【114】 守るべきもの
向かってくる剣。
鋭い刃は俺の胸を貫こうと直進してくる。ヴァルム青年は自暴自棄になり、もはやヤケクソといった具合だった。
こんな城門で早々くたばってなるものかよ。
俺は自身の右腕を使って防御した。
その結果、剣が腕を貫通してしまった。グツグツと煮え滾るような酷い激痛が襲い、血がポタポタと零れ落ちる。辛うじて命だけは助かった。
「…………っ!」
「……お前のような落ちこぼれ商人とソレイユ様とでは住む世界が違う。彼女は騎士の希望だ。それをお前如きが!」
……ああ、ヴァルム青年の言いたいことも分からんでもない。ソレイユの人気は圧倒的だ。誰もが欲しがる存在だ。でも今は俺の仲間だ。
奪われてなるものか!
「カイトの右腕が! くっ……ヴァルム、あんた何てことを!」
「ソレイユ様、この不審者を始末します!」
とうとうブチギレたソレイユは、ヤツに向けて聖剣を振るおうとした――だが、意外なことにそれをルナが静止した。
「いけません、ソレイユ!」
「ルナ! どうして止めるの。あのバカを止めないとカイトが死んじゃうでしょ! もうこうするしかないのよ。ていうか、カイトの腕が刺されたっていうのに、よく冷静でいられるわね!」
ソレイユは頭に血が上ってしまったのか、珍しく口調を荒くする。あんなに怒ることもあったんだな。俺の為か――。
「わたしは、カイト様を心より信頼しています。だから……今のは自らの命を安易に投げ出すような覚悟ではなかったはず。寧ろ、ソレイユ……あなたを守る為では……?」
ルナは、あの赤い瞳で真っすぐソレイユを見つめ――歩み寄っていく。
「え……」
「あなたは、誰もが憧れる帝国の騎士。民からの信頼は絶大です。このような公の場でソレイユが同じ騎士である彼を攻撃したのなら、皆さんの目にはどのように映るでしょうか……。だから、カイト様は防御するしかなかったのです。あなたの名誉の為に」
そう諭され、ソレイユは静かに聖剣を下ろした。
……ああ、こりゃ参ったな。
俺の意識は朦朧とし始めていた。
しまった……血を流し過ぎた。
「ぐっ……」
俺は膝をつき、地面へ伏せた。
まず……視界が強制ブラックアウトしやがる。
吐き気を催す眩暈。
世界がグルグル回り、もう限界は近かった。
そこでヴァルム青年は、俺の腕から剣を一気に引き抜き、再び振り下ろすような動作で、剣を向けて来た。これは、まずいな……。
絶体絶命のピンチ、かと思った。
「――――こちらです!!」
この声、ミーティア。
その慌しい声に反応してやってくる複数の騎士。
「何事だ!」「ソ、ソレイユ様!?」「ヴァルムが商人を襲っている!?」「何が起きたというのだ」「喧嘩か?」「ヴァルム、貴様は……!」
そうか……
ミーティアが騎士を呼んできてくれたんだ。
さらに、周りにいた人たちも騒動に気付き始め、明らかにヴァルムを白い目で見始めていた。
「やだ、あの騎士……無抵抗の商人を襲っているわよ」「確か、ヴァルムさんでしょ。あんなコトする人じゃないと思っていたけどねぇ」「ひっど……さすがにアレはやりすぎっしょ」「帝国の騎士のイメージ下がっちゃうよね」「ヴァルムってあんな人だったの?」
その声が本人にも届いたようだ。
「なっ……なぜ俺が悪く言われている!? 違う……この商人が悪いんだぞ! ねえ、ソレイユ様もそう思うでしょ!!」
「………………」
ソレイユは押し黙り、耐えていた。
その表情は怒りに満ちていた。
その最中、ある一人の騎士が状況をソレイユに聞いていた。
「あの、ソレイユ様。ヴァルムはいったい……」
「彼は、善良な一般市民を理由なく攻撃した。直ちに拘束し、尋問を。正当な理由が見られない場合は収監処置を。これは上官命令である。良いな、フィエルテ」
「分かりました。ソレイユ様のご命令は『騎士団長』クラスと同義ですから問題ありません。……ヴァルムを連行せよ」
緑髪の女騎士・フィエルテは、そう複数の部下に命令。するとヴァルムを一瞬で捕まえた。……てか、ソレイユの口調変わりすぎだろう。
「は、放せえ! 俺は悪くねぇ!! 俺は悪くねぇ!! あの雑巾のように薄汚い商人だ!! あんなヤツがああああ!! うあああああああああああ!!」
最後にはヴァルムは発狂し、連行された。
救えねえアホだ。
いやだがまて。
あのヴァルムってヤツ、上腕二頭筋に『×印』が見え隠れしていたぞ……! ヤロー…裏切者のスパイだ。シャロウのメンバーじゃねぇか!
でもそれを問いただしている余裕はなかった。
「……うっ」
今度こそ俺は倒れ――
「ヒールです」
「お……?」
いつの間にかルナが腰を下ろし――傍にいた。
しかも俺の手を握っていた。
治癒魔法を受けて、右腕の傷が回復していく。
あんな惨い裂傷だったのに、簡単に塞がった。
さっきまで全治数か月という重症だったのに……ここまでの回復力なのか。これは噂に聞く『9999ヒール』ではないだろうか。通常のヒールは精々『500』とか『1000』程度の回復。けれど、ルナは特別な回復力があるようだ。やはり、最高位のプリーストクラスなのだろう。
そんなルナは、とても悲しそうな表情をして……俺の腕を擦ってくれた。一生懸命に俺を治してくれる優しさが嬉しかった。
「ルナ」
「カイト様、ごめんなさい」
「どうしてルナが謝る」
「だって、わたしはあなたを守れなかったから」
「それは違うよ。俺はみんなを守った。特にソレイユには輝いたままでいて欲しいから……だからいいんだ」
「……だそうですよ、ソレイユ」
腰を上げ、ソレイユを見つめる。
ルナの表情は、背を向けているため読み取れないけど、少し……いや、かなり怒っているような気がした。あんな威厳のある言い方は初めて聞いた。
でも、どこかで――。
「ごめんなさい。それと……ありがとう、カイト」
「そんな湿気た顔すんなよ。お前らしくないぞ」
「ばか……」
はにかみ、複雑そうな表情のソレイユ。
けれど嬉しそうに両目から涙を零し、顔を逸らしていた。純粋な乙女のように泣かれるとは。
腕はすげぇ痛かったけど……
大ケガした甲斐はあったのかな。