表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

ヒメゴト

作者: 穂村一彦

妹:ただいまー

王女:……っ!

妹:あっつーい。もーお姉ちゃん、一日家にいるんだから窓くらい開けといてよー

王女:あ、あの……

妹:麦茶麦茶ー、あれ、ないじゃん。ねー、お姉ちゃん、買い置きどこだっけ?

王女:あの……!

妹:ん? なに?

王女:その……はじめまして。えーっと……ミユキ様の妹……サクラ様、ですよね?

妹:……は?

王女:お初にお目にかかります。わたくし、ポルテ国第一王女ナツノと申します。

妹:…………は?

王女:実は昨日、町を歩いていたら、偶然顔がそっくりなあなたのお姉さまに出会いまして。

王女:一度でいいから王室の外の暮らしを体験してみたいと思ったわたくしは、少しの間入れ替わってくださるようお願いしたのです。

妹:えーっと……つまり、あなたは私の知っているお姉ちゃんじゃなくて、顔がそっくりな外国のお姫様だと。

王女:はい。その通りです

妹:ばっっっかじゃないの!

王女:え?

妹:もー! そんな変な嘘考えてる暇あったらバイトの面接の練習でもしなよー。ばか! バカ姉!

王女:いえ、だから私はお姉さまじゃ……あ、テレビのニュースを見てください!

王女:本当のお姉さまが私の代わりとして映されているはずです

妹:ニュースー?

アナウンサー:次のニュースです。さくじつ来日されましたポルテ王国のナツノ王女のニュースです。

王女:あ、あれです! あれ、お姉さまですよ!

妹:んー? あー、確かに似てるかも。

妹:でもだからってそんな馬鹿げた話、あるはずが……

アナウンサー:こちらがナツノ王女の会見の様子です

アネ:サクラー

妹:はあっ!?

アネ:おーい、サクラ、兄さん、見てるー? じゃ、そういうことだからよろしくー。

アネ:こっちはこっちで適当にごまかしておくからー。

アナウンサー:などと、意味不明なコメントを残し、周囲を混乱させています。

王女:あー、よかった。ね? 今のがお姉さまで、

妹:申し訳ございませんでしたーっ!

王女:ええっ?

妹:違うんです! 私、あの、姉だと思ってたから!

妹:馬鹿だとかアホだとか、決して王女様に言ったわけではー!

王女:ちょっ……おやめください。

王女:私のほうこそ、私のわがままでこんなことに巻き込んでしまって。

妹:いいんです! どうせ馬鹿姉は時間持て余してるただのニートですから!

妹:家にいたところでモンハンとかドラクエとかやってるだけですから!

王女:ああ、ドラクエ!

妹:え?

王女:お姉さまが言っていました。もしも家で暇だったら自分の代わりにドラクエのレベル上げ?というのをしておいてほしい、と

妹:王女様に何を頼んでるのよ、あの馬鹿は!

王女:いえ、無茶な頼みをしているのは私ですから。どうかお願いします!

妹:わ……わかりました! どうぞ好きなだけこの家にいてください!

王女:い、いいんですか?

妹:そりゃもう! あのどうしようもない姉が、生まれて初めて人の役に立っているのですから!

王女:ありがとうございます! あ、あとお兄様がいらっしゃるんですよね。ぜひご挨拶を

妹:あ、お兄ちゃんは今会社で、たぶんもうすぐ戻ってくると思いますが……

妹:そうか、お兄ちゃんがいたっけ。

妹:うーん……でも、お兄ちゃんに挨拶するのはどうかなー

王女:ダメなのですか?

妹:兄は変な所マジメなもんで、真相を知った瞬間王室に連絡してしまうかも……

王女:ええっ? そ……それは困ります。せっかく入れ替わりましたのに

妹:……わかりました! うまくごまかしましょう!

妹:王女様はミユキお姉ちゃんのふりをしてください

王女:え! だ、騙すんですか?

妹:ちょっとの間、本当のことを言わないだけですよ

王女:無理です! だって私嘘なんてついたことありません!

妹:大丈夫ですって。うちのお兄ちゃん、結構抜けてて、ま、マヌケというか

兄:ただいまー

妹:うわあっ!

兄:あ? どうした、サクラ?

妹:な、なんでもないよ、お兄ちゃん! そう、お兄ちゃん。あなたはお兄ちゃん。

妹:名前は佐藤アキヒロ。私たち3兄弟の一番上

兄:何言ってんだ、お前?

妹:な、なんでもない、なんでもない

王女:おかえりなさいませ、お兄様

兄:は?

王女:本日もお勤めお疲れ様でございました

兄:……ミユキ、大丈夫か? 熱でもあるんじゃ……(額に触ろうとする)

妹:わー! あんま気安く触らないの!

兄:お、おう、わかったよ。はぁー、今日も疲れたあー

王女:きゃあ!

妹:うわー! もう、ばかー! ここで脱ぐなー!

兄:いや……だっていつもここで着替えてたろ、俺

妹:今日からは、やめて!

兄:まぁいいけど……で、今日の夕飯は?

妹:夕飯……夕飯!? 夕飯、もしかして私が作るの?

兄:今日はお前の当番だろ

妹:無理無理無理! 荷が重すぎる!

兄:はあ!?

妹:今日はさー、その……お寿司でもとらない?

兄:なんで! 今日なんかの記念日?

妹:ほら……お姉ちゃんもいるし

兄:ミユキ毎日いるだろ! ニートなんだから!

王女:サクラさん、私からもお願いします。どうか御夕飯作っていただけませんか?

妹:うっ……いい、の? お、ねえちゃ、ん。その、一般庶民の夕食です、だよ?

王女:ええ、ぜひ

妹:ふぅ……わかった。じゃ、作ってきます……

妹:あ。お兄ちゃん! お姉ちゃんと二人きりになるけど、その……変なことしちゃだめだよ

兄:するかっ!

0:   

兄:なんか、変だよな、お前ら二人とも

王女:そ、そんなことはないですよ……!

兄:だからその喋り方が既に……ああっ! もしかして!

王女:……!

兄:敬語の練習か? 就職に向けての!

王女:えっ?

兄:なっ? そうだろ、当たりだろ!

王女:え、えっと……はい

兄:おおおー! とうとうミユキもその気になってくれたかー! うん!

兄:働くことはいいことだぞ! 

兄:給料も入るが、何よりも達成感や自立心が生まれるからな!

兄:で、どこに勤めたいとか、どういう仕事したいとか、もう希望は決めてるのか?

王女:……希望?

兄:そうだよ、希望

王女:希望……私の希望……私が生まれる前から敷かれていた人生のレール。

王女:そこからはみ出すことは許されず、それが私にとっても当たり前だった……

王女:何になりたいか、何をやりたいかなんて、私は……

王女:今まで一度も考えたことすらありませんでした……

兄:いや、考えろよっ。一日中家にいるんだから、それくらい考えられるだろ!

王女:もしかしたら私は逃げていただけなのでしょうか

兄:逃げてる逃げてる! めっちゃ逃げてる!

兄:ん……まあ、いい!

兄:時間はかかったけど今日それに気づいてくれたんだからな! 兄は嬉しいよ!


妹:ねえ、なんか騒がしいけど大丈夫!? なに話してるの?

兄:おう! 二人でいろいろ話してたんだけどな。ミユキがちょっと変わってたよ

妹:そ、そうかなー? お姉ちゃんはいつも通りだと思うけど

兄:いや、なんかちょっと立派になってた

妹:……ちょっとどころじゃないんだよ、本当は!

兄:あ! そういやサクラの働いてる店で、バイト募集してるって言ってたよな!

妹:んー。してるよー。ティッシュ配りの簡単なバイトなんだけど、予定してた人が三人も辞めちゃってさー。困ってるの。

兄:それ、ミユキにもできるか?

妹:お姉ちゃん?

兄:そう

妹:お姉ちゃんって、このお姉ちゃん?

兄:他にいないだろ

妹:無理無理無理!

王女:やはりわたくしには無理でしょうか……

妹:いえ、お姉ちゃんのせいじゃないんですよ? ただ、そのー、お姉ちゃんの手をわずらわせることもないかなと。今は人手が足りていますので!

兄:さっき困ってるって言ったろ

妹:ぐっ

兄:ミユキはどうだ? バイト。まったく知らないところより、サクラがいる職場のほうが心強くていいんじゃないか?

王女:でも、私にできるでしょうか?

兄:大丈夫! できるって!

王女:余計なことをして人様に迷惑をかけるくらいなら、外に出ず、カゴの中の鳥のように、大人しくしていた方がいいのでは……

兄:……どっちかというと、そっちのほうが迷惑だ。

兄:大丈夫。最初はみんな不安なもんなんだから

妹:お、お兄ちゃん。そんな無理言っちゃお姉ちゃんがかわいそうだよ。ねぇ?

妹:いいんですよ? お姉ちゃんは家の中で安全に過ごしていていただければ……

王女:私……働いてみます!

王女:本当にわたくしにもできるのか、自分の力を試してみたいんです!

妹:ええー……でも……

兄:ミユキがこんなにヤル気になっているんだ。頼む、サクラ!

兄:店長さんに話を通してくれないか?

妹:いや、けど……

王女:お願いします!

兄:お願いだ!

妹:う……わかった……じゃ、店長に電話してみるよ

妹:     

兄:よし、じゃあ、ちょっと面接の練習してみるか

王女:は、はい……でも、私面接なんてしたことなくて、どう受け答えていいか……

兄:大丈夫! 変に見栄張ってもすぐばれるからな。

兄:素直に、正直に答えてりゃいいんだ

王女:素直に……正直に……

兄:えー、ではまず、あなたのお名前は?

王女:はい。私の名前はナツノ・ヴァ……

兄:……は?

王女:……間違えました

兄:お前……いくらなんでも自分の名前間違えるなよ

王女:失礼しました。私の名前は佐藤ミユキです

兄:次の質問。何か資格はお持ちですか?

王女:はい、王位継承権があります

兄:あほっ。(頭を叩く)

王女:いたっ

兄:変に見栄張るなって言ったろ。っていうか嘘にしてももう少しましな嘘つけよ

王女:すみません……

王女:      

妹:はい、じゃ、失礼します……(電話切る)

兄:どうだった?

妹:あー、うん……ぜひ手を貸してほしいから、まずは面接に来てくれって……

兄:おー! よし、頑張れよ!

王女:はい、頑張ります!

兄:で、面接はいつ?

妹:いつでもいいって言ってたけど

兄:よし、じゃあ、さっそく行こう! 今から!

妹:今から!?

兄:こういうのはミユキの気持ちが変わらないうちに、早くしないとな!

兄:場所、駅ビルのとこだよな? 俺が連れてくよ! いくぞ、ミユキ!

王女:はい、お兄様!

妹:ちょっ、ちょっと待って……!

妹:はぁ……(テレビつける)

アナウンサー:ひきつづきポルテ王国のナツノ王女のニュースです。

アナウンサー:ナツノ王女は日本食の中でも寿司を特に気に入られたご様子で、特上を三人前召し上がりました。

妹:くそっ、あいつ……私の苦労も知らないで!

アナウンサー:召し上がった後、家族へのお土産にと二人前をお持ち帰りになられました

妹:やった! 特上寿司!

妹:はぁ……向こうも向こうで、大丈夫かなぁ……

妹:     

0:(王室)

0:     

アネ:ぷはーっ! 食った食った!

アネ:あー、王室の人たちは毎日こんないいもん食べて暮らしてるのかー。

メイド:(ドアをノックする)

メイド:ナツノ様。お着替えをお持ちいたしました

アネ:は、はーい! あー、ちょっと待って!

アネ:引き受けた以上はばれないように私も頑張らないとね!

アネ:あたしは王女、あたしは王女……

アネ:よしっ! どうぞ! 入りなさい!

メイド:失礼いたします。ナツノ様、お着替えのご準備が、

アネ:わらわに何の用じゃ! この下郎!

メイド:……はい?

アネ:さっさと答えなさい! 答えられないのならお菓子を食べればいいじゃない!

メイド:えーっと……お着替えをお持ちしたのですが……

アネ:よろしい! それでは着替えはそこに置いて、ひざまいて足をおなめ!

メイド:……な、ナツノ様? お体の具合でも悪いのですか?

アネ:なっ、なぜじゃ! わらわの体が健康であるぞよ

メイド:ぞよ? ほら。話し方がいつもと違って変ですよ?

アネ:えっ? 王女、あー、私の話し方って、いつもこうじゃなかった、のか?

メイド:何言ってるんですか。いつもはもっと普通でしたよ

アネ:そ、そう……よね。うん、ごめんごめん。ちょっとふざけてみただけ

アネ:あー、で、マリア。あんた、ゲームとか持ってない?

メイド:はい、ございます

アネ:ちょっと貸してよ。退屈でさー

メイド:かしこまりました。チェスでよろしいですか?

アネ:……よろしくないわよ。そうじゃなくて、モンストとか、ウマ娘とか。

メイド:ウマ? 乗馬でしたら庭にナツノ様の愛馬がいますよ。

アネ:……あたし、帰る

メイド:どっ、どうなさったんですか、ご不満な点でも?

アネ:退屈で死ぬわよー! ゲームも無し、ネットも無しじゃさー! 不便すぎ!

アネ:近所の漫画喫茶のほうが百倍快適よ?

メイド:も、申し訳ありません!

アネ:じゃあ、せめてお菓子とかない? ポテトチップスとか、うまい棒とか

メイド:キャビアを乗せたクラッカーならございますが

アネ:うまい棒は?

メイド:ございません

アネ:ほんと、便利なんだが不便なんだかよくわからないわ、ここ……

メイド:も、申し訳ありません! では、すぐに買ってまいります!

アネ:あー、うん、よろしく

犯人:……王女様

アネ:ん? なに?

犯人:ドアを開けてください。お菓子の準備ができました

アネ:え、もう買ってきたの? さすが早いわねー

犯人:手を上げろ!

アネ:うわ!

犯人:まんまと引っかかったな。さあ、おとなしくついてきてもらおうか

アネ:えええっ!?

メイド:ナツノ様、うまい棒買ってきました! ……あれ? ナツノ様?

メイド:どこですか、ナツノ様!? ナツノ様ーっ?

メイド:      

0:(隠れ家)

0:     

犯人:くっくっくっ……バカな王女様だ。

犯人:さーて、身代金はいくらとれるかな

アネ:待って! 私をさらっても一円にもならないわよ! 私は偽者なんだから!

犯人:は? 偽者?

アネ:そうよ。王女様は偶然顔のそっくりな私に会って、入れ替わってみることにしたのよ

犯人:お前……つくならもう少しマシな嘘をつけ

アネ:ほ、本当だってば!

犯人:よし。じゃあ、偽者だと証明してみろ。

犯人:王女には絶対にできないようなことをやってみるんだ

アネ:……わかった。両手を縛ってる縄をはずして

犯人:ほほう。何をする気だ

アネ:鼻くそをほじるわ

犯人:……いや、確かに普通王女はやらないだろうけど。えー、それ証明になるか?

アネ:あーもう、どうすれば信じてくれるのよ!

犯人:そうだな……王女ができないこと……例えば王女なら自分で車を運転したりはしないはずだ。お前は?

アネ:運転? 私もできないわ

犯人:王女なら料理なんてできないはずだが、お前は?

アネ:私もできないわ

犯人:王女なら重いものなんて持てないはずだが……

アネ:私も持てないわ

犯人:……お前、やっぱり王女じゃないのか?

アネ:違うってば!

犯人:だっておかしいだろ。そんな何も出来ないようなやつが、王室以外でどうやって生きてきたっていうんだよ

アネ:だって、それはただのニートだったから

犯人:ニート? ニートってなんだ?

アネ:ニートっていうのは……働いてなくて、あんまり外に出ることなく、ずっと家の中にいて、食事とか掃除とか面倒くさいことは全部他の人にやってもらって、自分はずっと好きなことやってる、そういう立場のことよ

犯人:……王女じゃねえか!

犯人:まったく。バカみたいな嘘ついてねえで、さっさと電話番号教えろ

アネ:電話?

犯人:そうだ。早く身代金の交渉をしたいからな

アネ:ちょっ、ちょっと待ってよ。私、自宅の番号しか知らないわよ?

犯人:いいよ、自宅で

アネ:よくないわよ。うち貧乏なのに! あんたいくら要求するつもりなの?

犯人:そうだな……300万ってところか

アネ:300万……それくらいなら、うちにもあるかな……

犯人:さっさと教えないと、お前を捕まえている時間が延びるだけだぜ

アネ:あーもう、わかったわよ……

アネ:     

0:(佐藤家)

0:     

兄:ただいまー

妹:おかえり……あれ、お姉ちゃんは? 面接どうだったの?

兄:まだ面接中

妹:えっ! お兄ちゃん、一人で帰ってきちゃったの!?

兄:ああ、帰りは一人で大丈夫だっていうから

妹:いやいやいや! まずいでしょ、それ!

兄:なんで?

妹:えー、一人でちゃんと帰ってこれるかな……?

兄:あのなぁ……徒歩5分だぞ、こっから。

妹:ねぇ、遅すぎない? 帰り道、暗殺者に命を狙われてるんじゃ……

兄:お前、実の姉を何だと思ってるんだ。

妹:ちょっと私そのへん探してくる!(退場)

兄:あ、おい……まったく。サクラってあんなに心配性だったかなぁ。

兄:近所に出かけるだけでそんな危ない目にあってるはずが、

犯人:『とぅるるるる』(電話音。効果音の用意があればそっちで。なければ口で)

兄:はい、もしもし

犯人:……お前のとこの娘を預かった

兄:…………え?

犯人:返してほしければ、こちらの指示に従ってもらおう

兄:ちょっ……ま、待ってくれ。マジか?

犯人:大切な娘なんだろう?

兄:も、もちろんだ!

犯人:いなくなったら国民全員嘆き悲しむはずだ

兄:え? いや……あいつ、友達一人もいないけど

犯人:こちらの目的は金だ。身代金は300万

兄:300万円か……わかった。なんとかしよう

犯人:円じゃない。300万ユーロだ

兄:ユ、ユーロ?

犯人:高すぎるというつもりか

兄:高いっていうか……ユーロってどこで手に入るんだ?

犯人:ドルのほうがいいか?

兄:普通に、円にしてくれ

犯人:円か……わかった、いいだろう。円に換算すると3億3千万だ

兄:さ、3億!?

犯人:娘の価値を考えれば高くはないだろ

兄:いやいやいや! 過大評価すぎるって! あいつの年収ゼロ円だぞ?

犯人:それと逃亡用のヘリコプターも用意してもらう

兄:どうやって! どこで売ってるんだ、ヘリって!

犯人:断れば娘の命をもらうだけだ

兄:くっ……わかった。あんなやつでも大切な家族だ。どうにか……

兄:何をどうすればいいのか見当もつかないけど、どうにかしよう

犯人:それでいい。念のため言っておくが、この件は他言無用だ

兄:わかってる。警察には連絡しない

犯人:外務省や防衛庁にもだ

兄:……そもそも電話番号を知らん

犯人:受け渡し方法についてはまた連絡する。じゃあな

兄:ま、待ってくれ! あいつは無事なのか?

犯人:ああ、安心しろ。無事だ

兄:本当か? 本当に無事……

王女:ただいま帰りましたー

兄:……本当に無事だ

王女:はい?

兄:……もしもし

犯人:なんだ?

兄:本当に無事じゃないか

犯人:だから無事だと言ってるだろ

兄:そうじゃなくて……なんだ、いたずらかよ

犯人:なんだと?

兄:もうかけてくるなよ。じゃあな!

犯人:お、おい、待っ……(電話切られる)

王女:どうなさいましたか?

兄:ああ、いたずら電話だよ

犯人:『とぅるるるる』(電話音。効果音の用意があればそっちで。なければ口で)

兄:ちっ、ったく……もしもし! おい、いいかげんに……! あ、あれ?

兄:店長さん! あ、すいません、いたずら電話と間違えてしまって……

兄:あ、本日は妹がお世話になりました。え? ええっ、本当ですか!

兄:ありがとうございます! あ、今いるんで代わります!

兄:おい、店長さんから! 今日の面接合格。さっそく明日から来てほしいって!

王女:まぁ! もしもし、代わりました! はい。ありがとうございます!

王女:明日九時ですね。かしこまりました。頑張ります! はい、失礼します!

兄:おおー! やったなぁ!

王女:はい! お兄様のおかげです!

妹:あ、お姉ちゃん! おかえりなさい! 心配したんですよー

兄:おい、サクラ! やったぞ! ミユキがバイト受かったよ!

妹:ええっ! おめでと……うって言っていいのかな

兄:よし! お祝いに寿司でもとるか!

妹:えー。お寿司は明日おみやげがくるじゃん

兄:おみやげ?

妹:それより、ほら、せっかくお姉ちゃんのお祝いなんだから、お姉ちゃんの食べたいものにしようよ、ねえ?

兄:それもそうだな。ミユキは何が食べたい? 何でもいいぞ

王女:何でもいいのですか? でしたら……私、自分で作ってみたいです!

妹:えっ?

兄:えらい! 最近のミユキはイキイキしてて素晴らしいな! じゃあ、サクラ! ミユキに教えてやってくれ!

妹:ええー!? うっ……わかったよ……

兄:よし、じゃあ俺は風呂に入ってくるわ。

妹:ふぅ……で。王女様はお料理は全くの初めてなんですよね?

王女:はい。恥ずかしながら……あ、でもこれは知ってます! カモ肉ですよね!

妹:ただのニワトリです

王女:あら、変わった松茸ですね!

妹:シイタケです

王女:あ、ウニですね?

妹:クリです

王女:なるほどー、勉強になります

妹:では、料理なんですが……

王女:はい! 私、包丁を使ってみたいです!

妹:おやめください! それだけは!

王女:大丈夫です! 面接にだって合格してみせたじゃないですか! もう今の私は、何でもできる気がします!

妹:はぁ……わかりました。でも十分気をつけてくださいね

王女:こ、こんな感じですか?

妹:ええ、まー、いい感じです

王女:ふふ、料理って楽しいものですね。サクラ様がうらやましいです。いつもこんなことができて。

妹:いやー、いつもだと飽きますよ?

王女:いえいえ、やっぱり羨ましいですよ。あんなに素敵なお兄様もいらっしゃって

妹:素敵ですかぁー? 口うるさくて、めんどくさい人ですよ?

王女:そんな……とてもまじめで、頼りがいがあって、ハンサムで……

妹:あはは、何ですか、王女様。まるでお兄ちゃんを好きになったみたいな。

王女:好きっ!?

王女:あ……

妹:……え?

王女:指、切りました……

妹:うわああっ! だ、大丈夫ですか! すぐに救急箱持ってきます!

兄:おい、なんか騒がしいけど……うわ! 大丈夫か、ミユキ!

王女:大丈夫です……

兄:すっごい血が出て、痛そうだぞ?

王女:ええ……でも……本当に痛いのは……心

兄:……どうしよう。ミユキが出血のショックでおかしくなっちゃった!

妹:救急箱もってきたよー!

兄:ほら、見せてみろ。ん……思ったより深くないな。

兄:バンソウコウを貼ってと……ふぅ。まったく、あんまりヒヤヒヤさせるなよ

王女:すみません……ありがとうございます。

王女:このバンソウコウはずっと大切につけ続けたいと思います。お兄様の思い出とともに

兄:いや、治ったら外せよ

王女:生涯にわたって、結婚指輪のように大事にしていきます

兄:やめとけ。臭くなるから。

兄:なんか疲れてるみたいだな。

兄:しばらく部屋で休んでたほうがいいよ

王女:はい……失礼します(退場)

妹:王女様……まさか、本当に……?

兄:ふぅ、驚いた……ま、たいしたことなくてよかったな。

妹:お兄ちゃん! その……話があるの。えーっと、あの人のことで。

兄:あの人ってミユキのことか?

妹:そう……のような、違うような

兄:なんだ?

妹:お姉ちゃんってさ……えーと、かわいいよね!

兄:は?

妹:お兄ちゃんはお姉ちゃんのことどう思う?

兄:大切な家族だと思うぞ

妹:そうじゃなくて、今! 今の! お姉ちゃん! どう思う?

兄:指切ってかわいそうだなぁと思うぞ

妹:そうじゃなくてー! えーっと、今日の夕方五時以降からのお姉ちゃん! どう思う?

兄:ずいぶん限定されたな……うーん……なんか急に輝きだしたよな!

妹:だよね! やっぱりそう思う?

兄:ああ、イキイキしてるっていうか、キラキラしてるっていうか。

兄:以前のダメ人間の様子が嘘みたいだ

妹:だよね、だよね! じゃあ、好き?

兄:は?

妹:だから、そういうふうになったお姉ちゃんのこと、好き?

兄:はあ?

妹:お願い、答えて! 重要な、ものすごーく、重要なことなの!

兄:俺がミユキをどう思ってるかが、サクラにとってそんなに重要なことなのか?

妹:そう!

兄:そういうことか……

妹:そう、そういうこと!

兄:あのな……確かにあいつは頼りないところがある。

兄:だから俺は普通より多くかまってきたかもしれない

妹:うん

兄:だから、サクラが寂しくてヤキモチ焼くのもわかるけど……

兄:俺はミユキもサクラも両方同じくらいに好きだぞ

妹:ぜんぜんちがうっ!

兄:心配しなくても、お前もケガしたら、俺が手当てしてやるって(退場)

妹:ちょっと……! あーあ、やっぱり実の妹だと思い込んでるうちはダメか……

妹:しかし、まさか王女様があのお兄ちゃんに惚れるとはねぇ……

妹:もし、万が一うまくいったら……私は王家の親戚、か……うん、悪くないわね

妹:      

0:(翌朝)

0:    

犯人:おい、起きろ!

アネ:んー……?

犯人:お前、よくこの状況で眠れるな……

アネ:ここは……? あー、そっか、昨日誘拐されたんだっけ。

アネ:で、どうだった? 電話した?

犯人:したよ

アネ:で、私はいつ帰れるの?

犯人:帰さねえよ

アネ:は?

犯人:交渉は決裂した。向こうはお前のために身代金を払うつもりはないらしい

アネ:えええっ! ま、待ってよ! 要求したのっていくらだっけ?

犯人:300万だ

アネ:そんな……たったの300万円で見捨てられるなんて……!

犯人:というわけでお前は用済みだ。これから外国に売り飛ばす

アネ:うえええっ?

犯人:これからは奴隷として生きていけ

アネ:無理無理無理! 一度も働いたことないのに最初が海外勤務?

アネ:無理よ! せめてもうちょっと働きやすそうな所に売り飛ばしてよ!

犯人:どこならいいんだよ

アネ:日本の、えーっと……マックとか

犯人:マクドナルドは奴隷を買い取ったりしないだろ

アネ:……いや、するわよ?

犯人:え、するの?

アネ:あー、じゃあドナルドに電話してみようか?

犯人:ドナルドに!?

アネ:人事部担当はあの人だから

犯人:そうなの? 宣伝担当だと思ってた

アネ:彼は裏で人身売買にもたずさわってるの。そんな顔してるでしょ

犯人:……してる! なるほどなー、確かに怪しげなピエロだと思ってたんだ。

犯人:よし、いいだろう。ほら、さっそくこれで電話してもらおうか

アネ:ハロー。オー、ドナルド。ハウアーユー。イエス。グラタンポテトバーガー。

アネ:ポテト。Lサイズ、プリーズ。アーイムラビイッ。サンキュー。バーイ。

アネ:300万で買い取るって

犯人:マジでっ?!

アネ:さっそく来てほしいそうよ。縄を外してちょうだい

犯人:おう、待ってろ

アネ:うらあっ!(犯人を蹴る)

犯人:いだあっ!(倒れる)

アネ:だまされたわね、ばーか! このあたしが働いてたまるか!

犯人:くっ、くそ! 待ちやがれ!

犯人:     

0:(商店街)

0:     

兄:あーあ、ミユキ、大丈夫かなぁ……ちゃんと一人で働けてるかなぁ……

兄:ちょっと様子を見に……いや、俺が信じてやらなくてどうする!

兄:ミユキなら大丈夫なはずだ! 信じよう!

アネ:はぁ、はぁ……(走って逃げてくる)

アネ:ああっ、兄さん!

兄:うおおっ? み、ミユキ? なんでお前ここにいるんだよ?

アネ:逃げてきたわ!

兄:いやいやいや! だめだろ、逃げちゃ! 早く戻れよ!

アネ:ええっ?!

兄:あのな、ミユキ。人生、逃げたらそこでおしまいだぞ

アネ:逃げなかったらそこで人生おしまいでしょうが!

アネ:あーっ! そうだ! 兄さん、よくも私を見捨ててくれたわね!

兄:違うって。見捨ててなんかいないよ。俺はミユキなら一人で頑張れると信じて。それであえて見守ることにしたんだ

アネ:最悪じゃないの! 大変だったんだからね! どうにか嘘ついて抜け出してこれたけど!

兄:何て言ったんだ?

アネ:マクドナルドが私を奴隷として買いたがってるって言ったの

兄:すごい嘘ついたな!?

アネ:ま、今回の件でよくわかったわ。この仕事、見た目ほど気楽じゃないのね。

アネ:やっぱ、あたしにはニートが向いてるわ

兄:おい、待てよ! もう少しだけ頑張ってみてだな……

アネ:だって、ゲーム機なくて遊べないのよ?

兄:そりゃそうだよ!

アネ:欲しいお菓子は出てこないし!

兄:お前、何やってたんだ!?

アネ:というわけで、あたしは家に帰るわ。ばいばーい

兄:おい! ちょ、せめて先方に正直にお詫びしてから……!

兄:はぁ……やっぱまだ働くのは早かったのかなぁ……

兄:なんか目も死んだ魚の目に戻ってたし。

兄:しょうがない。店長さんたちには俺から謝っておくか……

兄:     

0:(商店街。王女、ティッシュ配り中)

0:      

王女:お願いしまーす。ティッシュです、どうぞお願いしまーす

犯人:はぁ、はぁ……(走りこんでくる)

犯人:ああっ、見つけた! この野郎、よくも……!

王女:はい? あの、どなたさまでしょうか?

犯人:しらばっくれるな! お前を連れ戻しにきたんだよ! ナツノ王女!

王女:しっ、ししし知りません! 人違いです! 私は佐藤ミユキ。

王女:王家とは何の関係もないただの一般人ですわ

犯人:ふん、そう何度もお前の嘘に騙されてたまるか!

王女:本当です! 私は王女ではありません!

犯人:あっ! あんなところに外交官が!

王女:ごきげんよう。……はっ、しまった!

犯人:さぁ、さっさと俺と来るんだ!

兄:ミユキ!

王女:お兄様……!

兄:あれー? なんだよ。お前、ちゃんと戻ってたのか。よかったー。

兄:仕事逃げ出したって聞いた時はもうどうしようかと。

王女:あの……三分。三分だけあの方と話をさせていただけませんか? 

王女:最後のせめてもの思い出に。

犯人:……わかった。三分だけだぞ

王女:お兄様……いえ、アキヒロさま

兄:ど、どうした? あらたまって

王女:私はもう行かなければいけません

兄:行く? あ、勤務場所が変わるの? 次どこ? 駅前?

王女:……いいえ。次の勤務地は私の……私の本来の職場です。

王女:生まれたときから、そこにいることが定められている、本当の職場

兄:それって……おい! やめてくれよ! 

兄:自宅を警備することが私の天職とか言うんじゃないだろうな!

王女:アキヒロ様。最後に告白しなくてはいけないことがあります

兄:ん、なんだ? まさか俺の財布からいくらか抜き取ったとかか?

王女:いえ、もっとすごいことを……

兄:え、もしかしてクレジットカードか!

王女:いえ、もっとすごい……

兄:もっと? お、お前、まさか実印を!?

王女:実は……その……好きです!

兄:……は? あ……ああ、俺もミユキが好きだぞ。働いてくれたらもっと好きだ

王女:そうじゃなくて! 一人の男性として、お兄様……いえ、アキヒロさまを愛しているんです!

兄:えーっと……あ、なんか買ってほしいものでもあるのか?

王女:禁じられた愛であることは分かっています

兄:お、おう。禁じられてる

王女:アキヒロさまと私では身分が違います

兄:いやいやいや、確かにニートと社会人じゃ身分は違うけど! 

兄:もっとあるだろ、それ以上の禁断要素が!

王女:それと……もうひとつ告白したいことがあります

兄:まだあるのか!

王女:たぶんアキヒロさまは驚かれると思いますが……

兄:これ以上? ちょっと、やだよ、聞きたくないよ

王女:実は、私、本当は……!

犯人:おい! もう時間だ! 行くぞ!

王女:くっ……さようなら、アキヒロさま。どうぞ、お元気で……

兄:ええ……?

兄:     

0:(別場所)

0:     

メイド:はぁ、はぁっ……(走りながら王女を探している)

メイド:もし、そこのお嬢様!

妹:はい?

メイド:ちょっと、人を探しているんですが

妹:はい

メイド:近くでこの写真の女性を見ませんでしたか?

妹:どれどれ……こっ、これ、王女様……!

メイド:しぃっ! 静かに! 気付かれてしまいましたか……はい。

メイド:実は我がポルテ王国第一王女ナツノ様が王室から姿を消してしまわれたのです

妹:そ、そうですかー、大変ですねー

メイド:家出か、誘拐か……しかし誘拐犯からの連絡もありませんし……

妹:あー、まぁ誘拐じゃないと思いますよ

メイド:え? 何かご存知で?

妹:えっと、その……ちなみにもし家出だとしたらどうします?

メイド:一刻も早く見つけて、王室に戻っていただきます

妹:ですよねぇ……

メイド:それで王女様は今どこに?

妹:ふぅ……えっと……あっちに駅があるの見えますか?

メイド:はい

妹:そこから千葉行きの電車に乗って、舞浜駅で下車

メイド:はい

妹:すると目の前にディズニーランドがあります

メイド:……はい?

妹:その中にいました

メイド:えっ……それは、シンデレラとか白雪姫とか、違う王女じゃなくて?

妹:確かにナツノ王女様でした

メイド:くっ……あんな広大な敷地と、膨大な人数。一体どうやって探せば……

妹:根気よく一人一人顔を見て回るしかないんじゃないですかね

メイド:そうですね。さっそく向かいます。ありがとうございました! では!

妹:頑張ってくださいね!

メイド:はーい!

妹:ふぅ、危なかったぁ……

アネ:ああ、サクラ!

妹:あ、王女様! 大変です。いまメイドさんが王女様のこと探してて!

アネ:バカ! 私は王女じゃないわよ! ミユキ! 佐藤ミユキ! あんたの姉!

アネ:あんまり寝ぼけたことばっか言ってると、口の中にトウガラシ放り込んでガムテープで蓋するわよ!

妹:…………へぇー! ずいぶんとお姉ちゃんのマネがうまくなりましたね!

アネ:はあぁ?

妹:ところでバイトはどうしたんですか? 今は休憩ですか?

アネ:だから私は王女じゃ……ちょっと待って。バイト? 何の話?

妹:何言ってるんですかー。

妹:昨日バイトの面接に受かって、今日がその勤務初日でしょう?

アネ:ちょっ、知らないわよ、そんなの!

妹:今日一日だけ頑張ってくれれば、明日からは本物のお姉ちゃんに、ちゃんと責任もってあとを引き継がせますからー

アネ:勝手な約束するなぁ!

妹:いやー、それにしても王女様はご立派ですよね。あの、いい年して働かず、家でだらだらと自堕落に過ごすだけの、どーしようもないお姉ちゃんに、爪のアカでも飲ませてやりたいですよ

アネ:あんたっ! 私のことをそんな風に思ってたのかー!

妹:違いますって。私が言ってるのは王女様じゃなくて、お姉ちゃんのほう……

妹:えっ? あれ? もしかして、お姉ちゃんっ?

アネ:だからそう言ってるでしょうが!

妹:あ、なーんだ、そっか、帰ってきたんだ

アネ:なによ。帰ってこなければよかったのに、とでも言いたげね

妹:そ、そんなことないよ、全然! あーお姉ちゃんが帰ってきてくれて嬉しい!

アネ:ふん。私だって本当はあんな狭い家より王室で暮らすほうがいいんだからね!

妹:えっ、本当! じゃ、もう少し入れ替わってたら? 三年くらい!

アネ:あっ、あんた……!

妹:だって……王女様はちゃんと働いてくれるし、お皿も洗ってくれるし、料理も手伝ってくれるし。

アネ:こ、この野郎……!

妹:あ、そうそう。お姉ちゃん、おみやげのお寿司は?

アネ:…………

妹:ん? お姉ちゃん?

アネ:触らないでちょうだい、この下民が!

妹:ええっ?

アネ:決めたわ! 私は王室で一生暮らす! 

アネ:もう二度とあんたたちのところへなんて帰るもんですか!

妹:ええー! それは困るよ!

アネ:ふんっ! いまさら止めたって

妹:おみやげのお寿司はどうなるのよ!

アネ:……もう、本っ当に、二度と帰らないからね! ばいばい、さよなら!

兄:ミユキ!

アネ:兄さん……

兄:ミユキ……よかった。探したんだぞ

アネ:近づかないで! なによ、どいつもこいつも! 

アネ:兄さんだってどうせ私のこと厄介者だと思ってるんでしょう!

兄:そんなことはない! お前は俺にとってこの上ない大切な家族だ!

アネ:…………(すねた表情)

兄:お前がいなくなったら、俺はとても悲しい。

兄:だからお前の気持ちは何よりも尊重したい

アネ:…………(ちょっと態度を和らげる)

兄:でも、やっぱり近親相姦はまずいよ!

アネ:……は?

兄:お前の気持ちは確かにうれしいけど……!

妹:ちょ、ちょっと……お姉ちゃん、いったいお兄ちゃんに何を言ったの?

アネ:知らないわよ! 王女様のほうじゃないの? 

アネ:っていうか、兄さんにはもしかして話してないわけ?

妹:うん、王室に連絡されたらまずいと思ったから……あのね、お兄ちゃん。

兄:なんだ?

妹:お兄ちゃんに告白したいことがあるんだけど。

兄:お前もか! やめてくれ! だから近親相姦はダメなんだって!

妹:違うわよ、馬鹿! えーっと、話せば長くなるんだけど……

妹:お姉ちゃんは、実は、王女様だったのよ

兄:は?

妹:ポルテ国の王女様が昨日、町を歩いていたら、偶然顔がそっくりなお姉ちゃんに会って、入れ替わることにしたんだって!

兄:まさか、そんなバカみたいな話

妹:ほんとだってば

兄:いやいや、ありえないって

妹:だって、本物のお姉ちゃんが自分から働きたいなんていうはずないでしょ?

兄:それもそうだ! なるほどなー。どうりで変だと思ったぜ……

兄:あれ? じゃ、俺が面接に連れていったのは?

妹:王女さまよ

兄:じゃ、今日働いていたのは?

妹:王女さまよ

兄:じゃ俺に愛の告白をしてきたのは?

妹:王女さまよ

兄・アネ・妹:…………ええええええっ!?

妹:お、お兄ちゃん、王女様に告白されたの?

アネ:兄さん、王女様に告白されたの?

兄:俺、王女様に告白されたの?

妹:えっ、それで王女様は今どこに?

兄:自分の本来いるべき場所に戻るって……

妹:おいかけなよ!

兄:おいかけ……え、おいかけてどうすんだよ!?

妹:何言ってるの! 告白の返事をするんでしょ!

兄:いやいやいや、無茶言うなよ!

妹:なんで? お兄ちゃんだって、王女様のこと憎からず思ってたんじゃないの?

妹:最近のお姉ちゃんをどう思うって聞いたら、

妹:最近すごく良くなったって言ってたじゃん!

アネ:……ちょっと待って。なんかそれ、前はダメだったみたいじゃない?

妹:勇気を出しなよ!

兄:いや、しかし、あまりにも身分が違うし……

妹:えー、もったいないなー。あたしも王族の一員になりたかったのに

アネ:あんまいいもんじゃなかったわよ、王族。厳しいし不便だし気苦労も多いし

妹:そうなの?

アネ:そうよー。私なんか誘拐されたんだから

兄:誘拐っ?

アネ:そう! 黒いジャケットを着たやつが、突然私を。

兄:ちょっ、ちょっと待った! 黒いジャケット……? 

兄:それ、王家に仕えてる人じゃないの?

アネ:は? 何言ってるの。私をさらった誘拐犯よ

兄:おっ……王女様が危ない!

兄:     

0:(別場所)

0:      

犯人:ほら、さっさと歩け。

王女:はい……あら? 王室は逆方向では?

犯人:何言ってるんだ。王室には行かん

王女:まぁ、もしかしてこのままポルテ国へ?

犯人:違う。お前はどこぞの外国へ売り飛ばされるんだ

王女:うっ、売られる?

犯人:そうだ。身代金が手に入らなかったんだから仕方ないだろう

王女:ちょっ、ちょっと待ってください! あなた誰ですか?

犯人:誘拐犯だよ

王女:王家の使いじゃなかったんですか?

犯人:なんだ、その勘違い。ほら、行くぞ

王女:いっ、嫌! 放してください!

犯人:ええい! いい加減観念しろ!

メイド:ナツノ様!

王女:マリア! ……なんでミッキーのぬいぐるみを抱きかかえてるのですか?

メイド:ナツノ様がいなくなったから心配してディズニーランドにいってたんですよ!

王女:さぼってただけじゃないですか。

メイド:さぁ早く帰りましょう。うまい棒も用意してありますから

王女:うまい棒?

犯人:待て! 手をあげろ!

メイド:ひっ!? ナ、ナツノ様。この人は一体?

王女:わたくしを外国に売り飛ばそうとしている誘拐犯ですよ!

メイド:ゆ、誘拐!? ナツノ様、誘拐されてたんですか!?

メイド:てっきり、うまい棒がないことに怒って、家出したものだとばかり!

王女:わたくしをなんだと思ってるんですか、あなたは!

犯人:ま、そういうことだ。撃たれたくなかったら手をあげろ。

メイド:くっ……うりゃあ!(ぬいぐるみを投げつける)

犯人:うわ、ミッキーがっ!(拳銃落とす)

メイド:ナツノ様、今です! 拳銃拾って!

王女:ええっ!? うっ、動かないでください!(銃を構える)

犯人:ひいいっ!

王女:あわわ、ちょっと、銃なんて初めて触ったんですけど……!

犯人:お、落ち着け! 絶対撃つなよ!?

王女:こ、これ、どうすればいいんですか、マリア!

メイド:ひいいっ! こっちに銃口向けないでください!

兄:王女様ー!

王女:アキヒロ様!(銃を持ったまま振り返る)

兄:大丈夫でしたか……ひいいっ!?

王女:アキヒロ様……私を助けに来てくれたんですか?

兄:そ、そのつもりだったんですけど、余計なお世話だったみたいなので、帰ります

王女:待ってください。先ほど、私のことを王女と呼びましたよね?

兄:は、はい

王女:そうですか。とうとう真相を知ってしまったのですね……

王女:では、もう仕方ありません……

兄:え? もしかして俺、消されるんですか?

王女:ご存知の通り、私は王女です。

王女:本来なら軽はずみにこんなことを言ってはいけません。しかし……

王女:アキヒロ様! どうか……どうか私と結婚してください!

メイド:ナツノ様!?

王女:なんですか!(銃を持ったまま振り返る)

メイド:ひいいっ! な、何でもありません……

兄:王女様……わかりました、俺も正直に答えます。俺の答えは……!

兄:     

0:(翌日。飛行場)

0:     

妹:あっ! あれじゃない?

アネ:ああ、そうね。たぶんあの飛行機よ

妹:王女様ー! 元気でねー!

妹:ふぅ……行っちゃったね

兄:ああ、行っちゃったな

妹:お兄ちゃん、本当は寂しいなーって思ってるんじゃない?

兄:まぁな……いいこだったしなー。元気で、しっかりしてて、頑張り屋で

妹:いい人だったよねー。

妹:料理手伝ってくれて、お皿も洗ってくれて、ニートじゃなくて

アネ:あんたたち、本当に失礼ね……

兄:ところで、サクラ。首からぶら下げてるの何だ?

妹:あー、これ? 王女様にもらった。ナイトの称号

兄:……よくわかんないけど、すごい物もらったな

妹:じゃー、そろそろ帰ろうか。ほら、お姉ちゃんだって午後からバイトでしょ?

アネ:あー、それって本当に私が行かなきゃいけないの?

0:     

アネ:ちょっと。帰るわよ、兄さん

兄:んー、あー、うん。後から行くよ

アネ:まったく……そんなに寂しくなるなら、ふらなければよかったのに。

兄:……しょうがないよ。あまりにも住む世界が違いすぎるし……

アネ:ふーん……で、正直なところ、王女のこと好きだったの?

兄:まぁ……素敵な人だったからなー。キラキラ輝いててさ。

兄:明るくて、前向きで、本当に、すごく素敵な人だったよ。

アネ:そっか……

兄:よし、じゃあ帰るか!

アネ:そうね。途中で買い物していきましょう! 今日の夕飯、私が作るから!

兄:え、マジで? お前、料理なんてしたことないだろ

アネ:一回だけあるわよ。今度はケガしないように気をつける!

兄:そっか、二回目か……

兄:……ん? お、おい!

兄:このバンソウコウ……! お前……? い、いや、あ、あなた、まさか……!

アネ:(アネ??)

アネ:……さっ、早く帰りましょう、アキヒロさん!

兄:ちょっ、ちょっと待って! えええーっ!?

兄:       

0:(終わり)

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ