【161】 奪われた主
長テーブルに並べられている肉やら野菜。
一見シンプルに見えて、味わえば至福と贅沢を感じた。なんだこれは……あのただの食材が、こんな劇的に変わってしまうのか。どんな魔法だ。
「うまい……」
食堂にいる誰しもがそう唸る。
ルナの一番得意な料理にして、俺の大好物ハンバーグを口に運ぶと、肉汁たっぷり、濃厚な味わいが口の中に広がった。
カリッとモフッとして、なんという絶妙な塩梅。奇跡の二重奏が織り成した。
対面の席で究極の美味を感じ、恍惚となるミーティア。顔がスライムのように蕩けて幸せそうだ。俺もだけど。因みに、ミーティアの隣に座るソレイユは、何故か感動して猛烈に泣いていた。だが、気持ちは分かる! 美味すぎるもんなぁ。
俺の右隣、ルナも上品に肉を味わっていた。
このシーンだけでも映える。
左の席にオーロラ。最初は「メイドですから」と、席へ座る事を頑なに拒否したが、俺がそうはさせなかった。招待した以上はお客さんだからな。
そのせいか分からないが、オーロラは上機嫌にお酒を注いでくれた。
「どうぞ、カイト様」
「ありがとう」
お礼を言うと、ルナが反応した。
「オーロラ、それはわたしが……」
立ち上がって止めて来るが遅かった。グラスは、既に赤いワインが満たされていた。その瞬間、オーロラは余裕の笑みでルナを牽制する。それに対し、ルナは少し膨れた。けれど、直ぐに冷静を保った。大人の対応だな。
「今日は、オーロラをご招待したのです。わたしからもご一献」
「ルナ様……。ありがとうございます」
なんだかんだ仲が良いんだな。
ソレイユとミーティアも微笑んでいた。
◆ ◆ ◆
食事後、オーロラには四階の部屋を貸した。
俺とルナは、最上階の自室に戻って風呂など済ませて――就寝。トラブルのない平和な一日が終わると思っていた。
「――――」
――冷たい風が頬を突いた。
おかしい。
動けない……。
まるでロープか何かで両手両足を縛られているかのような。それに、口元にはスカーフらしき布を当たられていた。まともに声を上げる事も許されず、息苦しい。
生憎、眼光スキルとかナイトビジョンスキルなど、そんな便利なモノは持ち合わせていない。暗闇の中、自力でなんとか目を慣らし、凝らしていく。
「……ん?」
俺は、随分と華奢な人物に担がれているらしい。視界が悪いが、月光が次第に状況を照らした。
「気づかれましたか、スカーフは外しますね」
口元が自由になって、まともな声を出せるようになった。
「……あんたは? オーロラ?」
淡白に返事をするメイド長。
マテ……俺は外にいるのか?
「ここは……」
「現在、帝国・レッドムーンの『L地区』です。舌を噛まないよう気を付けて下さいね」
L地区。
つまり、皇帝の城、七つの貴族、騎士団がある地区だ。巨大塔オルビスも近い。――ってなんで俺、拉致られているんだよ。
「うわっ!」
ドンッと加速し、突っ走るオーロラ。これでも俺は60kgの体重がある。軽々と持ち上げて屋根をピョンピョンと飛び跳ねていくとか……。この前、レベルを売ったとはいえ、敏捷性が高すぎる。
「――ど、どうして! 俺を連れ去ったのかよ」
「それより後ろを」
「後ろォ?」
ひょこっと頭を出して背後を確認すると――
怨霊顔負けの赤い眼光を散らすルナの姿があった。なんか、ラスボス級の悍ましいオーラを放っておられるんですが……!
「こわっ!! なんか知らんけど、ルナが追いかけて来ているじゃないか! あんな物騒な顔をして……ブチギレてるだろ、あれ!」
「ええ、私がカイト様を奪ったので」
てへっとオーロラは笑った。
おいおい……!
こりゃあ冗談じゃ済まされないぞ。
殺されるよ、オーロラが!
「俺を下ろせ、キミの命がないぞ!」
「こうでもしないと、ルナ様が来て下さらないのですよ。カイト様には、ある方に会って欲しいのです」
「ある方……? って、うわぁっ……」
油断していると、背後からグロリアス系の攻撃が吹っ飛んできた。オーロラの首元を掠めていった。殺す気マンマン!? ……ただの忠告だったと思いたい。
それからオーロラは軽々と飛び跳ねて、貴族の城館の屋上でスピードを緩めた。その隙を狙ったルナは、更に加速し――空高くジャンプ。くるくる宙を器用に舞って前方へ。目の前に立ちはだかった。……早ェ。
「……どういう事ですか、オーロラ。カイト様は、わたしの大切な主様なのですよ。いくらメイド長とはいえ、事と次第によっては許しません」
血のような赤いオーラを滲ますルナの言葉は重かった。この俺でさえ、背筋が凍った。けれど、オーロラは特に表情も変えず、頭を下げた。
「ルナ様、大変なご無礼をお許し下さい。ええ、とりあえず、カイト様はお返しします。私も命は惜しいので」
少し名残惜しそうに俺を解放した。
紐も解かれた。手足が痺れたよ。
やっと地に……いや、屋根の上だけど、足をつけた。それから直ぐにルナが俺の手を取って、庇う動作。むぅ、オーロラにも事情はありそうだけどな。
「……まった、ルナ」
「……ですが」
「俺の言う事聞いてくれるよな」
「……もちろんです!」
ぽんっと空気が抜けるように、邪気が消えた。あの赤いオーラも消え去った。なるほど、ルナの暴走時はこうすれば止められる、と。
さてと、問題はあっちだ。
「オーロラ、事情を聞かせてくれ」
「分かりました。カイト様、ルナ様……こちらへ」
背を向けて走り出すオーロラ。
ついて来いという事らしい。
一体、どこへ……?




