【181】 ルナ・オルビス(ルナ視点)
「ルナ様、申し訳ございませんが、陛下は只今、大切な緊急会議があるので対応し兼ねるのです」
これ以上は通せないとオーロラが阻む。
あの扉の向こうには、父がいるというのに。
「それで、会議とはなんです」
「さあ、そこまでは存じ上げておりません……ですが、深刻な事態かと予想されます」
また戦争か、それとも。
「そうですか……」
父との対話は明日へ持ち越しとなった。
残念だが、急を要する事態であるならば仕方ない。無理に中へ入れば、父はきっと話を聞いてくれなくなる。
断念し、わたしは部屋へ戻る方向で気持ちを切り替えた。
「クレール、ここまでの護衛をありがとうございました」
「いえ、私は何も出来ませんでした……」
「そんな事はありません。誰かが傍にいてくれるだけでも、今のわたしにとっては心強い味方なのですから」
「ルナ様……感謝を。それと陰ながら応援しております。頑張って下さい」
頭を下げ、クレールは踵を返した。
わたしもオーロラに「また来ます」と短く返事をし、自分の部屋へ向かった。
◆
このオルビスの塔の上層部に、わたしの部屋はあった。恐らく七年ぶりとなるだろう、自室の前に立った。
「……久しぶりですね」
扉を開けると、変わらぬ風景が取り残されていた。まるで、この空間だけ時を止めているかのような。
中へ入り、周囲を見渡す。
空気は当時のままだ。
広々として、帝国が望める空間。
ただ、子供のわたしには広すぎて、上にしても下にしても行き来が大変だった。今や懐かしい思い出。
「変わりませんね」
無駄に広いベッドに腰掛け……わたしは、カイト様から戴いた黒いリボンを撫でた。こうして彼と離れて、初めて気づく孤独感。ずっと、淋しいという想いが心から消えなかった。
「……カイト様、わたし……貴方に逢いたい……」
イルミネイトの毎日では、いつも彼が傍にいた。抱いて貰った。逆にお世話をしたり、他愛のない話をしたり……それが当たり前の日常生活になっていた。
それなのに今はひとりぼっち。
ベッドに身を投げ、落ち込む。
こんな辛くなるのなら、もっと長い時間を過ごせば良かった。彼が望むのなら、この身を、初めてを捧げれば状況が違ったかもしれない。
「好き……大好き。ぜんぶ好き……カイト様を……愛している。もっと愛して欲しい……もっと抱いて欲しい……もっと頭を撫でて欲しい……。笑顔を向けて欲しい……」
わたしにはもう、カイト様が居ないと……辛すぎて死んでしまう。
早く、この状況を打開せねば。
平和が戻れば、今度は彼と本当の愛を確かめ合いたい。
◆
――翌朝。
オーロラが部屋を訪ねて来た。
「入ります、ルナ様……あら」
着替え中のわたしを見てオーロラは、目を白黒させた。
「……ルナ様、お着替えでしたらお手伝いを」
「いえ、これくらいは自分で出来ますから……でもそうですね、この皇女のドレスは一人で着るには大変ですから、手伝って戴けませんか」
「承りました、皇女殿下」
オーロラの力を借り、身支度を整え終わった。
「礼を言う、オーロラ。この先は、皇女としてわたしは動く。よいな」
「――はい、殿下。私は貴女様の忠実なメイドとして、誠心誠意尽くして参ります。ですから如何様にも」
「では、皇帝陛下のもとへ頼む」
「御心のままに」
ようやく面会が叶った。
その道中、早朝から何処かへと出掛けていたらしい、ノエルとも合流を果たした。彼女の鎧が少しばかり破損していたのが気になった。
「……」
ともあれ、今は皇帝陛下へこの想いを伝えねばならない。
王の間に入った。
中には、七つの貴族からの臣下が三名と、オルビス騎士団からノエル騎士団長、第三師団のユーリがいた。
わたしは、全員から注目を受ける。
玉座には、ダズル皇帝陛下。
「――我が娘ルナよ、良くぞオルビスへ戻ってくれた。父は嬉しく思うぞ。……うむ、その姿……またより一層美しくなり、月輝いておるな。まるで恋する乙女のようにも見える」
「その通りです、陛下。わたしは、恋をしております。いえ、ある方を深く愛しております」
「……そうか。今回のこれは、その報告だったか」
「いいえ、わたしの彼が今、ベルガマスク・セルリアンなる人物と間違えられているのです。それを正しに参りました」
「ではまず、その男を連れて参れ。話はそれからだ」
首を横に振って、わたしは答えた。
「彼は……このオルビスには連れて来られません。カイト様の身にもしもがあれば、わたしは帝国を許せなくなるからです。彼は、わたしにとって掛け替えのない存在なのです。彼がいない人生など、もう有り得ないのです。
わたしは、カイト様の全てを愛している。
わたしは、カイト様を世界一愛している。
彼と共に歩み、彼の最良の妻として生きたいのです。その為にも彼は安全な場所に身を置いています。この娘の言葉で足りぬのならば、わたしは国を捨てる覚悟です」
「…………ッ」
父は涙を流しながらも頷いた。
「愛が故か――お前がそこまで人を想うようになるとはな……父は嬉しくも誇らしいぞ。よかろう、お前の我儘はこれが三度目だ。一度目は、別の城を望んだ時、二度目は、男の面会の時……そして今回三度目。これが最後と思え、我が娘よ」
「有難きお言葉です、皇帝陛下」
これでカイト様の嫌疑は……。
安心しきった――その瞬間だった。
『――――!!!』
三人いる臣下の内、一人が突然動き出し、わたしの方へ。……そうか、きっとあのヴァルムが手引きを……あれだけではなかったのだ。
「…………っ!」
投擲されたナイフが接近してくる。
……今度こそ、わたしの命は……ここで。