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【115】 宿屋・ヴァーミリオン

 災難に()ったが、あれ以来は帝国の騎士の護衛がついた。快適な帝国巡りをこれで慣行できるなと思ったけれど、みんな憔悴(しょうすい)しきっていた。


 俺もクタクタだぁ。



 まずは休息を取るべきだろう。



 城門からかなり歩いて『N地区』へ入った。

 ここは一般の裕福層が家を構えている。


 その中にある宿。

 名は『ヴァーミリオン』という。



 この広大な【帝国・レッドムーン】の中では、ランキング上位に入る名宿。その作りは、オーナーの趣味らしい『煉瓦(れんが)』だった。

 周囲から明らかに浮いている臙脂色(えんじいろ)。その年季の入った淡い赤は、もはや昼光に近く、暖かみのある建物だ。



「良い雰囲気です!」



 手を合わせ、煉瓦(れんが)吟味(ぎんみ)するミーティアは顔を輝かせていた。ほう、こういう変わった建物が好きなのかな。実を言えば、昔お世話になっていた宿なんだけどな。



 中へ入り、受付へ向かう。



 そこには一風変わった頭の――アフロヘアのおっさんがいた。このおっさんこそ宿のオーナーである。相変わらずのダイナミックな見て()れだな。



「久しぶり、おっちゃん。娘は元気かい」

「ん、そんな気安く呼ばれる覚えは……んぉ!? その商人特有の闘気(オーラ)……カイトくんか! おぉ、久しぶりだなぁ。懐かしい顔だ!」


 葉巻はまきを吸っていたようで、口から落としそうになっていた。ああ、まだ吸っていたんだな。しかも、アレ……共和国のヤツ(・・・・・・)だぞ。見つかったら(まず)いぞ~。とはいえ、あの程度の嗜好品(しこうひん)なら捕まることなんてない。別に違法でもないしな。


「あの、カイト様。このおじ様は……」

「うん、ルナ。紹介するよ、むかーし世話になったヴァーミリオンのオーナーで、ブリックさんだよ。見ての通り、あのアフロがトレードマークさ」


 そう俺は、ルナにオーナーを紹介した。

 すると――


「とても変わった髪型ですね~」


 ルナの視線はあのアフロに注がれていた。

 どうも気になるらしいな。



 ちょっと。ほんのちょっだけジェラシーを感じちゃうな……あのアフロに! くそ、おっちゃんのアフロもふもふだもんなぁ! ズルいぜぇ。



「ルナは、ブリックさんの髪が気になるのかい? 俺もアフロにしようかな」


 なんてジョークを言ったところ――ルナは小さな頭を左右に振って、俺に目線を合わせてきた。それから、ほんの少しだけ目を吊り上げた。



「だめですっ。カイト様はそのままがいいのです。アフロにしたら怒りますからね……めっ、です!」



 可愛く怒られた。

 ルナのこういう所が愛おしいなぁ。

 


「カイトくん、いつの間にこんな美女達を囲むようになったのかね! おっさんは鼻が高いぞ! ガハハハハ!」



 豪快に笑うオーナー。

 その(かたわ)らで娘が顔を出していた。



「やあ、大きくなったな。ラズベリー」



 年齢はルナと同じくらいだろうか。オーナーブリックの娘、ラズベリーだ。あの紫に近い長い髪。以前はもっと短かったような。成長したんだな。



「……お兄ちゃん?」



 確認するようにラズベリーは、俺を呼んだ。

 そうそう、彼女からはお兄ちゃんと呼ばれている。そこそこ滞在していたから、娘さんとは結構仲良くなった。だからお互いに親しい関係だった。


 ラズベリーは俺の方へ来て、そのまま抱きついてきた。ふんわりとした感触が俺を包む。相変わらず甘えん坊。まあ、妹に近い存在かもしれないな。


「帝国に帰って来たんだ! ずっと待っていたよ」

「そうだったか、待たせたな。しばらくは世話になるから、よろしく頼むな。……そうそう、紹介しておくな。このメイドさんが――」


「わたしはルナです。よろしく、ラズベリーさん」


 自ら紹介し、握手を求めていた。

 ラズベリーもまた丁寧に挨拶を交わした。


「すごい……美人メイドさん。本当にメイド? ありえないでしょ……お兄ちゃん、この女性(ひと)って……」

「ルナは俺の大切な人だよ」

「……そっか」


 ん、元気ないな。ラズベリーのヤツ。

 一方、ルナはうんうんと(うなず)いていた。なんだか嬉しそうだし、ちょっと勝ち誇ってるような。


「紹介を続けるよ、この桜色髪の女騎士が――」

「ソレイユ様でしょ。超有名人だよ、お兄ちゃん」

「……さすがに知っているか」


「あたしは自己紹介は不要ね。ラズベリーちゃんのイメージ通りでいいと思う。よろしく」

「は、はい……ソレイユ様って本当にお優しい騎士様なのですね。憧れの人にお近づきになれるなんて……嬉しいです」


 そういえば、ラズベリーはソレイユに憧れているって言っていたな。だから、いつかは騎士団に入るとか言っていた。



「で、最後にエルフで魔法使いのミーティア」

「私にとってもカイトはお兄ちゃんのような存在です。ですから……譲る気はありません。カイトはあげませんよ」


 なぜかそうムキになって宣言していた。

 なっ……そう思っていたのか!?


「ミーティア」

「……う」


 目を泳がせるミーティア。

 すると察したラズベリーは、ミーティアに手を伸ばした。


「じゃあ、二人のお兄ちゃんね」

「……」


 ミーティアは意外そうな顔をして、けれどそれを受け入れて握手を交わしていた。呆気ないほど平和的な和解だったな。


 ……いやだけど、ミーティアが俺を兄としてね。




 ★★★ ★★★ ★★★




 ――その夜。

 曖昧(あいまい)模糊(もこ)たるブラッドムーンが顔を出していた。


 帝国・レッドムーンの『A地区』と呼ばれる【貧民街】では……恐ろしい事件が多発していた。


 当初こそ、底辺民によるただの小競り合いだとされていた。


 しかしそれは次第にエスカレートし、猟奇殺人へと発展していた。

 事件を起こした殺人鬼はある商人(・・・・)に深い恨みを持っていた。丁度、帝国に帰ってきたという噂を聞きつけ……殺人鬼はやがて裕福層のいる『N地区』へ足を忍ばせていた――。

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