【129】 月光
※カイト視点です
あれからソレイユは戻って来なかった。
勘定を済ませ、喫茶店を出た。
寄り道をせず宿・ヴァーミリオンに戻った。
ミーティアは自室へ戻り、俺とルナも部屋へ。
二人きりになれば、なぜか自然と静かな時間が流れ始め……俺は、アイテム整理や今後のイルミネイトのプランを練ったり思案したりして過ごした。
そして――夜。
今夜は『赤い月』だった。
どこか怒りを感じさせるような……目に突き刺さる光だった。だれか、怒っているような。いったい、だれが?
――そういえば喫茶店の時、ルナの赤い瞳があんな雰囲気だったような気が……似ているかも。いやしかし、あの赤い月は暗くて、今にも壊れそうな――。
◆
晩餐は、宿屋のオーナーの娘・ラズベリーの手料理を振舞って貰えることになり、腹を満たした。その食事中、ルナはラズベリーから料理のコツとか味付けを聞き出していた。あんな必死になって勉強する姿のルナを俺は初めて見たかも。
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夜は更けていく。
ラズベリーやオーナー、もちろんルナとの閑談やら何やらしていれば就寝時間も近くなった。部屋に戻り――ベッドの上。
今現在、ルナは浴槽にいる。
昨日、俺はソレイユとミーティアの部屋にお邪魔していたから感じなかったけれど……今は違う。二人きり。
あの小さな空間の中には、ルナが裸で……。
シャワーを浴びている彼女の姿を思い浮かべてしまう。……ぐっ、鼻血が……考えるな俺。でも、ルナが気になるからこそ……妄想してしまう。
ソワソワが止まらない。
貧乏揺すりが激しさを増す。
動揺して焦っていれば――
「カイト様……」
「へ!?」
この可愛い呼び声。
なんと、ルナが顔を出していた。
肩まで見えている……うわ!
「どうしたの……」
「ごめんなさい。シャンプーを忘れてしまいまして……取って戴けませんか。あ、大丈夫です。ちゃんとバスタオルを巻いていますから」
そ、そうだったのか。
机にはルナの愛用するシャンプーがあった。
……ああ、忘れちゃったのか。
「お手数でなければでいいのですが……」
マジか。でも、困るもんな。髪が洗えないだろうし……そうだ、これはシャンプーを渡すだけ! それ以上もそれ以下もない。
「ま、任せろ」
立ち上がり、俺は机に置かれている高級なクリアピンクのボトルに手を伸ばす。それから、浴槽の扉から顔を覗かすルナの元へ……。
「――――」
ルナは一応、バスタオルを巻いて肌を隠している。でも、その白い布たった一枚だけ……。ごくりと俺は息を呑む……。
可能な限り視線を天井にし、俺はブルブル震える手でシャンプーを手渡した。……ふぅ、なんとか難関を突破した。
「ありがとうございます、カイト様」
「あ……ああ……。もういいか」
返答なく、沈黙だけ。ルナは何故か答えない。俺はもう顔が熱くて……溶けそうで……背を向けた――のだが。
突然……
背中にこの世と思えない柔らかな感触が。
「――――――!?」
こここここ、これは……ルナ!?
少し振り向くと、そこにはルナが……
バスタオルを巻いたルナがいた。
「…………ルナ、ちょ……」
「カイト様」
「……」
俺は言葉を失う。
心臓がバクバクと爆音を鳴らし、今にも破裂しそうだった。……これ、夢? あのルナがこんな姿で俺の目の前に? ――過去に何度か合ったと言えば合ったけれど、あの時は女体耐性がほとんど無く轟沈していた。だが今は、ある程度の抑制が効くから……いや。
そうではないな。
俺はルナが好きだからこそ、興奮していた。
だから昔はそうやって誤魔化していたんだ。
今は違う。
ルナの事をもっと知りたい。
「……突然、申し訳ありません……。でも、カイト様にわたしを感じて欲しかったのです」
ぎゅっと力を篭めるルナ。
顔どころか身体まで真っ赤。その手は震え、彼女も極度に緊張している事を物語っていた。そこまでして……俺に。嬉しかった。
……振り向いて、彼女を見た。
それから、ルナはその手をゆっくりとバスタオルに――
――美しかった。
そこには月そのものがあって……優しく光り輝いていた。時を止めてしまう程の潔白。どんな宝石よりも美しい。どんな星々よりも美しい。
だからこそ、彼女に対する究極の讃美はこれしかないと思った。
純粋な愛をこの言葉に乗せて贈ろう。
「ルナ、綺麗だ……」
心のままに伝えると、ルナは目を閉じた。
俺は彼女の肩に手を置き……
ゆっくりと顔を近づけ、その唇を――。