【146】 最新の魔導式生活
生活環境は既に整っていた。
後は店としての基盤を固めていき、俺……いや、みんなの店としてどう完成させるか、だ。前のセイフの街にあったイルミネイトは、俺とルナの。
でも今回は、ソレイユとミーティアもいる。あの時もいたけど状況が違う。だから、みんなで一緒に考えて作っていきたいと思った。
そう、此処はもう新生イルミネイト。
◆
――あのセイフの街から、随分と成り上がったなと自分でも思う。こんな五階建てのビルようなお店を、帝国の中心に近い場所に構えられるのだからな。
期待を胸に、俺は一階にある食堂へ向かった。
ていうか、いちいち階段で下りるの大変だな……。一階に降りるまでに五分、七分は掛かっているぞ。おかげで随分と背中とかに汗を掻いた。運動には丁度いいかもしれんが……これでは、直ぐ風呂に入らなきゃならんな。
う~ん。
何か良い方法はないものかと脳を巡らせていれば――なぜか五階にいたはずのルナが、赤い扉からひょこっと現れた。
「!?」
てくてくと、こちらに向かって来るメイド姿のルナは、俺と同じく「?」と首を傾げたのである。可愛い……いや、そうではない。
「あのさ、ルナは何処から出て来たの?」
「……え、そのエレベーターですけれど……あの赤い扉がありますよね。アレですよ」
「エレベーター!?」
待ってくれ。
そんな便利すぎるモノが備え付けられているなんて、トニーからは聞かされていなかったワケだが……。くそう、俺にだけワザと内緒にしやがったな。
「階段を使うのは大変だろうと、トニー様が魔導エレベーターの存在を教えて下さったのです。あの方の発明だそうですよ~」
やっぱりな。帰り際にルナたちだけに教えたのだろう。トニーのヤツめ、今頃、フレッサー商会で腹を抱えて爆笑しているに違いない。……その姿が目に浮かぶようだ。くぅー!
いつしか仕返ししてやろうと心に誓っていると、
「カイト様、眉間に皺が寄っております。そんな顔なさらないで、ほら、参りましょう」
「……」
ルナの笑顔で俺の怒りは収まった。
良かったな、トニー。
彼女の天使と救いの微笑みがなければ、貴様のレベルは『1』になっていたぞ。
◆
食堂へ入ると、十人ほどは座れるであろう長いテーブルがあった。そこにソレイユとミーティアがちょこんと座って話に花を咲かせていた。
「――近くのお菓子屋さん、アマリリスって言うのだけどね」
「あー、知ってます。あそこのチョコとかカステイラとか甘くて最高ですよね」
なんの話かと思えば、近所のお菓子屋さんか。
「よ、二人とも」
「うーっす、カイト」
「ルナさんも、こちらへ」
俺含め四人して椅子に座る。
「「「「…………」」」」
なぜかそこで会話がストップして――
みんなお腹を『ぐー』と鳴らした。
「「「「ご飯どうしようー!?」」」」
で、一斉に叫んだ。
そうだ、外はすっかり夜。
このホテルのような新生イルミネイトに気を取られすぎて、晩御飯の事など忘れていた。
「う~ん、出前でも頼むか。今からルナに作って貰うのもね」
「いえ、材料さえあれば、わたしは別に構いませんけれど」
「そうだなー…」
考えるよりも行動か。買出しして、ルナだけに押し付けるのはなく、みんなでワイワイ料理を作れば早いだろう。
よし、提案をと思った――その時。
『が~んご~ん』
と、なにやら、ちょっと不気味ちっくに音が響いた。その音にミーティアが顔を青くして怯えた。
「な、なんです、この音……」
確かに恐ろしくもユニークな音だった。
「カイト様、これは魔導式の呼び出し鈴のようです。トニー様が仰っておりましたから」
なるほどねー!
ヤロー、どうやらルナには色々教えてあるらしいな。まったく。
「来客か。じゃあ、俺が見に行く」
「いえ、わたしも」
「分かった」
◆
ルナと共に玄関口へ向かう。
そこには、男がいた。青髪の若い青年だった。
「こんちゃーっす。配達に参りましたー。じゃあ、あとはお願いします」
ぺこっと頭を軽く下げて、青年は去った。
なにか置いていったな。
「これは……ん。手紙も添えられているな」
『きっと空腹も気にせず、新生イルミネイトを探索している事でしょう。晩御飯を代わりに注文しておきました。どうぞ、お食べ下さい。親愛なる友・トニーより』
トニー!!
お前だったかっ。
気の利く奴め。
……これはもう、許すしかないじゃないか。
◆
配達された飯は、なんとモンスター肉だった。
このちょっと金色っぽいのは『グリンブルスティ』じゃないか。さすがの俺でも知ってるぞ。
「黄金に耀く豚よね」
ソレイユが間違った情報を口にする。
「黄金に耀く猪な。イノシシ」
「そうだったわ」
間違ったと慌てるソレイユは、あはは~と笑って誤魔化した。帝国周辺によく出没する獰猛なモンスターの一種だぞ。
でも、そんなイノシシ肉とはなあ。しかもステーキ。黄緑の山菜も添えられており、見ているだけでお腹が鳴る。
皿を並べて、さあ食事。
「「「「いただきまーすっ」」」」
雑にナイフで肉を切り取り、口へ運ぶ。
猪肉を噛みしめると――じゅわぁっと肉汁が溢れんばかりに舌の上で踊る。う……うめぇ! なんだこれ、まるで脳内が黄金に染まっていく気分。あー、これはあれだ、一言で幸せってヤツだ。
俺たちは今、幸せそのものを噛みしめている。みんな、恍惚となって肉を味わっている。分かる、この一生味わえないかもしれない濃厚で芳醇な味わい。一度食べたら、もう病みつきだ。
俺もだが、みんな黙々と猪肉を貪った。