【201】 商人連合
日はすっかり傾き、逢魔時。
闇夜が訪れようとしていた。
「すっかり暗くなっちゃったね」
「ええ……」
帝国・レッドムーンをあっちこっちを歩き、今は、か細い街灯が続く通路を歩いていた。
ルナは子供の様に腕に縋りついて決して離れようとしなかった。すっかりデート気分というか、俺も嬉しかった。
「イルミネイトへ戻ろう」
「もっと一緒に……いえ、我儘ですよね。ごめんなさい、カイト様を困らせるつもりはないのです」
「分かった。もうちょっと寄り道しよっか」
「……」
あれ、めっちゃ困った顔をしていた。
なんだか泣きそうだし。
「いいよ。ルナだって、たまには我儘くらい言ったっていいんだよ。皇女様でもあるだし、もうちょい貪欲に生きてもいいと思うぞ。俺なんか、欲深くなきゃ商売なんてやってられないからね」
「その、身勝手な女と思われないですか……」
「そんな事は思わないよ。いつもの優しくて、貞淑なルナも好きだけどさ、もっと羽目を外してもいいと思うし、あれやたい、これやりたいって俺に言って欲しいな。その方が俺も嬉しい。それが難しいのなら、俺が引っ張ってやるから」
その通り、俺はルナを引っ張って寄り道した。
「ここは……」
「ここは『商人連合』さ。ここからの眺めが良くてね、ほらオルビスの塔がよく見えるし、夜空も最高だ」
商人連合。
木造三階建て。古き良き伝統を守り続けている歴史ある組織。このN地区に拠点があり、露店広場を管理している。また、露店を出店するに当たっての手続きとか、商人になりたいヤツは必ず通る道。
それは今はいいか。
とにかく、その出入り自由の展望台にいた。ここは裏スポットとしても有名で、カップルがよく集中するらしい。今は貸し切りだった。
「わぁ、素敵な場所ですね。まさか商人連合とは思わなかったですけど」
瞬きするのも惜しい程に絶景。
100万セルの夜景だった。
木製のベンチに座って、星空を仰ぐ。
ルナが頭を預けて来た。
こんな闇夜でも、彼女のクリーム色の髪は月明かりと同等の耀きを示し、暗晦に沈む俺を照らした。
それがあまりに嬉しくて、ルナに一度言ってみたかった言葉を贈った。
「月が綺麗ですね」
「……」
耳まで真っ赤にするルナは、頭を俺の膝の上に落とした。甘えてくるルナに対し、俺は優しく、気持ちを篭めて撫でた。
うんうん、やっと我儘になってくれた。
ルナの気が済むまでこうしていよう――。
なんて思っていれば、
「おうおう、そこの二人」
「こんな所でイチャついてんじゃねぇぞ!」
怪しい二人組が現れた。
「んだよ、メイドかよ……って、すげぇ美人だな! やっちまおうぜ、アニキ!」
「ホントだ、コイツはいい。あの美人メイドは戴く。――って、まて。この二人どこかで……」
ごっつい男とヒョロヒョロの男……どこかで見覚えが。向こうも知っているようで――あ。
「まさか……グラットン兄弟か!?」
セイフの街にいた時代、あの初代イルミネイト購入直後に現れた暴漢である。なんだ、この二人は帝国に居たのか。珍しいというか、久々に見た顔だ。思い出したくもなかったけど。
そういえば、あの後、ソレイユの部下に捕まって連行されていたような。
「兄貴、この男……!」
「ああ、違いねぇ。あのセイフの街にいた……」
二人は怖い顔をして見つめ合い、そして――
「「あの時はすみませんでした!!」」
なんか頭を下げて謝って来た。
はい?
とりあえず、ルナを守りつつ状況を確認した。
「お前たち、帝国で何してる?」
「へ、へぇ。俺たちは今日、釈放されましてね。それで……ムシャクシャして……」
俺とルナを狙ったらしい。
ふざけんな! 邪魔すんなし!
「見逃してやるから、どっか行け」
「あ、ありがとうございやす。……それにしても、そのメイドさん、本当に美人ですね。どこでそんな絶世の美女を……? 折角なので握手とか」
グラットン弟が手を差し出してくる。
触らせるかってーの。
「もれなく通報するぞ」
「ひぃ! それだけはご勘弁を」
「早く帰れよ」
「いやぁ、それが俺たち文無しで……」
「野宿でもすればいいだろう。俺にお前たちを助ける義理はないよ。過去に酷い目に遭わされたしな」
二人ともショボンとしていた。
こう言ってはなんだが、薄気味悪すぎる。
「で、では」
「あぁ、仕方ないな。商人連合には無料の宿泊施設がある。この一階だよ」
「おぉ! 恩に着ます! あざっす!」
グラットン兄が感謝した。
怖いって。
二人は一階を目指して行ったが、その時、弟の方が振り向く。
「そうそう、牢屋で訊いた話なんですがね、セイフの街が共和国に塗り替えられたらしいですぜ。帝国領がどんどん狭まっているって噂ですわ」
「マジか。向こうはそんな戦力を?」
「ええ、今や総力戦って話。大規模戦争が始まりつつあるとかなんとか。アレもう、小競り合いとかってレベルじゃねえ。血を血で洗う殺し合いだって……看守が不満気に漏らしていたよ」
そう情報を寄越して、グラットン兄弟は去った。まさか、アイツ等から情報を得る事になるとは思わなかったが……。
「ルナ、状況は芳しくなさそうだな」
「ええ。国を出る前に一度、オルビスで確認する必要がありそうです」
俺がずっと帝国に留まれば、どんどん状況が悪化していくかもしれない。……俺は、この国に居てはダメな存在なんだ。
「こんな事なら――」
「いいえ、それは違います。わたしが許します。皇女であるわたしが、貴方の全てを許します。ですから、絶対に独りで行かないで下さいね。譬え置いて行かれても、わたしはカイト様を見つけるまで諦めませんから」
「ああ、皆を裏切る真似はしないよ。俺はルナのモノだし」
「嬉しい。じゃあ、カイト様はわたしのモノですよね」
俺は言葉よりも行動で示した。
唇を重ね合わせ、俺がどれほど想っているか愛を伝えた。
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