【112】 帝国・レッドムーン
※カイト視点です
登山を終え、やっと帝国に辿り着いた。
山のような城門を抜け、すぐに周囲からの視線を感じた。その目線は明らかに『ルナ』と『ソレイユ』に向けられており、俺とミーティアは映る価値無し状態だった。ソレイユはともかく、何故にルナまで……?
彼女は『メイド』だろう。
……確かにルナは、そこらにいる女性よりも遥に美人で、なぜあんな森にいたのか分からない程だった。俺はシャロウを追放されてから【中立国・サテライト】近郊の森で倒れ、ルナに拾われた。思い返せば――不思議な出逢いだった。
そして今は【帝国・レッドムーン】である。
俺は再びこの地へ戻って来た。
かつて、この世界に召喚された時もこの場所だった。その記憶だけはあった。別に故郷というわけでもないけれど、懐かしい感情は湧いた。
国の果てまで民家というよりは、邸宅レベルの建物が立ち並ぶ。
宿もあれば、アイテムショップも相当な数が。どこに何があるのか把握するのが難しいほどに乱立している。
銀行、ペットショップ、情報屋、貴金属店、カジノ、風俗店などありとあらゆるお店が網羅されている。逆に存在しない店はないだろう。
ギルドも多く存在するし、その多くが大手。
これだけ建物があるということは、人口も凄まじい。百万人を優に超え、一千万人はいるとかいないとか。あまりに人が多いので、この城門の時点でお祭りような活気に満ちていた。
少し視線を移すだけで騒がしい雑踏。
住民、帝国の騎士、行商人、エルフ、ドワーフ、踊り子、占い師、獣人やペットなどなど――頭がどうかなりそうな程に多種多様の種族が闊歩しまくっていた。
一言に纏めるなら帝国は殷富。
田舎と呼ばれる【セイフの街】とは大違いだな。
「カイト。あんた……あまり驚かないのね。帝国は初めてじゃないっけ?」
俺の前に立ち、なぜかスカートを上品に押さえるソレイユ。……ああ、そっか。風が強いし捲れちゃうかもってコトね。それに、男たちからの視線を独占しているのだ。余計に敏感になるのだろうな。
「昔、シャロウ時代にな」
「ふぅん、そうだったんだ」
「ところでさ、ソレイユ。お前、相変わらずモテモテすぎだろう。男ほぼ全員がお前を見ているぞ。ちょっとだけ女性ファンもいるようだけど。……あと、ルナも熱い視線を浴びているような」
「あたしに可能性を感じないで欲しいわ。あるとしたら……カイトくらいね」
なぜかソレイユは、俺の事を気に入ってくれている。もちろん、悪い気はしない。俺も最初の頃に比べれば、断然彼女が好きになっていた。今では、頼り甲斐のあるお姉さんって感じかな。
「とにかく、宿を取ろう。えっと……あれ、ミーティアは?」
いつの間にか魔法使いの姿がなかった。
無断でどこへ行ったのやら――ん。
キョロキョロ周囲を探すと、ミーティアらしき金髪が見えた。あんな黒混じりのセミロングは彼女にしかいない。
「ミーティア……」
「…………」
背を向けたままで俺の声に反応しない。
誰かと話して……?
「クラールハイトの娘。お前は何故……帝国に戻った。膨大な借金があるのではなかったのかね」
こんな爆竹みたいな喧噪の中、静かに低い声が響いた。これほど鮮明に知覚できるなんて……
なんて重みのある独特な声。
あの風貌からしてご年配。
白髪で、白い顎髭をたくさん蓄えていた。その身なりも明らかに民とは違った。まるで祭服。黒いキャソックはほぼ聖職者のそれ。
どこかの貴族のようでもあった。
――あれ、でも、どこかで見たような。
「アプレミディ卿。ご心配お掛けして申し訳ございません。そのうち挨拶に向かう事もありましょう。またその時に」
「……よかろう。ブラック卿によろしく頼む。――それと少年」
老体は俺をギロリと睨む。
こわ……ていうか、すげぇ貫禄。この爺さん只者じゃないな。目で人間を殺せる者もいるらしいが、この爺さんはその類かもしれない。
「息災のようだな」
それだけを静かに言い残し……
爺さんは背を向けて去った。
「な、なんだったんだアレ」
「詳しい事情は後程にお話します。――それより、カイト。ルナさんとソレイユさんが大変な事になっていますよ」
ミーティアがチラリと別の方向に首を振り、指をさした。その場所には、ルナとソレイユが――いや、取り囲まれていて姿は確認できないけど、とんでもない人だかりが出来てしまい、大騒ぎに。
「おいおい……」
仕方ない。
救出して宿へ向かおう。




