傾けていた。
「時計塔から出て、私は幸せになれるの?ショウさんのいない世界で、幸せになれるの?」
アリスの声が震える。
「生きていてほしかった。どんなに悪い人でも、嘘をついていたとしても、何でもいいから。あなたがいるから、私は幸せだった。どうしてそんな簡単なことに、もっと早く気づけなかったんだろう」
アリスの目から一粒の涙が零れ落ちる。やがてそれは慟哭になる。アリスはただ泣く。服が濡れるのも、声がかれるのも気にせずに。
少し経って、アリスは時計塔を離れることになった。彼女を引き取ってくれる里親が見つかったからだ。名家で、今までとは比べ物にならない裕福な暮らしができると言う。時計塔まで迎えに来てくれた義両親に、礼儀正しく挨拶しながら、アリスは考えていた。始めてショウさんと出会った日の事、好きな本について語り明かした夜の事…。アリスはショウさんとの思い出をここに捨て、時計塔を去るのだ。
『幸せになれるだろうか』
何度も繰り返した問いを、また反復させる。しばらく考えて、アリスは頭を振った。幸せになるしかないのだ。ショウさんから、幸せになれと言われた以上。義両親からの呼びかけに、笑って答えながら、アリスは時計塔から駆け出した。
第三次世界大戦後、100年経ったトーキョーで、ある少女が暮らしていた。名はアリス。優しい両親と幸せに暮らす、本が好きな10歳の少女。そして、時計塔の「元」主人。
トーキョーには、かつてトーキョータワーと呼ばれた時計塔がある。アリスという主を失った時計塔は、そのことを嘆くかのように、さびた鉄骨となって今にも崩れそうだった。
トーキョーに朝日が昇る。太陽の光をキラキラ返す時計塔は、街を金色に染めあげ、静かに朽ちていった。
長々付き合っていただき、ありがとうございました。
少しでも心に残ってくれたら、それほど嬉しいことはありません。




