【136】 猛反撃と復讐
剣というか聖剣ハンマーは、レイピアのようなグリップで非常に持ち易く、手に馴染んだ。剣先には、控えめな金属製の槌が月光に輝く。
相手は二人。
筋肉バカで大戦斧・エンディミオンを振るう事しか取り柄のないのトラモントと、目隠しの努力野郎のエフォール。
二人のレベルは奪って『Lv.1』にした。
けれど、装備は奪えない。
そんなストリップスキルも持ち合わせていない。
ヤツ等は、厄介な効果を持つ防具とか、超強化されたフルエンチャントのアクセサリー装備をしているに違いない。そうでなければ、たったLv.1でこの俺の『Lv.9999』に立ち向かえる筈がない。
きっとこの戦闘を見越して、レベルダウン対策をして来たのだろう。……やってくれたな、エキナセア。いや……アトモスフィア!!
トラモントの大戦斧を辛うじて弾いた俺は、間髪を入れずマレットを横に流した。先端に重みがある分、速度も斧より上。更に言えば、トラモントは図体が無駄にデカイ。
レベルも勿論だが、体格差により俺の方が……攻撃速度は上!
「たぁぁぁぁああッ!!」
「んのぉれぇぇぇッ!!」
斧が左肩に向かって来る。
それがスローモーションに見えた。
これなら避けられる……!!
俺は姿勢を低くして、右に躱した。
すると、直ぐに斧は地面に食い込んだ。
今だ……!
「これはソレイユの分だ、くらえええええ!!!」
「……馬鹿なァ!!」
トラモントの横っ腹に槌を打ち込む。
ガンッと鉄のような金属音がして、巨体は荒波に揉まれるようにうねり、吹っ飛んだ。
「がはぁぁぁああああぁぁぁあああぁ――!!!」
噴水に頭から激突――瓦礫が宙を舞い、ドワーフは斃れた。――多分、気絶はしているだろう。確認している暇はない……背後から殺気。エフォールが拳を振りかぶってきやがった。
キレのある右ストレート。
しかし、それすら緩慢に見え、俺は身体を仰け反らせて余裕で回避できた。
「……んだとぉ!?」
「エフォール、努力と言ったな……! お前、実は努力していないだろ」
「…………なっ」
拳を伸ばしながらも焦るエフォール。
その顔色が悪くなって来ていた。図星か。やっぱり、装備頼りの男だったか。多分、あの目隠しが怪しい。古代文字が描かれているからな、何かの効果に違いない。あれこそが、ヤツの努力らしい。アホか!!
しかし、それよりも――
これが偶然にもエフォールの動揺を誘い、隙だらけになっていた。そうか、精神力までは鍛えなかったようだな。ここを最大のチャンスとする――!
俺は『商人』だからな。騎士スキルは持ち合わせていない。でも、ソレイユの想いを背負うくらい出来る。いや、皆の分もだ。
「レベルを舐めんな、エフォール!!」
「くっ、くそぉぉぉぉぉぉぉ……!!」
下から上段蹴りが向かって来る。
スピードは確かにあった。努力の賜物なのだろう。あれがもし、レベルがそのままだったのなら、俺は回避出来なかったかもしれない。
その蹴りをハンマーの柄で防御。
「……ぐおっ!!」
ボキリと骨の砕ける音がした。
エクサニウム以上に硬質な柄で足を打ち付けたエフォールは、足を反対側に折った。それから地面に伏せ――激痛に悶えていた。
「ここだッ!!」
地面に倒れているヤツに対し、俺はマレットを上から下へ落とした。強く、強く、ただ強く! エフォールの頭に全力で!!
「がはああああああぁぁぁぁぁ…………!!!」
その衝撃で外れる目隠し。
彼は白目を剥き、戦闘不能になっていた。
「――――」
これでも一応『Lv.9999』なんだが、中々に傷を負った。最初に受けたダメージが大きすぎたな。回復剤なんて持って来ていないし、困ったぜ。
――まあいい。
とにかく、トラモントとエフォールをぶっ倒した。……まさか、この俺がな。ただの雑魚商人だった俺がだ。
世界最強と名高い幹部を二人も。
「……ちょっとはスッキリしたぜ」
腹の痛みを押さえながら、俺は地面で寝ているソレイユの元へ。彼女の顔面は血塗れで、酷く汚れていた。
「……ソレイユ」
「おかえり。……ま、まさか二人も倒すとか……カイト、あんたやるわね。あたしより強くてカッコいい男は好きよ。起き上がる余裕があったら……キスくらいしてた」
弱々しい口調でそんな風に言った。
無茶しやがって。
「ありがとな。それと……お前の大切な武器を勝手に使って悪かったな、返すよマレット」
「いいのよ、聖剣もきっと喜んでる。だからさ、戦闘が終わるまでは貸してあげる。カイト、ルナとミーティアを……守って」
「分かった。ソレイユ、絶対に死ぬなよ!」
「ええ……ちょっと寝るわ」
そう言って、ソレイユは目を閉じた……。
気絶、だよな。
あまりに心配になって、俺は顔を近づけた。
「……呼吸はあるな」
びっくりした。本当に寝ているだけか。……よし、ならばルナの所へと振り返った瞬間だった。
「うわぁぁぁ……!!」
目の前で大魔法が花火のように弾け飛んでいた。……ビックリした。殺られたかと思ったぞ。どうやら、ミーティアが反撃して打ち消したみたいだ。こっちに来やがったか、コレリック。
尖った耳。
海のように透き通る白い肌。
髪の毛や服に至るまで水色。パライバトルマリンを誰よりもこよなく愛し、誰よりも貯蔵しているエルフ。
大魔法と呪術の両方をマスターし、扱う。俺がシャロウにいた時代でも、その存在感は強かった。あのトラモントよりもだ。
「ふぅん、ダークエルフのクセにやるわねぇ……。ていうか、賢者の力も感じるんですけどー、これちょっと卑怯じゃなーい? ほんっと、ダークエルフって姑息。だから大嫌いなのよねぇ~。あー、ヤダヤダ」
コレリックは細い足をクロスさせ、厭味ったらしく上目遣いでミーティアを見た。完全にこちらを舐めているな。
「姑息で結構。私は、ダークエルフである事を誇りに思っていますよ。だって、今この後ろにいるカイトが仰ったんです。ダークエルフが好きだと。勿論、普段から優しくしてくれますし、借金だって肩代わりしてくれました。だから彼を守るんです」
普段のミーティアとは違い、力強くそう言葉にした。なんだろう、今日の彼女は一味違う。鋭い刃のようだった。
「ああ……クラールハイトね。二億セルの借金があるのでしょう、ざまぁないわね! ……アハハハハ! ほんっとダークエルフって惨め。生まれたその瞬間から虐げられ、ゴミクズのように捨てられ……誰からも必要とされないか弱い存在。そう、ゴミ、ゴミよ! 決して、エルフになんて成れない憐れな下等生物」
「……なぜそれを。まさか……」
「あたしはファルベ家。共和国・ブルームーンの大貴族。『コレリック・ファルベ』なのよ……あんたのような気色の悪い存在とは違うの」
真実を聞かされ、ミーティアの手に力が篭もった。……そういえば、出逢った頃に言っていた。ファルベ家の罠に嵌められたと――。それがコレリックだったとはな。
「――よくも!! よくも私を……ずっと前から私を!!」
「ええ、そう。お前の出生についてはよく分からないけどね、あのブラック・クラールハイトがダークエルフを養子に迎えたと聞いたの。だからね、タイミングを見計らってお前に借金を背負わせてやった」
ということは相当昔からか。コレリックは、エルフだから寿命も長いし、容姿もそう直ぐには変わらない。そんなミーティアが小さい頃から、コレリックの嫌がらせは始まっていたんだ……。
許せねえ……。
俺もハンマーに力が篭もった。――だが。
「カイト……わたしはファルベ家を……、なによりもコレリックを許せません。侮辱だけじゃない……わたしの人生をぶち壊した張本人です! ぶっ倒します……! いいですね」
嘗てない程に怒りに打ち震えるミーティア……こんな怒る彼女は初めて見た。血管がブチブチ聞こえそうなほど浮き出ている。こりゃ、止められんし、そのつもりもない。
……ああ、その気持ちは痛い程よく分かる。
だから!!
「ミーティア、お前のレベルをカンストさせる」
「ありがとうございます!」
この力は大切な人を守る為に。
「レベルアップ開始!!」




