【101】 赤い月(ルナ視点)
【帝国・レッドムーン】編
――――三年前。
闇夜には滴る血のような天満月。
あまりに色鮮やかなクリムゾン。そんな惨憺たる月光を粛々と照らす。その彩度は薔薇のように強く、まるで太陽に等しかった。
だから、あれは月と太陽の融合。
古の時代より続く帝国は『月』と『太陽』を何よりも崇拝し、崇め奉る。
王家を『オルビス』。
王家と誓約を結ぶ『エクリプス家』。
それを守護せんとする七つの貴族。
その内のひとつが『クラールハイト家』だった。
しかし、
それはもう……
わたしにとっては関係のない事だった。
わたしは『不治の病』に侵されていた。毎晩のように赤い月と同色の血を吐き、またかと嫌悪する。どうせ、わたしは死ぬ。
医者によれば、あと余命半年もないという。
当時、そう無慈悲に死の宣告を受け、深いショックを受けたものだ。目の前が真っ暗になってもう何も考えられなかった。泣く毎日だった。
そして今はこう感じている。
――ああ、なんて理不尽な人生。
ただ大国の皇女として生まれ、大切に育てられ、少し庶民とは異なる生活を送っていただけ。それが今になって罰となったのか、それとも運命だったのか――。
皇帝である父は、嘆いた。
こんな娘の儚い運命知り、絶望さえしていただろう。毎晩わたしが血を吐けば悲しみに暮れた。もう何度その顔を見たのか分からない。
あと何度その顔を見ればいい?
わたしは――ただ静かに死を待つだけ?
――ある日。
エクリプスの女騎士が遊びに来た。
独特な髪形、桃色の頭髪をしていた。
しかも、騎士らしからぬミニスカート。その腰には変わった形状をした『聖剣』をぶら下げていた。あれは、父が与えたという『マレット』だろう。
誓約の証なのだとか。
だが、今となっては興味のない御伽噺。あと余命幾許もないわたしには意味ないのこと。そして、そんな彼女の名は『ソレイユ』というらしい。どうやら、わたしの病を知り、憐れみに来たようだ。もうそんな顔は見飽きたというのに。
「――へぇ、あなたが『ルナ』様なのね。あたしと同い年くらいか。ふぅん、その甘そうなクリーム色の髪、とても綺麗ね。ホンモノの月のようで艶やかね」
「…………」
「あら、寡黙な皇女さんだったかな。ていうか、さすが皇女殿下。可愛すぎでしょ、まるでお人形さんみたい。なによこの漆黒のドレス……王家は特別なのね。ちょっと憧れちゃうけど、あたしには合わないかなぁ~」
彼女は表情をコロコロと変え、屈託のない笑みを浮かべた。けれど、わたしには眩しすぎた。そこには憐れみも同情もなかったからだ。なぜそんな顔でわたしを照らすのだろう。
なぜ明るく振舞える?
あの父でさえあの有様だったというのに。
「貴女は、わたしを憐れみに来たのではないのか」
「やっと言葉を話してくれたね。――ああ、確か『不治の病』に罹っているんだっけ。いつ死ぬかも分からないのね。……だったらさ、かけがえのない残りの人生じゃない」
「……え」
「ひとつ聞くわ、皇女様。貴女、今を受け入れ懸命に生きる? それとも諦める? その様子だと諦めているわよね。あのね、貴女は知らないかもしれないけれど、世の中ね、重病と闘っている人間はたくさんいるの。そのほとんどは諦めず、病気と向き合っているわ」
「む……向き合う。そんなの、考えたこともなかった……」
「でしょうね。皇女様は外の世界も知らず、ずっと鳥籠の中だった。是非もないでしょう。でもね、諦めたらそこで終わりよ」
ソレイユは手を伸ばしてきた。
それをお節介だと突き飛ばせば、それでもう二度とチャンスはないだろう。そのままただ冷たい夜を過ごす毎日。
わたしは最初からそのつもりでいた――。
しかし、
それが不思議と自分の運命を左右するような――気がして。今、わたしは漠然とだが分岐点に立っていると思った。確証はない。
けれど、
なによりも、誓約を固く結ぶ『エクリプス家』の娘を信頼できないなんて筈がなかった。彼女は代々『オルビス』に仕え続けた忠義に篤い家柄。その手腕はあの堅物の父ですら認める程で、今も尚、他の貴族の追随を許さないほどだ。
――誓約。
月と太陽の誓約。
彼女なら――。