【145】 新生イルミネイト
後からトニーがやって来て「この店はもう使ってくれていいですよ」と言い残し、爽やかに去っていった。
その別れ際、金も支払った。
土地と建物代含め料金を一括払い。
だから、一気に『5億セル』を失った。
最近の戦闘でもかなりのお金を消費した。レベル売買スキルは、使う度に手数料が掛かる代物。代償は伴う。なので今現在の手持ちは3億セルもない。ついでに税金やら何やら払ってしまい、正確に言えば残り2億。
二階へ上がると、部屋がいくつもあった。
ギルドともなれば、これくらい普通かな。
いやだがこりゃ、もうホテルだ。
更に三階。倉庫らしき階層だった。
物置部屋ってところかね。
四階はまた部屋が多数。
広大な寝室がメインで、五つはあった。
まるでVIPルームだな。
で、最後に五階。
ここまで上がってくるのに大変だった。
その通路で、ミーティアとソレイユが驚きながら話していた。
「ソレイユさん、ここ」
「ええ、温泉ね。あと娯楽施設……こりゃ驚きだわ。エルドラードってお金はあったみたいね。これだけ贅沢を詰め込んでいたなんて」
ソレイユの言う通り、彼らはとんでもなくこの建物を改良していたようだ。さすが、武器売買とか献上で金を稼ぎまくっていただけあるな。
温泉に卓球のテーブルやダーツまであった。
おいおい、そこまであるとはな。
見晴らしも息を呑むほど素晴らしいし、帝国が見渡せていた。屋上すげぇな。
しかも一室だけ寝室があった。
多分、マスター専用だったんだろうな。
めちゃくちゃ広かった。
俺らはそこへ入った。
「わぁ……広いお部屋です、カイト様」
「あ、ああ……」
アホみたいに広い部屋の中に高級ベッドがぽつんと。窓が高くて、ガラス張り。帝国全体を見渡せそうな風景が広がっていた。
「ここは贅沢すぎね」
ぽつっとソレイユがつぶやく。
「この五階部屋はずるいですね」
ミーティアも窓に張り付いて街並みを望む。
「あたし、この部屋かな」
「あ、ソレイユさんズルイ! 私もココが良いです」
ソレイユとミーティアは、この部屋が気にいったらしい。てか、俺もココがいいんだがな。ルナと一緒に住むとか最高だし天国だろうな。
「わたしは、カイト様と同じ部屋でしたら、何処でも」
察したのか、ルナはそう言った。
謙虚だなあ。ていうか、俺とは離れたくないらしい。嬉しいけどな。
「うーん、じゃあ、みんなで屋上の部屋にするか? どうせ広いし」
――と、俺は提案した。
すると、
「も~、そんなの勿体ないでしょ。こんな広いんだから。仕方ないわね。ここはカイトとルナでいいわ。譲ってあげる」
「ええ、そうですね。邪魔者は四階にしましょうか、ソレイユさん」
二人とも空気を読んで? 手を振って、踵を返した。遠慮する事ないんだがなー。みんなでワイワイも楽しそうだけど。
「なんだ、二人とも、一緒でもいいんだぞ」
「遠慮しておく。カイトに着替えとか見られたら恥ずかしいし……」
「同感です」
なるほどな。
納得すると、二人とも四階を目指して部屋から出て行った。再び、俺とルナの二人きり。
俺は静かに外を眺めた。
帝国・レッドムーンが眼下に広がる。
大広場を見つめれば、人間の往来。
どこもかしこも人間だらけ。平和そのもの。とても、戦争が起きているとは思えなかった。そういえば、今もオービット戦争は起きているんだよな。
シャロウもあれから、音沙汰はない。
きっと逃げ延びて、どこかで再起を図っているに違いない。またいずれ、俺の目の前に姿を現す日が来るかも。
ヤツ等は、俺を狙っている。
レベル売買をどうしてか必要として――。
「カイト様」
白い指が俺を両頬を包む。
俺の顔を自身に合わせた。
自然と赤い瞳を見つめ合う。
「どうした?」
「ここからなら、きっと綺麗な月が眺められますね」
「そうだな。でも、俺はいつも月を見ているよ」
「……」
俺から手を離し、くるっと背を向けてルナは俺から距離を取った。……あれ、変な事を言っちゃったかな。
「……ご、ごめんなさい。嬉しくて」
「あ……あ~」
よく見れば耳が真っ赤だった。
俺は近づいて行こうとするけど、ルナはトコトコと逃げていく。
「……も、申し訳ありません。今、この顔を見せるわけには参りません。……こ、こんなはしたない顔をカイト様に見られたら、死んでしまいます……」
えー…そんな表情をしているのか。
なんか、ちょっと気になるけど、止めておこう。
なんか知らんけど、とんでもなく嬉しそうだった。
◆◇ ◆◇ ◆◇ ◆◇ ◆◇
――――中立国・サテライト。
そこにある『シャロウ』旧本拠地。
五人は逃げ延びていた。
重症を負ったバオ、トラモント、エフォール。
軽症だが、エルフとしてのプライドを傷つけられたコレリック。そして、静かに思案するエキナセアの姿があった。
「……おい、エキナセアさんよ。カイトを捕らえるんじゃなかったのかよ。そもそも、ヤツをなんで追放した! ヤツは使えただろう。『レベル売買』なんて世界でひとりしか使えないモンを持ってやがるんだぞ!」
果てしなく低く、重苦しい声でトラモントは発言し、ギョロっとした目で副マスターを殺意で睨む。一方で、エキナセアはただ静かに返答した。
「ギルドマスター・アトモスフィア様の判断だ。全てはあのお方の御心のままに」
「アトモスフィア様なあ……。だがよ、その肝心のマスターは、何処にいるんだよ。一週間前から姿を消し、ギルドに現れもしやがらねぇ……」
同じくして、エフォールも口を開く。
「オービット戦争、中立国の支援があるとはいえ……帝国は強大だ。ヤツ等には『赤き月』と『黒き月』が味方しているからな」
更にコレリックも不満気に漏らす。
「あのさぁ、それを融合させるのが、あたしらの目的だったんでしょ。なのに失敗しちゃって、マスターがお怒りになるんじゃない。ていうか、あたしはファルベ家に戻りたいんですけどー。あのミーティアとかいうゴミについて、聞きたい事があるのよ……」
最後にバオは、呪詛のようにそれを唱えた。
「……すまなかった、すまなかった、すまなかった……。カイト……オレサマぁ……、この手でお前をブチ殺してぇ。骨の髄までしゃぶってやりてぇ」
彼はもう壊れていた。
酷い有様にエキナセアは、軽い溜息をつく。
「……」
そんな中で、かつんかつんと音がした。
静かに響く靴の音。
乾いた空気のような気配。
存在は浅く、希薄で――夢のような漠然としたもの。けれど、彼女は戻って来た。世界最強ギルド『シャロウ』へ。
×の印を高らかに示して。
金色の髪が靡く。
白い肌が黄金のように輝く。
翡翠の瞳は、どこか遠くを見据える。
その頭には宝玉・ペリドットが七つ埋め込まれているティアラ。耳にはクリソベリルのイヤリング。首にはパライバトルマリンのネックレス。
そして、グリーントルマリンとアレキサンドライトの指輪。
そのほぼ全身が『翆色』に満たされていた。
エルフの、と言っても身分は相当高い民族衣装に身を包んでいた。そこに汚れはひとつなく、純白そのもの。
厳かな風姿に、一同は固まる。
――彼女こそ、シャロウのギルドマスター『アトモスフィア』。