【133】 月と太陽
目の前にはシャロウメンバー五人。
人数的に不利な状況であるが、俺には『レベル売買』スキルがある。手持ちの所持金を代償に相手のレベルを操作も可能だ。
これを駆使する他ないだろう。
だが、そんな隙を与えてくれるほど相手も生易しくはない。掌を向けた瞬間にも、俺は半殺しにされるだろう。
一応、ギルドマスター・アトモスフィアが俺を欲しているから、殺されないらしいが……再起不能になるほどには痛い目を見るだろうな。
敵の様子を伺っていると、トラモントが首をボキボキ鳴らし、エキナセアに対し乱暴に意見を述べていた。
「副マスター、カイトは生け捕りと言ったな」
「そうだ。あの男の『レベル売買』スキルは必要だ。最後のカギなのだからな。隣のメイド、ルナ・オルビスも然り」
「ふぅむ。――だが、あのメイドは普通の女ではないぞ。あれは、黒き月・オルビスの力【月と太陽の融合】ではなかろうか」
ギョロっとした目玉で、エキナセアを睨みつけるトラモント。それに対し、彼女は臆する事無く返事をした。
「そうだろうな。しかし、覚醒には至っていない。ギリギリの所で制御しているらしいが、月と太陽に纏わるクエストは……彼女が根幹にあるらしいな」
「そうか……つまり二人とも殺せねえと」
舌打ちするトラモントは、やや戦意を削がれていた。ヤツは、俺たちを殺す気満々だったか。
それから、少し後方にいるエルフのコレリックがお腹を押さえ、ケラケラと不気味に笑った。
「ねぇ、エキナちゃん。単刀直入に言うけど、あのカイトは雑魚よ。レベル売買スキルは厄介だけれど、その前に封印する。それでいいでしょ。その為に、特製のパライバトルマリンを用意してあるし」
「うむ。最初からそのつもりだ。エフォール、コレリックを手伝え。わたしとトラモント……バオは、カイトを捕らえる。……おっと、バオ、カイトを殺すなよ。そんな違背は許されない。マスターがお前を殺すだろう」
「うるせぇ……。俺様はカイトを殺す」
「だめだ。マスターのご希望を叶えるのが我々だからな」
「殺す……殺す殺す殺す殺す殺す!!」
殺意を向けてくるバオ。
そんなに俺を恨んでいるのか……まあ当然かもしれんが、ヤツは殺人を犯している。それ以前の問題だ。
こちらとしても許せん存在だ。
「ルナ、俺が全員のレベルを奪う……金はなんとか持つだろ」
「いけません。全員を処理できる程の時間はありませんでしょう。その前にカイト様が酷い目に遭い、生け捕りにされるだけ……」
前へ出ようとする俺の手を強く握るルナ。
この手を離したら……俺は確実に後悔するな。
しかし、相手は待ってくれない。
バオは鉈を振りかぶって――
「キエエエエエエエエエエエッ!!!」
半狂乱に向かってきた。
くっ……ヤロー、移動速度に全振りしたのか。走るというよりは、跳んで来る。すげぇスピードで猪突猛進。このままでは……!
瞬く間に、俺の目の前にバオが――。
回避不能、絶体絶命のピンチ。
そして、鉈が俺の頭をカチ割ろうとした、その瞬間……
ギンっと鈍い音がして、鉈を弾いた。
「――――――な」
俺も、鉈を振り下ろしていたバオですら驚愕した。高速回転する鉈は宙を舞って遠くの地面に突き刺さった。
この感じ……
鈍い独特の金属音。間違いない。
あんな独特な赤く燃えるハンマーを扱う騎士は、世界でただ一人しかいないだろう。帝国の騎士にして、ワンマンアーミーの特権を持つ少女。
桜色の髪を靡かせ、彼女は手に持つ聖剣『マレット』を力強く振るった。
『――――――ガグンラーズ!!!!!!!』
火・水・風・地の四属性魔法攻撃が一気にバオへ襲い掛かる。思わず見惚れてしまうほどの四色が煌めく。怒りの業火となったそれは、バオに鉄槌を下す。
「ぐぉぉぉぉぉぉぉぉぉ――――ッ!!!」
バオの腹部に重く激しくメリ込むハンマー。あの破壊的な威力――肋骨を確実に砕いただろう。
ヤツはゴミのように吹き飛ばされ、トラモントの方へ激突しようとしていた。だが、トラモントはキャッチするどころか回避。
バオはそのまま固い壁に衝突してしまった。
ありゃ……起き上がれないな。
「――――ソレイユ」
「おまた~、カイト。ルナ」
ニッとご機嫌に笑うソレイユは、ハンマーをブンブン回し――華麗に収めた。そうか、駆けつけてくれたんだな……!
「我が騎士・ソレイユ」
「ルナ、あたしは貴女だけの騎士。皇女殿下を守護するのが役目です。――でも、それ以上に友としてルナを守りたい。カイトもミーティアも」
毅然とした態度でソレイユはまた笑った。
……まったく。
これじゃ文句のひとつも言えない。
ありがとう、ソレイユ。