【141】 赤き月の姫
※カイト視点です
大きな戦いがあった。
世界最強ギルド『シャロウ』との戦いだ。
苦しい戦いではあったけれど、全員の力を合わせて勝利を掴み取った。
少し、ほんの少し。
やっと胸の痞えが下りたような気がする。
宿屋・ヴァーミリオンへ到着。
ここまでソレイユを背負って来たのだが、彼女は、見た目のムチムチボディ反して華奢なので軽くて助かった。
「…………」
そんな帝国の騎士であるソレイユは、顔を異常な程に赤くし黙ったままだった。こうダンマリされていると、居心地が悪い。
「どうした、ソレイユ」
「べ、別に。ちなみに、怒ってるわけじゃないわよ。……これでも嬉しいの」
「嬉しい?」
「……だって、カイトにおんぶして貰えるとか……最高じゃん」
そういう理由か。
俺も彼女を合法的におんぶ出来て嬉しいけどな。――だが、致命的なのは胸だ。口が裂けても言えないけど、タリナイ。圧倒的にタリナイ。
……いや、まあ……多少は感触がない事もないのだが……。いや、止めておこう。これ以上は惨殺される、俺が。
「……ちょっとカイト、なんで深い溜息!」
「なんでもないよ」
「怪しいわね。正直に言いなさいよ」
「やなこった。いいから宿へ入るぞ」
「気になるじゃない、その溜息」
しつこいので、俺はソレイユを持ち上げ直した。
「きゃっ……」
彼女のふわっとした身体が、俺の背中にピッタリと密着した。……お、これは。チェリーブロッサムの香水か。繊細な桜の香りが鼻を突く。
「…………カイト」
「ん~?」
香りを感じていていれば、ミーティアが服を引っ張った。
「カイト、早く宿へ」
子供みたいに俺を見上げる。
そうだな、今にも騎士たちが向かって来そうだし、ずっとこの場所に留まるのは良くない。
「そうだな。ルナ、俺はソレイユをベッドまで運ぶ。先に部屋に戻っていてくれ」
「分かりました。では、お先に」
ぺこっと頭を下げ、ルナは部屋に戻った。
◆
「――よいしょっと」
ソレイユを背中から降ろし、ベッドへ座らせた。
聖剣『マレット』もその横に置いた。
それから気づいた。
妙な視線を向けられる事に。
「……」
なにその名残惜しい的な。
正直言えば、俺もだけどな。でも、ソレイユには安静にして貰わねば。ヒールをして貰ったとはいえ、あれほどの傷を受けたのだ。
「もう寝ろ」
「カイト、あたし……役に立てなくてごめんね」
「何言ってんだ。バオをガグンラーズでぶちのめしてくれた時はスカッとしたよ。ありがとな」
そうだ。ソレイユは俺を助け、誰よりも早く幹部のひとりを倒した。そして何よりも、騎士団から帰って来てくれた。これだけでお腹いっぱいだ。
「……うん」
目尻に涙を溜め、ソレイユはそれでも太陽のように笑った。……ああ、もう、その笑顔はズルすぎる。
俺は、頭を掻いて誤魔化すように視線を外す。
それから。
「ミーティア、お前もよくやったな。初披露の大魔法・ダークコメットもカッコよかった。ていうか、あの杖は強すぎるだろう……まるでチートだな」
「ちーと?」
「……いや、何でもないよ。えっと『インフィニティ』だっけ、杖の名前」
そう聞くと、彼女は何もない所から杖を取り出した。
「おぉ、魔法か」
「ええ、ダークエルフ専用のスキルです。杖をいちいち持ち歩いていたら面倒ですからね。こうして出したり収納したり出来るんです」
出したり消えたりする杖。
そのスキルいいなぁ。
アイテムの収納に使えないかな。
「また詳しく教えてくれ。……じゃあ、二人ともおやすみ」
挨拶を交わし、俺は部屋を出た。
自分の部屋に戻った。
◆
一応、扉をノックして部屋へ。
「ルナ、入るぞー」
中へ入ると、ベッドに座るルナの姿が。
メイドではない、あの赤黒いドレスに身を包んでいた。
こうして明るい場所で見れば、なんと美しい装飾。宝石だろうか、所々に散りばめられていた……む。これ、何処かで見覚えが――。
あの暗闇ではよく見えなかったけど……まさか!
「改めまして……わたしは『ルナ・オルビス』です。この帝国・レッドムーンの皇女。カイト様、貴方に命を救われました」
「……え。俺が?」
「ええ、あれは三年前でした。カイト様はあるクエストによって召喚されたのです。そして、わたしは貴方の力で奇跡的に助かった……だから、わたしはカイト様をお慕いしております」
――ああ、そうか。
やっと理解した。
あの時、俺が助けたお姫様は……
ルナだったんだ。