【131】 月蝕 ルナ・エクリプス
※カイト視点です
闇の中に取り残された赤い月。
血の涙を流す鬱然たる赤色。
怒り、泣いていた。
それが何を意味するか俺には分からない。でも、ルナが何処かへ誘われるように行ってしまった。
「――――」
……俺はいつの間にか意識が朦朧として……いつの間にか目を覚ました。多分、それほど時間は経過していない。
確かルナはお風呂に入っていて、それからシャンプーを取ってあげて……。
雰囲気に流されるままにキスを――
「…………俺、ルナとキスしたのかな」
覚えていなかった。
本当に何もかも。
あの部分だけ記憶がスッポリ抜けていた。
以前にもこんな事があった。
この世界に召喚された時もだ。
「……俺は前にもルナに記憶を消された? 違うな……最初は別の誰かだ。今回はルナのようだけど……」
ベッドの上には、ルナのメイド服が取り残されていた。あの世界に一つしかない特注の服だ。あれを脱ぎ捨てて外へ?
さすがに裸ではないはず……どんな格好で?
いや、それを考えるよりも行動だ。
扉の方へ足を向けて、部屋を出ようとする――。
そんな時だった。
『ドォォォォォォォォォォォ……!!』
――そんな物騒な音が遠くで響いた。
かなり遠方だが、爆発の音。窓がカタカタ揺れているから、相当な衝撃波が此処まで伝わって来たようだ。
一体、どこで何が起きている?
焦燥感に包まれながら廊下へ出る。
ミーティアを起こすべきか。
「いや……無理に起こす必要はないか。巻き込む必要だってない」
この宿に居てくれた方が安全だろう。
ミーティアの部屋の前を通り過ぎ――俺は宿をこっそり抜け出した。
◆
波長は伸び、赤方偏移と青方偏移が可視光線として現れた。
――月が、消えていく?
違う――――アレは。
――ルナ・エクリプス――
◆
帝国・レッドムーンの『N地区』歩いていく。
広い通路に活気はない。
あるのは耳が痛くなるほどの静寂だけ。
ディスガイズという殺人鬼が人々を襲っているらしい。だからみんな警戒して家を出たがらない。正しい判断だ。
罪のない人たちが数十人は殺されたと聞く。
……もう止めねば。
もしかしたら、ルナは殺人鬼を止めに行ったのかもしれない。
「まさかな……」
ソレイユは今頃――騎士団か。
戦争がどうとか言っていたし、謎の行動が多い。次に会ったら、事情を必ず話して貰う。アイツはもう……俺の大切な部下なのだからな。
――また大地が揺れた。
地震のような激しい揺れ。何処かで激しい戦闘が起きている。……いや、もう近い。この先は……確か、N地区の噴水広場。
かなり広くて、冒険者も集まる場所だ。
「ルナ……そこにいるのか?」
周囲を警戒しながら、前へ進んでいく。
足がちょっと重くなってきた。
……恐れているのか、俺は。
なにを?
現実を?
それを知ってしまったら俺は……戻れなくなるような。今までの大切な何かを失ってしまうような……気がしていた。
それでも――。
前へ進む。
何か変わったとしても……ルナはルナなのだから。俺は全てを受け入れる。
「あの角を曲がれば……ルナが」
一歩一歩確実に進んで行く。
きっとそこに居るんだ……いつもの彼女が。
もう少しで――。
角に差し掛かったその時。
巨体が俺の目の前に落ちて来た。
大地を割るほどの激しい衝撃。
地面が完全に破壊されてしまった。
「…………うわぁっ!! なんだ……何が!!」
地面に大の字で倒れている大男の顔……何処かで見覚えがあった。あのドワーフ独特のゴツイ顔。……間違いない。彼は……!
「――――ぬぅん。ルナ・オルビスめ……ここまでやるとはな」
「……お前、シャロウのNo.4『トラモント』か……!」
男は半身を起こし、こちらにギョロっと目玉を向けた。
「……ほう、これは珍客だな。カイト」
ぐぐっと立ち上がり、俺の前に立つトラモント。鋭い眼光を向け、大戦斧・エンディミオンを肩に乗せた。
あれは神話の武器――つまり、神器。
そんなモノを軽々と持ち上げるこの男のパワーは凄まじい。レベル関係なしの最強の力を持つ。
あまりの迫力に俺は少し震える。
「シャロウ……やっぱり入り込んでいたんだな」
「当然だ。これは長きに続くオービット戦争。その戦略のひとつだ。この帝国は今日滅びる。……カイト、貴様は半殺しにして生け捕りにする。それがアトモスフィア様のご希望でね。その両腕と両足は不要だな」
ググっと大戦斧を握るトラモント。
……まず……あんなモン、受けたら死ぬだろ!
「く……こっちはレベルアップを――」
やべぇ……!
トラモントの大戦斧が早過ぎる。なんて攻撃速度だ……回避できねェ!
斧が俺の右腕をもぎ取ろうとしたが……。
『――――――グロリアスセクエンツィア』
いきなり目の前に少女が現れ、それを放った。
その赤黒い波動がトラモントの巨体を遠方へと吹き飛ばした。凄まじい威力で飛翔していく、巨躯。もう姿は見えなかった。
「――――え」
赤黒いドレスが背を向けていた。
やがて、彼女はこちらに振り向き――。
「カイト様」
そう優しく俺の名を呼んで微笑んだ。
「……ルナ? でも、瞳の色が……」
いつもの『赤』ではなく――『黒』だった。
黒き……月?